第335話・最後の言葉と束の間の休息

モナクーシアは息絶えた。

プリームスが有する強大な魔力と、超絶とした魔術の英知が有ればモナクーシアを救うことが出来たかもしれない。


しかし今のプリームスは神鉄鎖で拘束されていた為に、魔力欠乏を起こしていた。

故に致命傷を負ったモナクーシアを治療魔法で救おうとすれば、命を失うのはプリームスの方に成るのだ。

その為、プリームスはモナクーシアが静かに息を引き取るのを、黙って見守るしか出来なかった。



『それにモナクーシアは、この期に及んで生き延びる事を由とはせぬだろう』

そう思う事にしたが、プリームスは救うべき対象であった1人を失い、僅かばかり意気消沈してしまう。



そんなプリームスを心配しテユーミアが話し掛けた。

「プリームス様・・・今は先ずお休みになられた方が宜しいでしょう」


イリタビリスも心配そうにプリームスの傍に駆け寄ると、触れていいのか迷う素振りを見せた。



それを察したプリームスは、

「イリタビリス・・・どこか休める場所へ連れて行ってくれぬか?」

そう優しくイリタビリスに告げた後、テユーミアへ指示を出す。

「それからテユーミア・・・私の代理を務め、モナクーシアの部下だった者達を統率せよ」



嬉しそうにプリームスを抱きかかえると、イリタビリスは祭壇の間を出ようと歩き出した。


一方テユーミアは、恭しくプリームスへ一礼して言った。

「承知いたしました・・・」

このやり取りは周囲の魔法騎士達の心に強く印象付け、プリームスが如何にも統率者然とした存在だと示唆する様であった。




祭壇の間を去り際、プリームスはオリゴロゴスを見つめ問いかける。

「オリゴロゴス殿、この後はどうされる?」


守り人一族の武門を司り、表・真人流の宗師でもあるオリゴロゴスは、何故かとても小さく見える。

そして実弟の躯を前に座り込み気落ちしたその姿は、見るに堪えがたいものを感じさせた。


それでもオリゴロゴスは気丈に振舞い答えた。

「弟を弔うつもりだ・・・これが今のワシに出来る唯一の仕事だよ・・・」

その口調には、はっきりとした意志を感じプリームスは安堵するのだった。







 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※







道案内の為かロンヒも同行し、プリームスは神殿内をイリタビリスに抱えられ進んでいた。

消耗したプリームスの身体にイリタビリスの気が流れ込み、それが心地良く眠りに誘う。


そして微睡みかけた意識の中でプリームスは、モナクーシアの最後の言葉を思い出していた。

使者が2体いると・・・そしてインシオンの元へ急げと言ったのだ。



プリームスが知る限りでは、魔神王の使者は1体しか現れない。

それがプリームスの基本的な認識ではある。

しかしこの地下都市での魔神戦争は例外と不測の事態・・・否、事故と言って過言ではない状況に陥った。



本来、丁度今頃に7本目の起動支柱を以て、完全な次元断絶を発動させる筈だったのだ。

だが実際は100年前に不完全な状態で次元断絶を発動させてしまった。

この為、制御を失った次元断絶が次元の切れ目だけでなく、地下世界全域にその影響を及ぼす羽目になる。


こうして守り人の民は魔神に勝利したにも拘わらず、”使者”に淘汰された存在として認識されなかったのだった。



故に”使者”は調停者として新たな条件を、モナクーシアへ提示したのだろう。

正にこれが不測の事態に因る例外と言えた。



ならば例外1つが2つに増えた所で、なんら不思議では無い。

つまりプリームスは、魔神王がこの不測事態に対して柔軟に対応したのではないか?・・・と考えた。

1体目の”使者”は、通常通りに顕現させ、2体目の”使者”はこの不測事態に対応した調停を持ち顕現した・・・そう考えれば合点がいくのだ。



どちらにしろ2体目の”使者”に直接会ってみない事には何とも言えない。

そう思いつつプリームスは、いつの間にか微睡の奥深くへ沈んでしまうのであった。






モナクーシアとの戦いを終えたプリームスは、丸一日眠り続け身内達を至極心配させた。

