第325話・人間らしさと不承の決着
ケーオの遠当てに因り防戦一方になったイリタビリスは、遂に片膝を着いてしまう。
最初は上手く急所を外し腕や脚で受けていたが、反撃が思うように出来ない事に焦りを感じた。
そしてその焦りが無理な反撃を誘発してしまい、自身を窮地に貶めたのだ。
今思えば亀の様に防御を固め、ケーオが疲弊するまで気に因る遠当てを撃たせれば良かったのである。
『あたしは馬鹿だわ、反撃する事ばかり考えて・・・。表・真人流の神髄は強固な肉体を以て、最後まで立っている事なのに・・・』
そんなイリタビリスを嘲笑うかのように笑顔を浮かべ、ケーオは徐に歩を進めて来る。
「さて約束通り、お前の手足を折るとしましょうか。そして大事にプリームス様の元へ連れて行ってあげるわ」
そう告げたケーオは、地面に膝を着いて動かなくなったイリタビリスへ片手を伸ばす。
「そこまでよ!」
テユーミアの声が、ケーオの動きを制した。
ケーオは不思議そうに首を傾げテユーミアを見つめて告げる。
「何かしら? 私は正々堂々とイリタビリスと同じ舞台で戦ったのだけど。それに私達親子の事に口出しして欲しくは無いわね~」
テユーミアの温和で柔らかい表情が鋭く、そして険しくなった。
「何が正々堂々か! 魔法を使わないと言いつつも、遠当てに”気”と併用して”魔力”も混ぜていたでしょう。幾ら裏・真人流が外的に気を扱うのが得意と言っても、そう何度も連発は出来ない・・・私の”眼”は誤魔化せないわよ!」
するとケーオは諦めたように数歩後退して、イリタビリスから距離を取った。
これ以上は何もしないと暗に告げたのだ。
「本当にテユーミアさんは凄い方ね。そう、少しズルをして魔力を使ったわ。でも残念、折角イリタビリスを連れて帰れると思ったのに・・・」
ワザとらしく両腕を軽く広げて、御手上げの仕草をするケーオ。
そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべてテユーミアを見つめた。
「次はテユーミアさんが御相手して下さるのかしら?」
何故かテユーミアも笑みを浮かべる・・・冷笑するように。
「折角イリタビリスを連れて帰れると思った? 私が相手だと? 何か勘違いしているようだけど、私は貴女達2人が共倒れする事を止めてあげたのよ」
予想もしなかった返答が来て、ケーオは怪訝そうに目を細めた。
状況は明らかに自分が優勢であり、相討ちする事など有り得なかったからだ。
『実際にイリタビリスは私に屈し、止めを受ける寸前だった・・・』
そう思い、ふとケーオはイリタビリスへ視線を送る。
地面に片膝を着き、少し俯き加減のイリタビリスが目に取れた。
その様子は明らかに体への被害を蓄積させ、耐えきれなくなった姿・・・。
「・・・!」
イリタビリスは少し俯きつつも、鋭い視線をケーオに向けていたのだ。
それは決して諦めた者の目では無く、虎視眈々と機会を伺う狩人の物であった。
ケーオは背筋に悪寒が走るのを感じた。
『私が止めを刺そうと近づくのを待っていたのか・・・』
「全ての戦闘能力を持って戦えば、イリタビリスは貴女に及ばなかったでしょう。でもこの戦いに於いては、ケーオ・・・貴女の負けと言っても過言では無いわ」
テユーミアは静かに事実を言い放った。
「フフフ・・・フフフフフフ・・・・」
突然、何かの
「ククク・・・本当に人間って面白いわ。人を模倣して5年ほど経つけど、私など”人”としてイリタビリスの足元にも及ばない様ね」
そうしてケーオは、ジリジリと後退し言った。
「今回は私の負けで構わないわ。でも次は同じ舞台で戦ってあげないから、覚悟しておく事ね」
ズンッ・・・と重く地を揺るがす音が響き渡った。
テユーミアが力強く1歩だけ歩を進めた・・・まるで威嚇するように震脚を伴って。
「このまま逃がすとでも思っているの?」
「別に私は戦っても構わないのだけど・・・イリタビリスを放っておいても良いのかしら?」
そうケーオに告げられ、テユーミアはイリタビリスへ視線を向ける。
その瞬間、イリタビリスの身体が力無く傾くのを見て取り、テユーミアは慌てて傍へ駆け寄った。
「イリタビリス!」
何とか地面に身体を打ち付ける前にイリタビリスを抱き留め、テユーミアはホッと胸を撫で下ろす。
そして気付いた時には、ケーオの姿は目の前から消え失せていたのだった。
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モナクーシアは焦っていた。
プリームスの新たな身内が都市部に侵入して来たからである。
報告では一瞬にして魔法騎士数人を単身で無力化したと聞いており、その戦闘能力は無視できない。
またプリームスの奪還に此処へ向かっている事は明らかであった。
そうなると”7本目”の完成が邪魔される事も明白であり、そうさせない為にも計画の前倒しと時間稼ぎが必要になる。
『迎撃にケーオを向かわせたが・・・絶対とも言い切れん。急がねば・・・』
モナクーシアは焦る気持ちを抑え込み、アグノスとフィートを監禁した部屋へ向かう。
その部屋は神殿の最奥にあり窓なども一切ない為、要人を監禁するには打って付けの空間。
何を隠そう、そこは神託の棺がある間の隣で、元々は石板を保管する部屋であったのだった。
今は900年分の石板が、シュネイに因り持ち出された事で何も無いので、監禁する部屋として流用したのだ。
この部屋に至る通路には2人1組で、闘士や魔法騎士を一定間隔で配置している。
それは数にして20人ものモナクーシアの近衛精鋭で、この区画の重要性を物語っていた。
元石板管理部屋・・・今は要人の監禁部屋となった扉の前にモナクーシアが到着する。
扉の前には2人の魔法騎士が護衛兼監視役を務めており、副王のモナクーシアへ敬礼を向けた。
目配せして騎士に扉の錠を開けさせると、モナクーシアは重い監禁部屋の扉を引いた。
部屋の中は広く、10m四方は有るかもしれない。
そして置かれているベッドや家具は高級そうな物ばかりで、ちょっとした賓客用の宿泊部屋のようであった。
ベッドには、真っ白で少し透け感のあるローブを着せられたアグノスが横たえられている。
またその傍にフィートが腰掛けて、心配そうにアグノスを見つめていた。
だが突然の来訪者にフィートは身を強張らせてしまう。
「!?」
モナクーシアは部屋に入ると、冷静な声でフィートへ告げた。
「そう怯えるな・・・。お前に危害を加えるつもりは無い。しかし、アグノス姫には我々の為に働いて貰わねば困るのでな、そこを退いてくれぬか?」
フィートは立ち上がると、まるで立ち塞がる様に言い放つ。
「アグノス様には触れさせません!!」
元々、命の危険を覚悟して付いて来た身・・・フィートは今こそが正念場と知り、自身を奮い立たせるのだった。
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