第315話・目的と思いと矛盾

イリタビリスはプリームスの言葉に従い全力で逃げ出した。

命に代えてでもプリームスを守る・・・とイリタビリスは決心していたが、それは絶対に守れるならの話だ。



あの状況でイリタビリスが助けに入っても、とてもあの2人を打ち倒してプリームスを助け出す自信が無い。

またモナクーシアの妻であるケーオが、イリタビリスの見知った人物の顔にそっくりで、正直取り乱しそうになっていたのも原因である。


”飽く迄”も似すぎていると言うだけで、本人の筈が無いのだが・・・それでもイリタビリスを動揺させるには十分だった。

幸いプリームスを拘束するだけで、傷付けたり命を奪う様な素振りには見えなかったのが救いである。



今は亡き父の形見である隠蔽の宝珠を起動させ、プリームスより預かった飛行の指輪をも併用し一気に本殿を飛び出すイリタビリス。

不思議な事に追手が来ない・・・逆に不安になるが迷わず楼門へ急いだ。

途中、指輪の輝きが消失しかけるのを確認し、自身の足でイリタビリスは逃げる事を余儀なくされる。


楼門に到着すると、そこには魔法騎士団団長ロンヒが佇んでおり、血相を変えたイリタビリスと目が合ってしまう。

『不味い! プリームスが居ないし絶対に怪しまれる!』



だがそれは杞憂に終わる。

ロンヒは静かに頷くと、イリタビリスを誘うように片手を差し出したのだ。

何が起きているのか、眼前のロンヒが何を企んでいるのか見当もつかず、イリタビリスは狼狽える。



するとロンヒは優しくイリタビリスの手を取り引くと、楼門を抜け素早く裏路地へ導いたのだ。

そうして全く人気が無いのを確認しロンヒは、

「小官は貴女の御父上の弟子だった者です。そして今はオリゴロゴス様の・・・」

そこまで言って口を閉ざしてしまった。


ここで漸くイリタビリスは合点がいく。

このロンヒはオリゴロゴスの間者だったのだ。



張り詰めていた緊張が解けたのか、イリタビリスはその場にへたり込み、

「あ、あたし・・・プリームスを見捨てて・・・」

そう泣きそうな声で呟いた。



凡その状況を洞察したロンヒは、傍に屈み込むと優しくイリタビリスへ言った。

「どうやら話し合いが決裂したようですね。大方プリームス殿の身内を盾にされ、同調を迫られたのでしょうが・・・。兎に角、今はオリゴロゴス様の元へ戻られるがいいでしょう」



ロンヒの言う通りだ。

今は悲しみと悔しさに浸っている場合では無い。

そう自身に言い聞かせ、イリタビリスは震える脚で立ち上がるのだった。







 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※








プリームスは神鉄で作成した首輪、腕輪、そしてアンクレットと計5つを身に着けさせられ、それらを繋ぐよう邪魔に成らない形で鎖も施された。

勿論、鎖も神鉄製だ。

この状態では特にプリームスの動きを阻害ないし、拘束さえしていない。

見方にによっては一種の装飾にも見えなくもない程である。


只、神殿内のどこかは分からない部屋に隔離されているのは事実で、

『舐められたものだな・・・』

とプリームスは、ぼやかずには居られないのだった。



プリームスが居る部屋は簡素でも厳かで、整理と清掃が行き届いた賓客用の部屋に見えた。

ベッドはフカフカで天蓋こそ無いが、どこか高級な宿を思い起こさせる造りである。



「はぁ・・・」

神鉄による魔力の流出と疲れで、全く身体に力が入らないプリームスは、溜息をつくとフカフカのベッドに身を預けた。


「色々失敗した・・・私は阿呆だな・・・」

何時ものプリームスで在れば、7.8割方の勝利ないし成功する様に下準備をして事に挑む。

なのに今回は軽率はなはだしく、プリームスらしからぬと言っても過言では無かった。



アグノスとフィートが都市部を目指す事は容易に想像でき、プリームスの目的とモナクーシアの企みが衝突するのは明白だったのに・・・。

だがそれでもプリームスは、素直に、そして安直、無策でモナクーシアと会してしまった。


『どうも完全な”敵”でないと、私は振り切れんようだな・・・』

つまりプリームスはモナクーシアを含め、この地下世界に居る全ての人間に敵意を持てずにいた。

そもそもが救うべき依頼対象であり、プリームスと遺恨がある訳でも無いのだから、その思いは当然とも言える。



『非常にやりにくい・・・。一層の事、戦争相手で在れば気兼ねなく打ち倒せるものなのだが・・・今回はそうもいかぬ』

根底に武人気質があるプリームスとしては、大義名分や絶対の建前が無ければ、相手を殺める程に力を振るえないのだった。



それにモナクーシアの”本心”も気になっていた。

これがどうも引っかかりプリームスは強引に行けず、モナクーシアの言を促す様に動いてしまったのだ。


相手が礼節を欠いた者なら、開幕から速攻で殴り倒して口を割らせていたのだが、モナクーシアは予想以上に礼儀を重んじ、理路整然としている。

しかも味方に引き入れようとプリームスを説得する節もあり、自身の中の”隠した”正義と正当性を垣間見せていた。


故にプリームスは気になって仕方が無く、結果・・・今に至る訳だ。



どうした物かとベッドでゴロゴロしていると、扉をノックする音がした。

プリームスは拘束されているのだが、殆ど賓客扱いで苦笑する。

「どうぞ・・・」



するとゆっくりと扉を開けてケーオが姿を現す。

その両手には余る程の荷物を抱えていた。


「プリームス様、失礼致しますね」

そう言ってケーオは手に持った荷物をベッドの傍にある棚に置き、プリームスへ向き直った。

その様相は祭壇の間で初めて見えた時と違って、艶やかな真紅のドレス姿だ。


余りの雰囲気の差にプリームスは戸惑ってしまう。

「あ、あぁ・・・何用かね?」



ケーオは嬉しそうな顔で傍に寄って来て告げる。

「用も何も、プリームス様のお世話をしに参っただけですが。ご迷惑ですか?」



返す言葉が無く、どうしようかと困り果てるプリームス。

拘束された身として完全に放置されるのも困りものだが、甲斐甲斐しく世話されるのも困る。

ハッキリ言って何か変だ・・・。


訝しみつつも副王の妻を邪険に出来ず、プリームスは小さく首を横に振り、ケーオの申し出を承諾するのであった。


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