特にイリタビリスは魔力欠乏に対しての認識が浅く、プリームスが目覚めないのではないかと危惧し一睡も出来なかった程だ。


またアグノスは、自身が足手まといに為ったと状況から知り得て、その罪悪感からか同じく一睡も出来ずに居た。


そして2人は自身の危惧と罪悪感を払拭するように、必死にプリームスの看病と世話をするのだった。



片やテユーミアは、体内の魔力に関する知識に長けている為、プリームスを触診し問題無い事を確信していた。

ならば与えられた使命を完遂する事が最優先事項である。

それによりテユーミアはプリームスの指示を遂行し、瞬時にして守り人一族の掌握を成し遂げていた。



一方フィートは自身の無力を悔やんでいるのか、はたまた本来の主である死神(アポラウシウス)を失った落胆からか、気落ちした様子で1人部屋に閉じ籠ったままであった。





こうして丸一日掛けて眠る事で、並みの魔術師程度に魔力を回復させたプリームス。

ここまで回復すれば自然と目が覚め、周囲の人間を安堵させた。


安堵したのは身内だけでは無く、守り人の民・・・特にモナクーシアに近い中枢に居た者達も同じ思いを抱いていた。

それはモナクーシアに拘束された際、プリームスが救援者である事を知らされていた所為である。


更にテユーミアが守り人一族を掌握した時に、それとなくプリームスの事を語った事も要因だ。

これはテユーミアの高い統率力を如実に表していると言えるだろう。


加えて言うならモナクーシア亡き今、一族を導けるのはプリームスしか居らず、その安否を危惧するのは当然なのだった。





周囲を心配させた当の本人は、状況を把握し溜息をついていた。

「やれやれ、只の救援者で終わるつもりだったが・・・それだけでは済みそうもないな」


そう消沈した様子で言うプリームスを余所に、アグノスはとても楽しそうだ。

理由は簡単・・・付きっ切りで愛しい伴侶を世話できたからだ。

「まぁ、そう気を落とされずに・・・。王としてのプリームス様の責務は、私達が全力で補佐し分担致しますから」

とプリームスの髪の毛を洗いながら告げるアグノス。



今2人は、神殿にある浴場に居た。



エスプランドルの王宮程は大きく無いが、身を清める為に設営されたその様相は非常に厳かで、プリームスであっても背筋が伸びる思いがした。

つまり少し堅苦しいと言う事である。


それでも寝起きの湯浴みが出来るのは嬉しい事で、プリームスとしては文句を言える訳も無かった。

故にそれが別の不満を強める結果になり、愚痴紛いの事をプリームスは口にしたのだ。



「いや・・・そうでは無くてだな・・・。まぁその問題も頭が痛いが・・・」

そこまで言ってプリームスは言葉を詰まらせてしまう。

積み重なる面倒事を見通してしまい、それを口にするのが嫌になった所為だ。



それを察したのかアグノスは、少し遠慮がちにプリームスへ尋ねた。

「2体目の・・・”魔神王の使者”の事ですか・・・」



「うむ・・・モナクーシアが2体目の使者では無く、1体目の使者ケーオを選んだ事が気になってな。恐らくだが、2体目の使者が提示た調停の条件が厳しく・・・更に剣聖インシオンと関係しているのは間違いないだろう」

そうプリームスは、髪の毛を洗われ心地良さそうに答える。



アグノスは愛しい伴侶の髪の毛をお湯で洗い流した後、感極まったように背後から抱き着き言った。

「お一人で行かれるのですか? この地に赴いた時の様に再び離れ離れになるのは嫌です!」



モナクーシアは2体目の使者の存在を告げ、剣聖の元へ急げとも言い残した。

そこには物質の経時を止めてしまう程の結界が存在し、プリームスの予想を超える危険を孕んでいる可能性があるのだ。


そんな場所へ可愛い身内を連れて行ける訳も無く、

「すまない・・・今回ばかりは私が1人で行かねばならない。だが案ずるな・・・私は必ず、無事に剣聖を連れて帰ってくるよ」

とプリームスは告げ、アグノスを優しく抱きしめ返すのだった。


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