第314話・急転と人質
プリームスは自らを省みずモナクーシアへ向かって踏み込んだ。
それはまるで捨て身の特攻を仕掛けるが如く、モナークシアの目に映る。
互いの距離が至近となり、手を伸ばせば容易に触れる事が出来るだろう。
そんな状況でプリームスは、
「魔神との戦闘に特化し過ぎて、”人間”の強敵に対する免疫が無いようだな」
と不敵に笑み呟いたのだ。
「なんだと・・・?」
完全に後の先で対応しようとしていたモナクーシアは、攻撃では無く、今更”言葉”で仕掛けて来たプリームスを怪訝に見つめた。
その刹那、プリームスの右手が攻撃の様相を見せずに静かに掲げられた。
「!??」
突然、目の前にグラスが姿を現しモナクーシアは驚愕する。
それは妻のケーオに指示してプリームスと連れのイリタビリスに出した、飲料に満たされたグラスだった。
そしてそのグラスの慣性はモナクーシアに向けて働いており、避けるか手で叩き落とすかしなければ顔面に直撃する状況。
『しまった!』
モナクーシアはプリームスが”攻撃”を仕掛けて来ると警戒して、それ以外の要素を排除していた。
そうしなければ為らない程に、プリームスの攻撃は対処が難しく危険だったのだ。
故に、こんな単純な方法で引っかかってしまう。
つまりプリームスは捨て身になった訳でも、自身の留飲を下げる為に強引に殴り掛かって来る訳でも無い。
全てはそう見せかけ虚を突くのが目的・・・・モナクーシアは対人戦の経験差で完全に遅れをとったのであった。
「くっ!」
モナクーシアは直ぐにグラスを片手で叩き落とすが、攻撃態勢へ入ったプリームスに対応できる筈も無い。
ゴオォォオオォ!!
祭壇の間に凄まじい轟音が響き渡った。
「!?」
「!!」
プリームスとモナクーシアとの間に、燃え盛る炎の壁が突如出現したのだ。
咄嗟に攻撃を止め後方へ躱し、事なきを得たプリームス。
しかしその自身の攻撃反動が返って来てしまい、左脇だけならず体中の筋肉と骨が悲鳴を上げた。
『ぐぅう!!』
だが状況は、それだけでは済ませてくれはしかなった。
まるで行動を見透かしたように炎の壁が足元から吹き上がり、プリームスを取り囲んでいた。
これにはプリームスも僅かだが驚きを見せる。
『これは
「余計な真似を・・・・」
と憮然とした語調でモナクーシアが言った。
するとその妻であるケーオがモナクーシアの背後から姿を現し、フードを脱ぐと揶揄するように告げる。
「そう? あのまま私が何もしなければ、貴方はプリームス様に打ち倒されていたでしょう? 本来の目的を忘れて男の矜持に溺れては駄目よ・・・」
深い溜息をつくと、モナクーシアは炎の壁に囲まれたプリームスへ告げた。
「プリームス殿、
プリームスは炎の壁に囲まれた中で、慌てる事無く冷静に返す。
「私が黙って従うとでも思っているのか? それともこの程度で私を封じ込めたとでも?」
正直、下手に物理的に殴り合うより、少しの魔力消費で可能な相殺魔法の方が楽で助かるのだ。
故にプリームスはその余裕を崩さない・・・”逃げる”だけなら幾らでも方法があるからだ。
だがそんな余裕も一瞬で頓挫する。
「プリームス殿には悪いが、貴女の身内を交渉材料とさせて貰うとしよう。従えば”貴女の身内”を傷付けない事と約束する・・・・それでも従えないと言うなら好きに暴れるが良い」
とモナクーシアが至極冷静な声で言った所為だ。
プリームスが一番恐れていたことが現実となった。
以前の世界で数多くの部下を失い、そしていやしくも此の世界に落ち延びた時、プリームスは願ったのだ。
もう失いたくないと・・・故に”部下”などは欲せず、大切に傍に置ける”
なのに今ここで自身の手が届かず、
プリームスにそれが堪えられる訳が無かった。
「イリタビリス! 引け!! そしてオリゴロゴス殿に伝えよ。私と共に来たテユーミアを探せと!!」
プリームスはそう叫ぶように声を上げた。
祭壇の間の入り口で事の状況を目視し、”それ”を耳にしたイリタビリスは、迷うことなく神殿から逃げ出す様に掛け出す。
ケーオはその背中に魔法を放とうと片手を掲げるが、
「待て・・・捨て置けば良い」
とモナクーシアに制されて、その手を下ろす。
それから訝しむ様にモナクーシアへ視線を投げかけて言った。
「宜しいのですか? プリームス様程の身内ならば、危険では?」
モナクーシアは、プリームスを囲む炎の壁へ顎をしゃくる。
少し納得のいかないケーオだが、夫の指示に従った。
パチンッ!とケーオが指を鳴らすと、
「こちらにはプリームス殿とその身内が2人も手中にあるのだ。下手な手出しは出来ぬよ。それよりもプリームス殿を”丁重”に持て成せ」
そうモナクーシアは告げると、まるで全ての興味が失せたようにスキア神像の方へ歩いて行ってしまった。
やれやれ・・・と小さく首を振ってケーオはプリームスの傍に歩み寄る。
そうしてマントの内側からジャラジャラと音を立てて、青白い光沢を放つ鎖を取り出し言った。
「神鉄で加工された鎖です・・・これを身に着けられれば魔力を吸い上げられ、空間へ拡散されてしまいます。ここ迄言えば分かりますよね?」
つまり魔術師に対する拘束魔道具と言う事だ。
魔術師にとって魔力の消耗は肉体に多大な影響を与え、枯渇すれば最悪の場合死に至る。
恐らくそこまでの効果は無いと思われるが、プリームスの動きを封じるのに十分と言えた。
「それで私を拘束するつもりか・・・。その後はどうする?」
プリームスはまるで他人事のように、冷静に自身の扱いを問うた。
邪悪な笑みを浮かべてケーオは答える。
「肝が据わっていると言うか、それともまだ奥の手を残しているのかしら? どちらにしろ神鉄を身に着ければ、そんな物は杞憂に変わって、貴女様の自信は磨り潰されることになるでしょうね」
また直ぐにその表情は、柔らかな微笑みに変わり続けた。
「でも御心配には及びませんわ。こんなに美しくて可愛らしい方を傷付けるなんて出来よう筈が御座いません」
血の気が引く感覚をプリームスは覚えた。
そしてそれと同時に既視感に似た”何か”を感じる。
それが体感した物なのか、それとも見覚えがある事なのか・・・今のプリームスに知る由も無いのだった。
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