第337話・お披露目口上の下準備
「ケーオ・・・とは確か副王モナクーシアの奥方だった方ですよね・・・」
アグノスは首を傾げながら言った。
プリームスが行方と安否が気になると言う意味でケーオの名を告げたのだが、殆ど接触が無かったアグノスはピンと来ない様であった。
片やイリタビリスとテユーミアは少し気不味い表情を浮かべる。
そんな様子の2人にプリームスは、やんわりと尋ねた。
「イリタビリスとテユーミアは、ケーオと相対し退けたのだろう? その後がどうなったのか一応確認しておきたい」
モナクーシアが倒されて直ぐにプリームスは眠ってしまった。
なのでイリタビリスがどうやってテユーミアと合流し、ケーオを倒すに至ったかさえも把握出来ていないのだ。
それを報告する義務が2人にはあるのだが・・・独断が過ぎたと思って居るのか少し言い淀んでいる様子だ。
その気持ちを解いてやる為、プリームスは続けて優しく言う。
「私が不甲斐ないばかりに2人は苦労を掛けた・・・済まなく思っている。それにお前達2人のお陰で、こうして無事で居る訳だ。だから経緯やその後を聞いて、お前達を褒めてやりたいのだ」
本来であれば、主であるプリームスが下手に出るのは可笑しい事だ。
しかしそんな主従の常識など今のプリームスには糞くらえであり、愛しい家族に媚びる程度造作も無いのだった。
これには2人とも骨抜きになってしまい、
「申し訳ありません、私としたことが・・・。プリームス様のご不興を買うと勝手に思い込んで、義務を疎かにしてしまう所でした」
とテユーミアは切なそうに言った。
一方イリタビリスも殊勝な態度で告げる。
「ごめんね、プリームス・・・。あたしも自分の過去が関係していて、言い辛かったの・・・、勝手に判断して決めっちゃったし」
こうしてプリームスは2人から詳しい経緯と結果を聞き、ケーオに対しての把握を完了させた。
「テユーミアは事情を察してイリタビリスにケーオを委ねたのだな・・・見事な英断だ。もしそうしていなければ今頃イリタビリスは妄執を払拭できずに、過去に囚われたままだっただろう」
そう言ってプリームスはテユーミアの頭を優しく撫でた。
まさか子供がされるように頭を撫でられたものだから、テユーミアは嬉しさと恥ずかしさが織り交ぜになり、顔を真っ赤にして硬直する。
そしてイリタビリスの頭も撫で、プリームスは申し訳無く言った。
「イリタビリスも大変だったな。肝心な時に私が力になれなくて・・・本当に済まなかった。それに逃げ出さず、命を懸けて救いに戻って来てくれて・・・有難う」
テユーミア程に自制出来なかったのか、感極まったイリタビリスはプリームスに抱き着いてしまった。
『この
アグノスは僅かだが新しい身内へ嫉妬しつつも、心強い味方が増えて嬉しくも思うのだった。
相変わらず神殿内の賓客室に滞在しているプリームスだが、その部屋の扉をノックする音がした。
「プリームス様、準備の方は済みましたでしょうか?」
扉を隔てて聞こえた声は、魔法騎士団団長ロンヒのものだ。
「え・・・あぁ・・・まだ掛かる。もう少し時間を貰えぬか?」
慌てた様子で返答するプリームス。
実は今、プリームスは名乗り口上・・・つまり王として自身をお披露目する為に支度中であった。
身内の3人も慌て出し、一番先にテユーミアが動く。
「私が先に集まった皆の所へ行って、時間を稼いでおきます」
そう告げて部屋を出るとロンヒを連れて行ってしまった。
残されたアグノスとイリタビリスは、壁に掛けられた二着の衣装を見つめ唸り始める。
「どちらがプリームス様に相応しいのか・・・悩みどころです」
「うん・・・どっちも似合いそうなんだけどね~」
プリームスのお披露目用に用意された2着の衣装は少しローブに似ており、羽織った後に身体に巻き付ける様に着る物だ。
1つは純白で、もう1つは漆黒の布地に光の加減で浮かび上がる銀の刺繍が施されていた。
その2つを珍しそうにプリームスが見比べていると、
「これはね小袖の上から着る着物で、白打掛または白無垢って言うの。基本的には浴衣と同じような着方をするけど、こちらの方が凄く厳かで礼装用なんだ~」
そう白い衣装を指しイリタビリスが説明した。
アグノスは黒い衣装にソッと触れ、プリームスが着た所を想像したのか、
「こちらの黒い方も何と言うか・・・凄いですね。重厚さが有って威厳を感じます。それに真っ白なプリームス様の肌が映えそうですね」
と言い、ホゥっと熱い溜息を洩らす。
「私はどっちでも良いのだが・・・サッサと決めて着せてくれぬか? 先延ばしにして逃げたいところだが、もうそんな事を言っている場合でもないしな・・・」
プリームスは再びベッドにゴロつくと、その態度とは裏腹な事を口にした。
すると2人の身内は少し考え込んだ後、同時に白無垢を指す。
「やはりここはプリームス様の神々しさを演出すると言う事で、真っ白い肌に白無垢で見る者に強烈な印象を植え付けましょう!!」
と鼻息荒く告げるアグノス。
「うんうん。そうだね! きっとみんな天使か妖精かってなるよ!!」
それに同調するようにイリタビリスが続いた。
「はいはい、分かったから・・・早く着せてくれ」
時間が過ぎるにつれて面倒さが増すプリームスは、もはや投げやりである。
それから着付けに疎いアグノスに代り、イリタビリスが手際よくプリームスへ白無垢を着せていく。
化粧の方はアグノスが担当し、全体の雰囲気を考慮して目尻と口元だけ淡く真っ赤な色を施した。
プリームスは元々顔立ちがはっきりしており、無暗に化粧をすると逆に美しさを損なってしまうのだ。
故に見る者の視線を誘導するように、口元と目元へ僅かな色を乗せたのであった。
更にアグノスはプリームスの髪を二束に分け三つ編みにすると、耳の少し上辺りで団子にした。
そうしてプリームスの立ち姿を、少し離れた位置から確認する2人。
「あぁ・・・なんて美しいのでしょう。本当に天使・・・いえ神と言っても過言ではありません!」
「うわぁ・・・尊い・・」
そう独り言のように2人は言った。
加えてイリタビリスは鼻を押さえると慌て出す。
「あぅぅ・・・鼻血が!?」
片やアグノスは内股になって顔を真っ赤にすると、そのまま屈み込んでしまった。
そして心配そうに告げる。
「こ、これは・・・免疫のある私達でこれですから・・・これから初見で見る民達は大変な事に・・・」
何だかんだ言って仲良く楽しそうな身内2人に、プリームスは安堵にも似た気持ちを覚えるのだった。
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