第326話・死を司る者
アグノスはフィートを連れ立って、地下都市へ真っ直ぐに赴いた。
先ず人に会い、地下世界の状況確認をするのが理由だ。
詰まり都市に行けば人が生活している筈で、探す手間が省ける。
それ以外の選択肢など時間の無駄と判断したのは、聡く効率的なアグノスらしい考えと言えるだろう。
事実、直ぐに外壁門で衛兵に出会い、話をする事が出来た。
そして救援者であるプリームスに随伴した事を告げると、副王であるモナクーシアの元まで直行で案内されたのだった。
当初、アグノスとフィートは、モナクーシアから賓客として扱われ和やかに会食が行われた。
しかし藍色の髪を持つアグノスは王の直系の証であり、シュネイの孫である事を告げた所為で自体は急転する。
兼ねてより、7本目の起動支柱を作り出そうとしていたモナクーシアは、食事に薬を混ぜアグノスの意識を奪ったのだ。
それはアグノスを操者として利用する為であった。
"操者"は、起動支柱となる
これは非常に高い魔力硬度と、魔力制御力が必要とされる所為で、並の魔術師では到底担当し得ない。
またその操者を生み出す為にモナクーシアは試行錯誤したが、今まで1度も上手くいかなかった。
だが次元断絶後100年目にして、漸く"
そうなればモナクーシアがこの機を逃す訳が無く、彼女を手中に収めるのは当然の帰結と言えた。
フィートの意識を奪わなかったのは、明らかに"操者"として適性がないのと、アグノスの世話をさせるのが理由である。
地下世界は人手不足が深刻化しており、捕虜の様に監禁した場合、それの世話に人員が割かれるのも痛手だったのだ。
実際、拘束監禁しているプリームスを、副王の妻が世話をしているのが良い例だ。
そして今、そのフィートが意識の無いアグノスを守る為に、モナクーシアの前に立ち塞がっていた。
「私の前に立ち塞がるとは・・・文官然としているが大した度胸だな。しかし脚が震えているではないか・・・私に立ち向かえばどうなるか分かっているのだろう?」
そうモナクーシアは、静かな声でフィートに告げた。
普通なら、強い言葉と強い語調で脅す様に言うものだが、モナクーシアの言い様は強くは無い。
それが逆に冷たさと恐怖を湧き起こさせ、フィートを震え上がらせる。
それでもフィートは退かない。
モナクーシアの企みにアグノスが利用されるのは明白であり、プリームスを悲しませる結果に為る事も目に見えていたからだ。
『1分でも、1秒でもいいから稼がなくては・・・』
フィートは漠然とした希望に
ひょっとしたらプリームスが1分後、助けに現れるかもしれない・・・。
もしくはテユーミアが・・・。
そんな淡い希望がフィートを支えていたのだ。
しかし現実は甘くは無い。
今プリームスは、アグノスやフィートの様に囚われの身なのだ。
テユーミアに至っては、ケーオに迎撃され中心街にすら到達していなかった。
この事実を知っていれば、フィートもこの様に無謀な行動を取らなかったに違い無い。
否・・・どの道、アグノスが操者にされれば、フィートの存在意義は失われ処分される。
それを根拠無しで"感じ取った"フィートは、
『行き着く結果が死であるなら、今この時に自己犠牲を惜しんでどうする!』
そう自身を奮い立たせたのだった。
思った以上に目の前の女が気丈で、ため息が出そうになるモナクーシア。
出来ればプリームスの従者を殺める事はしたく無かったからだ。
『だが、プリームス殿程の従者ゆえ、何をしでかすか分かった物では無い・・・やはり処分すべきか』
モナクーシアは仕方なく、意を決して右手を徐に掲げる。
その右手は青白く淡い光を帯びたかと思うと、一瞬で黒い炎を表面に宿し、フィートをギョッとさせた。
「これは私の固有魔法でな、気と暗黒魔法を併用したものだ。触れた物を気で崩壊させ、暗黒の炎で燃やし死滅させる。なに・・・苦しまぬ様に急所を素早く突いてやろう」
とモナクーシアは告げ、フィートの心臓を標的に定めると右手を振り上げた。
迷宮に入り、幾度も死にそうな怖い目に遭ったフィート。
それでもプリームスが居て、アグノスやテユーミアも居た為に無事で今に至るのだ。
しかし今は守ってくれる人は誰も居ない・・・。
これ程までに自分は無力なのかと思い知り、そして諦めてフィートは瞳を閉じた。
ギッ!
何かが金属に当たり、軋む音が部屋に鈍く響いた。
「やれやれ・・・私の大事な部下を勝手に殺されては困りますね」
聞き覚えがある声がフィートの背後からした。
それは恐ろしく狡猾で最凶・・・プリームスを除けば、地上で最強で在る事は疑う余地も無い人物の声・・・。
「何者だ!?」
モナクーシアが驚きを隠せずに"それ"に問う。
フィートは確信し瞳を開くと、声の主を見やった。
その人物はフィートの背後に立ち、レイピアの刀身でモナクーシアの黒く燃え盛る右手を受け止めていたのだった。
「私はアポラウシウス。親しい知人には道化師と呼ばれています」
そう答えた人物は、執事が着る燕尾服を纏い、顔は道化師が被る様な面、更に頭にはシルクハットが乗っていた。
全身黒ずくめで、不気味な意匠の面が死を彷彿させる・・・正に死を司る神を。
「また地上では死神とも呼ばれている。私の物に手を出した報いは受けて貰うぞ」
突如、アポラウシウスの語調が変化した。
次の刹那、金属が擦れ滑る様な音が響く。
アポラウシウスが剣を薙ぎ、モナクーシアの右手を弾き返したのだ。
ここに来て漸くモナクーシアは理解する。
何の取り柄も無さそうな文官然としたフィートが、プリームスに随伴して来た理由を。
そしてプリームスも見抜いていた。
死神が距離や次元を物ともせず、出入口が有れば瞬時に移動出来る事を。
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