第313話・モナクーシア 対 プリームス(2)
全く気配も兆しも感じさせないプリームスの縦拳がモナクーシアに迫った。
それは常人であれば、見えているのも拘わらず気付く事さえできない動き。
そして武術を嗜む”達人”程度の者では、何かをされた事に気付いても、捉える事は叶わないだろう。
それ程にプリームスの動きは自然であり無意識な物であった。
ドゴッ!!
重く鈍い音がした後、磨き上げられた大理石の壁が割れるように四散し、その奥にあった巨大な柱さえもが砕け散った。
完全に捉えた筈のモナクーシアへ放ったプリームスの突きが、何故か逸れてその背後にあった壁と柱を粉砕したのだ。
否──何とか誘導しモナクーシアが躱した・・・が正しい表現と言える。
目の前の状況に顔を青ざめ、目を見張るモナクーシア。
『フフフ・・・当たっていれば死んでいた所か・・・。やはり神域に到達した武力! 何と魅力的なことか!!』
そう内心で驚愕しつつもプリームスへ揶揄するように言った。
「私を拘束すると言いながら、殺めんとする程の威力ではないか?」
プリームスは何事も無かったように無形の構えでそこに佇み、
「そうかい? しかし見事だな。今のを躱すとは・・・気による結界の”奥義”とは口だけではないようだ」
と涼しい顔で告げるが、左脇の激痛で今にも泣きそうな程であった。
『あぅあぅあぅうぅぅ・・・痛いよ・・・死んじゃうよぅ・・・』
そんな事などモナクーシアは露知らず。
プリームスに対しての興味が増し始め、問わずには居られ無くなる。
「それ程の武・・・どうやって会得した? それに見た目と裏腹な佇まい、貴女の為人と今までの生き様・・・実に好奇心をそそるぞ」
さり気なく間合いを離すモナクーシアへ、プリームスは徐に歩を進め答えた。
「我、無力為りて、最強を得る者なり・・・」
モナクーシアは小さく首を傾げる。
「何・・・?」
不敵に笑み静かにプリームスは言った・・・まるで世間話で自身の過去を語る様に。
「私は”師”と言える者が居ない。だがそれでも最も尊敬する人が居てな・・・その人の言葉だよ」
「フッ・・・言い得て妙だな。つまりその人物を模倣した訳か。プリームス殿にそこまで言わせるとは、さぞ希代で優れた人物だったのだな」
プリームス程の超絶者にも、”目指していた”標となる対象が居た事にモナクーシアは内心で驚愕する。
だがよくよく考えれば皆、最初があり成長途上が存在するのだ。
そう考えるとプリームスの拙い時代が想像できず、更に興味が湧く。
そして”尊敬する人”とやらが存在した事にモナクーシアは世界の広さを感じ、薄ら寒さと同時に恐怖に近い畏れを覚えた。
「・・・そうだな・・・。魔界で最強で在った事は疑いない・・・」
消え入るような小さな声で呟いたプリームス。
それは何かを懐かしむ様で、それでいて切なそうな声色だった。
余りに小さな声でモナクーシアの耳には届かなかったが、それを気にする程の余裕が無くなっていた。
プリームスが間合い入っていたからである。
その一撃はモナクーシアの奥義を以てしても回避するのがやっとで、正面から打ち合えば只で済まないのは明白なのだ。
その状況を察しているのか、
「さぁ語らいの時間は終了だ。大人しく私に従うか、痛い目をして私に制圧されるか選ぶが良い」
とプリームスは半ば脅迫するように煽ったのだった。
しかしモナクーシアは相も変わらず一定の間合いを取りながら、全てを見透かす様に言う。
「プリームス殿・・・強がるのは止せ。随分と顔色が悪いぞ、古傷でも痛むのか?」
プリームスは目を見張った。
歩みを止めた絶世の美少女を目に取り、モナクーシアは茶化す様に続ける。
「そうだな・・・次の一撃辺りを躱せば、勝手に貴女は限界に達し膝を屈するのではないかな?」
看破された自身を自嘲するとプリームスは、
「フフフ・・・私も焼きが回ったな。年甲斐もなく相手の”舞台”に合わせて、この様とは・・・」
そう独り言のように呟いた。
その額には張り詰めていた緊張が解けたのか、玉の様な汗が浮き上がり頬と首筋を伝うと、その豊満な胸の谷間に消えた。
それでもプリームスは不敵な笑みを崩さず言い放つ。
「私の能力が武力だけとは思うなよ? お主を魔法で消し炭にする事も出来るのだぞ」
正直、これはハッタリに過ぎない。
以前の肉体ならまだしも、この脆弱な身体で、”魔力を消耗した状態”での魔法発動は命に関わるのだ。
しかも眼前の強敵を瞬時に無力化する為の、瞬発力と破壊力を兼ねた高度な魔法となると尚更である。
「にべもない・・・相変わらず強気だな貴女は・・・。仮に其れが可能でも、”救うべき対象”である私を殺す事など貴女には出来ぬであろう?」
とモナクーシアは気の毒そうに言った。
本来であればプリームスが更に強大な力を振るえる事も、また依頼により力を振るう対象を選ぶ事をも洞察していたのだった。
プリームスは溜息をつき告げる。
「お主が要らぬ野望など抱くから、私がこうして苦労するのだ」
その言い様は、モナクーシアの言葉を肯定するに等しい──つまり八方塞がりと言えた。
そして額の汗を拭い、その拳を握り締めると、
「何にしろ、ここまで
などと本気とも脅しとも取れる言い方をする。
これには流石のモナクーシアも苦笑いを禁じ得ない。
まさかこれ程の超絶者が、感情に物を言わして殴り倒すと言い出したからだ。
『正直な所、次元断絶を越える保険に欲しかった。それにこの超絶者としての能力は魅力的。味方に加えられれば最上だが・・・この際、道具として我慢せざるを得んか』
そんな冷静な打算とは裏腹に、モナクーシアの心と拳が疼いた。
今まで副王として、また統率者とした振舞いが求められてきたが、本来は自身の力を試したくて仕方が無い武人気質なのだ。
故に愚かだと理解しつつも、モナクーシアは間合いを保つ為の後退を止めた。
「ハハハ・・・私もこうした駆け引きには飽きていた所だ」
せっかちと武人気質が相対すれば、結局こうなってしまうのである。
次の刹那、両者の距離は至近となり──突如、轟音が響き渡るのであった。
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