第336話・主の憂鬱と危惧する身内
寝起きの湯浴みを済ませたプリームスは、少し憂鬱な気分で居た。
身体を清めサッパリした筈なのに、何故憂鬱なのか?
それは、この後に待っている形式的な行事が原因であった。
モナクーシアを倒した事に因り、地下世界に取り残された者達は統率者を失った。
そしてその失われた役をプリームスが担うだが、それを一族全員の前で公言する羽目になったのだ。
謂わば、一族の王となる口上を述べ名乗り上げをする訳である。
皆に認知させる為の必要な儀式と言えるが・・・如何せんこう言った事が面倒でならないプリームス。
故に憂鬱になるのも仕方が無いだろう。
そもそも守り人一族の王権は、事が全て無事に済んだ後にシュネイより譲渡される予定だったのだ。
それをこんなにも早く前倒しにされ、
「あ~ん・・・面倒だよ~。私の代わりにアグノスかテユーミアがやってくれ~」
などと言って、プリームスはベッドでゴロゴロし愚図る始末だ。
するとテユーミアが、子供へ本気で怒る母親の様な表情を浮かべ言った。
「本気でそのような事を仰ってるのですか?」
「え?! あ・・・う~む・・・冗談だ・・・ごめんなさい」
と一瞬で大人しくなるプリームス。
いつもは柔和で母親然とした感じが定着したテユーミアだが、本気で相手を窘める威圧感が半端では無かったからだ。
『駄々を捏ねて務めから逃げようとしたら・・・ひょっとして・・・』
更に勘繰ってしまい、その疑問がついプリームスの口を衝いてしまう。
「お尻を
きょとんとした顔をするテユーミアだが、直ぐに真顔からニヤリと笑みへ変化させた。
「フフフ・・・プリームス様がお望みとあらば、お尻を打つのも吝かではありませんよ?」
「いや・・・求めて無いから・・・確認しただけだから・・・」
冗談とは言え、少し背筋に悪寒を感じるプリームスであった。
しかし大人しく、2人でプリームスの衣装選びをしていたイリタビリスとアグノスが割って入る。
「私は、どちらかと言うとプリームス様に打って貰う方が嬉しいです・・・」
「え?! お尻をパ~ンって叩けば良いの? それだと平手だよね・・・プリームスの肌は真っ白だから、赤くなっちゃうよ~」
名乗り上げの緊張を解そうと、テユーミアが冗談を言ってくれたのだろう。
だが想定以上に波及して、当のプリームスは苦笑いを禁じ得ない。
「私は身内を打つのも、身内から打たれるのも好きでは無いぞ・・・勘弁してくれ・・・」
そうするとテユーミアが思い出したように尋ねた。
「身内で思い出しましたが・・・他人以上、身内未満の”彼女”を放置しておいて宜しいのですか?」
それは、今部屋に閉じ籠っているフィートの事である。
彼女は以前から、隣国の策士アンビティオーの間者として疑われていた。
またアンビティオーは、死神アポラウシウスと共謀しているとプリームスは洞察し、それを極僅かな周囲の人間に話している。
そしてここに来てアポラウシウスが登場したのだ。
次元断絶を越えねば、この地下世界に来ることが出来ない筈なのに・・・。
詰まる所、フィートを利用してアポラウシウスが現れた事は自明の理で、間者の疑いが確信に変わっていたのだ。
それをテユーミアは危惧し、プリームスへ”放置して良いのか?”と敢えて訊いたのであった。
これにはプリームスが答えるより早くアグノスが口を開く。
「フィートは私を助けようと自身を顧みなかったのでしょう? そんな彼女を粛清するなんて、私は寛容できません! それに
そこまで捲し立てる様に告げ、申し訳なさそうに俯くと続けた。
「礼を示し、今までの事は不問にすべきなのです・・・」
実際モナクーシアとの戦いで、アポラウシウスが消し飛ぶのをテユーミアはその目で見ていた。
故に、そう告げたアグノスの気持ちは痛い程に理解している。
本来ならば死神に加勢して、モナクーシアを共に無力化すべきだったのかもしれない。
けれどプリームスの安全確保を優先した場合、姿を隠したまま状況を観察する他にテユーミアは選択肢が無かったのである。
なにより両者の戦いに割って入る危険性を考慮すれば、仕方ないともいえるだろう。
プリームスは、テユーミアの気持ちも察したように言った。
「おいおい、私は何も言及していないぞ。なのに勝手に粛清などと物騒な事を言う・・・。私がフィートを側に置いたのは色々と面白そうだからだ。その結果何かが起これば、それは全て私の責任と言う事になる。お前達が気にする事では無いし、対処する事でもないよ・・・」
要するにフィートに対しては何もせず、現状維持と言っているのだ。
アグノスの表情がパァッと明るくなる。
「有難うございます・・・」
「フフ・・・何も礼を言われる事はしていないのだがね」
と苦笑するプリームス。
一方テユーミアも主の決定を素直に受け入れた。
「左様ですか・・・」
しかしながら一抹の不安が脳裏に漂う。
『本当に
テユーミアが危惧する程度の事は、プリームスが考えて居ない訳が無い・・・。
ならば無駄に疑問を呈して、
そう考える事にし、テユーミアは不安を払拭させた。
逆に今度はプリームスに何か不安が湧き起こった様で、
「それよりも、あれがどうなったのか気になる・・・」
と漠然とした言葉を口にした。
「あれ・・・ですか?」
「あれとは?」
「あれ?」
と3人の身内は首を同時に傾げ、口々に呟いた。
この隔絶された地下世界で”気になる”事など限られているのに、この有様は冗談なのか本気なのか・・・そうプリームスは思い、笑いを堪えながら告げる。
「ククッ・・・お前達は本当に面白い。間抜けているようで、それでいて鋭いのだから矛盾の塊・・・」
そして自分が矛盾の権化である事を思い出し、絶句してしまう。
突然感情が死んでしまった様に黙り込むプリームスを、本気で心配する一同。
「え? ど、どうなさいました?!」
「プリームス様?!」
「プリームス?!」
身内がプリームス視点で十分面白いのだから、客観的に見て自分もさぞ滑稽なのだろうと思わずには居られない。
だがそれでも魔王だった頃の様に、矛盾を正し肩肘を張って生きる必要が無い今は、幸福であると言えるだろう。
『もはや以前の価値観は要らぬのだ・・・。なら精一杯自分勝手に、そして怠惰で矛盾に生きてやるとしよう』
そう自嘲しつつ、プリームスは話を本題に戻すことにした。
「いやいや、何でも無い・・・。で、”あれ”とはケーオの事だ」
そう告げられてアグノスは首を傾げるが、イリタビリスとテユーミアは少し申し訳そうな表情を浮かべるのだった。
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