第317話・ケーオとプリームス(2)

プリームスの扱いに対して、後ろめたい気持ちがある事を示すケーオ。

それを利用しプリームスは、モナクーシアの本心をケーオから探ろうと思い至る。



『率直にモナクーシアの本心を訊くのは不味いな・・・。なら先ずはケーオが共に何を目指し、欲しているか探ってみるか』

方針を決めたプリームスは、ベッドの端に腰掛けるケーオに言った。

「大司教夫人? それとも副王夫人と呼べばいいのかな?」



呼び方は人間関係に於いて、重要な比重を占めているのは言うまでもない。

これによって相手への敬意や誠実さの伝わり方が大きく変わる。

対等であるのか、格上なのか格下なのか・・・この判断を誤れば、以降不興を買い自身の立場を危うくしてしまうのだ。



今回に至っては、そもそもケーオが下手したてに出ているので、そこまで重く考える必要も無い。

と言うか、プリームスは自身を偽ってへりくだる様な事はしない。

自尊心が高いとか尊大だとか、そう言う訳では無く只々自然体なのだ。

詰まる所、350年もの歳月を生き抜いた”自信”と”経験”がそうさせるのだろう。


そして今回に至っては、飽く迄、最低限の礼儀と建前と言ったところであった。



ケーオはプリームスにそう問われ、畏まってしまう。

「え、いえ・・・そんな大仰な呼び様はお止めください。ただケーオと呼んで頂ければ宜しいのですよ」



敵対関係でも無い限りプリームスと相対した者は皆、このような態度を取る。

あのモナクーシアでさえプリームスを尊重し、僅かだが対等以下で接していたのだから。

これはプリームスの様相が余りのも超絶的に美しく、正に絶世で在る為に畏敬の念をどうしても持ってしまうからだ。



その上、醸し出す雰囲気は、ドッシリと肝の据わった老練な王を彷彿とさせる。

つまり相反する様な2極性を有する所為で人は理解が及ばず、無意識にプリームスを畏敬するのは仕方が無い事なのかも知れない。



「そうか・・・ではケーオ、もし次元断絶を越えられれば、その先に何を望むのだね?」

モナクーシアには触れていないが、それはハッキリ言って率直すぎるプリームスの問いかけと言えた。



少し驚いた表情を見せたケーオだが、直ぐに柔らかさを取り戻し徐に答える。

「・・・・そうですね、私は”自由”を謳歌したい・・と言うのが本音でしょうか。ここは隔絶され生きるのが、やっとの世界ですからね」



次元断絶が完成した事に因り、魔神の侵攻を食い止めた守り人一族。

その使命は達成されたと言ってよい。

しかしその見返りなどは無く、地上には人知れず自分達を苦しめる境地へ追いやってしまったのだ。



『モナクーシアは自身と民の自由を獲得する為に、次元断絶を越えようとしている・・・ならそれは正当と言えるだろう。だが地上へ侵攻するのは合点がいかぬ・・・』

そう思いプリームスは、ふとモナクーシアが言った言葉が脳裏に蘇った。



”正当性は同じ水準の人間同士で勝手に議論すればよい。我々は地上の認識外に居るのだから、我々も勝手にさせて貰う。それが人類の淘汰に繋がるならスキア神も喜ばれよう”



『正当性・・・そして人類の淘汰・・・。まるで魔神の王が言いそうな言葉だな』

そしてプリームスはある可能性に気付き、唖然として目を見張る。


『まさか、魔神と結託し本当に人類を淘汰しようと言うのか? だがそれでは魔神に対して今も尚、防御を固めた都市の意味が見えぬ・・・。それに剣聖インシオンの苦労も報われぬ事になる』

だが結局は矛盾に突き当り、プリームスを悩ませた。



悪い癖で、相も変わらず他人を憚らずに思考の沼に沈むプリームス。

そんな絶世の美少女を見てケーオは不安になってしまう。

「あ、あのぅ・・・何か変な事を言ってしまいましたか?」



「いや、すまない。悪い癖でな・・・直ぐ考えに耽ってしまう。・・・ところでだが、ケーオは地上の人間に対して何か遺恨めいた思いでも持っているのかね?」



急に込み入った事を訊くプリームスに、ケーオは戸惑いを見せた。

そして確認する形で訊き返す。

「え~と・・・それは地上の人々に恨めしいとか、憎いとか・・・そう言った感情を持っているのか?、とお尋ねなのですか?」



肯定するように頷くプリームス。



するとケーオは考えながらなのか、それとも言葉を選んでいるのか、少し間を置いて徐に話し始める。

「私は魔神戦争直後の生まれですので、地上の事は全く知りません。物心が付いた頃には既に次元断絶が存在していましたから。ですが夫から聞く本当の地上の広大さや、無限に広がる美しい空への憧れは募るばかりです」


そうして切なそうな表情をプリームスへ向けた。

「憧れは有っても、地上の人々を恨むような感情は持ち合わせてはいませんよ」



その言い様は、とても嘘を付いている様には見えない。



プリームスは”魔神信奉”を危惧していた。

よくよく考えれば魔神と戦う最たる一族が、それを含んでいるとは普通は考えられない。


しかし魔神と戦い討伐するべき対象だったとしても、魔神と密接な状況で果たしてそう言い切れるのだろうか?

実際、広大な地上で稀にしか姿を見せない、はぐれ魔神を信奉する者や組織が存在する。

この場合は魔神自体が下級で在ったりする所為で、実際の脅威にはなり得て居ないのが救いである。


そう考えると、守り人一族の中に魔神信奉者が居ても何ら可笑しくは無い。

飽く迄、可能性の話ではあるが・・・。

そしてケーオがそうで無くとも夫のモナクーシアが妻を欺き、魔神信奉者である可能性も捨てきれないのだった。



「ケーオ自身、夫の・・・副王の考えをどう思っているのだね?」

ある意味、このプリームスの問いかけは先程よりも込み入った物になるが、どう言った反応が返って来るか試さずには居られない。



ケーオは再び思考する素振りを見せた。

もしプリームスを欺くにしろ真実を語るにしろ、この様子からケーオは軽率な物の考え方をしない理知的な人物と言える。


それから直ぐにケーオは口を開いた。

「魔神の侵攻は此処だけとは限りません。故に地上の全てを把握する必要が有ると思います。またそれが可能で、地上から人が絶滅してしまうのを止められるのは、我々守り人一族しか居ないと副王は言っています。・・・私もそれには同意見なのですよ」



「なるほど・・・」と呟くプリームス。

『これが本心であるなら結局、淘汰されるのではないか? それが魔神の手では無く、守り人一族に変わると言うだけで・・・』

まさか守り人一族に因る世界征服・・・それをモナクーシアは企んでいるのか?


そんな大それた目的も後付けで、元をただせばシュネイを救いたい願いが発端のようにプリームスは思えた。



『しかし・・・シュネイを慕っていたと言いながら・・・』

プリームスはベッドに腰掛けるケーオを一瞥した。

「副王も隅に置けん・・・こんな美しい奥方を娶っているのにな」



突然、話の方向性が変わり戸惑うケーオだが、プリームスにそう言われ少し嬉しそうに照れるのであった。


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