第324話・ケーオ 対 イリタビリス

イリタビリスはテユーミアに後押しされた。

全力で自身の仇を倒し、そしてプリームスへの証を立てよと。



力強く、冷静にイリタビリスはケーオへ歩を進めた。

『これは絶対に負けられない戦い。あたしの、これからの存在意義を示す為にも勝たなきゃ』



相手が魔神である事も、母の仇である事も意識から除外し、倒すべき対象として認識する。

またプリームスから教えられた実戦の技が、自身の身体に根付いているのを感じた。


そう・・・この時の為にプリームスは、一挙二動の極意を伝えたのだとイリタビリスは確信する。

『本当にプリームスは凄い人なんだね・・・。本来なら、あたしなんかが関われるような人じゃないのに・・・』


全てを見通すプリームス。

今、傍に居ない筈なのに、まるでプリームスが直ぐ近くにいるような安心感がイリタビリスを包んでいた。




何か吹っ切れた様子のイリタビリスを見て、ケーオは怪訝そうに首を傾げる。

この100年間ケーオは、隔絶された世界で少しづつ人を喰らい、人を知ろうとしてきた。

それによって人の弱さや強さも、それに元ずく失望や希望も知り得て来たのだった。


だが目の前のイリタビリスは、どうだろうか?

与えた失望を糧に、剥き出しの感情を見せてくれると思いきや・・・全く想像とは違う反応を見せた。


『実に面白い! まだまだ分からない事が多く有る・・・。人の全てをまだ理解し得てないとは、これも根本が魔神と人の差にある為か・・・?』

そうケーオは、ほくそ笑み自嘲する。


そして、ふとプリームスの存在を思い出す。

『そうか・・・人は得た失望より大きい希望を得れば、前に進むのだったな・・・』


ケーオは目前に迫ったイリタビリスへ言い放った。

「お前が希望の糧としているプリームス様の元へは、その足では届かない。何故なら私が、お前の手足を全てへし折ってしまうからよ。でも心配しないで、命までは奪わない・・・プリームス様が悲しまれる筈だから」




テユーミアは、ケーオに形容し難い寒気を覚えた。

元が魔神だからと言う訳では無い・・・何か屈折した物を感じたのだ。


人間の中にも稀にこう言った変質的な者が居る。

それをケーオに感じた訳だが、

『いや、違う。それは人だからこそ・・・普通は魔神が人の様に振舞うなんて在り得ない。これが統一意志から逸脱したモノだとでもいうの?!』

と分析し、推測した答えにテユーミアは驚きを隠せない。



ズン・・・と地面を揺るがす鈍い音がした。



ケーオが放った右正拳突きをイリタビリスが一挙二動で反し、その時踏み込んだ震脚が鈍く地面を揺するような音を立てたのだった。



余りにも鋭く、しなやかで自然な反撃を受け驚愕するケーオ。

しかしイリタビリスの放った反撃の拳は、辛うじてケーオの左手で受け止められていた。

「フフフ・・・凄いわね。これは表・真人流には無い技よ?」



イリタビリスは受けられた右手を振りほどき、後ろへ3歩程下がる。

そしてプリームスの様に無形に構えてケーオへ言った。

「これはプリームスから教えられた技。母の記憶を喰っただけのお前では、あたしには勝てない!!」


母のフロンティーダは、オリゴロゴスの部下であり弟子でもあった。

つまり表・真人流の使い手なのである。


その記憶を持つケーオは警戒すべき相手ではあるが、表・真人流の継承資格があるイリタビリスには脅威と成り得ない。

更にプリームスの指導を受け、1枚も2枚も皮が剥けた今となっては尚更だ。



だがケーオは、不敵な笑みを崩さない。

「さぁ・・・それはどうかしらね。魔法が使え無ければ格下と思うのは、浅慮かと思うわよ」


すると5mほど離れた互いの距離で、ケーオは徐に右手を腰の高さに掲げたかと思うと、突如左足で震脚を起こした。



地面を揺るがす震脚の音が響いた瞬間・・・イリタビリスは後方へ吹き飛ばされていたのだった。


「!!?」

何か嫌な予感がし、咄嗟にケーオに対して半身なっていたイリタビリス。

そのお陰で防御力の高い左肩から二の腕にかけて”何か”を受け止める事が出来た。

腕は痺れたが、身体の急所への被害は皆無だ。



また吹っ飛びはしたが、上手く受け身を取りイリタビリスは地面に着地する。

一瞬の攻防を傍で見ていたテユーミアも、イリタビリスが無事なのを見て胸を撫で下ろしたようだった。



「い、今のは・・・」

何かを飛ばしたのは分かったが、理屈が理解出来ずイリタビリスは訝しげに目を見張る。


これには透かさずテユーミアが言及した。

「遠隔気孔・・・遠当て、裏・真人流の技ね」



「フフフ、その通り。流石、よくご存じねテユーミアさん。私に魔法を使わせない事で、イリタビリスが有利に戦えるようにしたようだけど・・・残念でした」

と嬉しそうな表情で言うケーオ。



テユーミアは、そんなケーオの様子を見て驚きを隠せないで居た。

『魔神がこんな表情豊かに話すなんて・・・聞いた事が無い。本当に魔神なの?!』


そもそも魔神は統一意志に因って自我に制約を受けている。

指揮官級、または支配階級の魔神になると統一意志が弱まるようだが、それでも目の前のケーオの様に、自己の意思で話す事など有り得ないのだ。



『魔神が人を食うなんて事も初めて聞くし、食らった人間の情報を得る事も初めて知った・・・。これが"本来"の魔神の姿としたら、これ程やっかいな事は無いわ』

新たな事実を知りテユーミアは危機感を抱く。


只の魔神なら1つの目的に対して、"1つ"の行動しか為さない。

だがケーオは例外であり、この戦い自体が只の迎撃では無く、何か他に複数の意図を持っているように思えてならないのだ。



そんなテユーミアの危惧など他所に、イリタビリスとケーオの戦いは一方的な様相を迎える。


凝縮させた気を遠隔からの放つ"遠当て"に、イリタビリスは苦戦を強いられていた。

それは視認する事が出来ず、兆し読みに頼るしか無い為だ。


しかも遠当てを撃つと見せかけて巧みに兆しを外すので、上手く躱せず防戦一方になったと言う訳である。



『何とかして近付かないと』

そう思えば思う程にイリタビリスは焦ってしまう。

そして焦りは判断を鈍らせ、結果、自身の動きを緩慢にして窮地へ追いやるのだ。


こうして徐々に体力を削られたイリタビリスは、遂に片膝を地に付けてしまうのだった。

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