第310話・副王と絶世の美少女(3)

モナクーシアは次元断絶を越えた後、地上へ攻め入ると言い出した。


余りに飛躍したその言い様にプリームスは戸惑うが、モナクーシアには其れを実行する正義と真実を持ち合わせている可能性もあった。

そう思うプリームスは、”その訳”を聞かざるを得ないのだ。

「モナクーシア殿、その目的を実行する訳を聞かせて貰おうか」



するとモナクーシアは、冷静に落ち着いた様子で言った。

「シュネイ様に認められ、ここまで苦労して来られた筈だ。プリームス殿に語るは吝かでは無い」


そして徐に少し疲れたように語り出した。

「我ら守り人の一族は魔神の侵攻から人類を守る為に、この地で千年もの歳月を人知れず戦い続けて来た。誰に称賛もされず、只々信奉するスキア神から授かった使命を全うして来たのだ。この意味が分かるかね?」



そう問われプリームスは首を傾げる。

「この意味が分かるかね?・・・とは、貴殿らの境遇に”救いがない””可哀そうだ”と私に思えと言っているのか?」



プリームスの辛辣な返答に、モナクーシアは怒る事無く苦笑した。

「フフフ・・・本当に物怖じせぬし、歯に衣着せぬ言い様には感服する。が、私はそんな事が言いたい訳では無い。我々には、それに見合った”振舞い”をする権利があると言いたいのだ」



「振舞いだと?!」

相手の話そうとする意識を促す為に、敢えてプリームスは訝し気に尋ねた。



「フ・・・」と見透かしたようにモナクーシアは小さく笑う。



『何が、フ・・・だ! 食えない奴だ、馬鹿にしおって』

とプリームスが内心でぼやいていると、モナクーシアは話を続けた。


「我々は多くの”モノ”を犠牲にしてきたのだ。神が我らへ、それに見合うモノを与えて下さらぬなら自ら動くしかあるまい」

そうしてモナクーシアは小さく首を横に振った。

「いや、違うな・・・。神は、我々がそれを可能とする力を与えてくれていたのだ。ならばその力を使って幸福を手に入れればよい」



モナクーシアの言い様は極端であり、他者を顧みない利己主義と言えた。



「何を今更、自分都合な事を言う・・・。今まで勝手に魔神と戦い、勝手に人類を守ったつもりで居たのだろう? その自己犠牲が地上を侵略する正当な理由には為らぬぞ!」

思わすプリームスは正論を口にして、自身の軽率な言い様に舌打ちしそうになる。


恐らくモナクーシアの意志は、そのような”正当”や”正論”などの介入を許さない域に達している筈なのだから。


『下手に反論して怒らせてしまえば、訊きたい事が聞けぬ可能性がでてくるしな・・・。それにアグノスとフィートもモナクーシアの手の内と言っても良いし、ここは穏便に・・・』

プリームスがそう内心で思考していると、危惧した対象は思いのほか冷静であった。



「正当性は同じ水準の”人間同士”で勝手に議論すればよい。我々は地上の人間の認識外に居るのだから、我々も勝手にさせて貰う。それが人類の淘汰に繋がるならスキア神も喜ばれよう」

などとモナクーシアは言い放ったのだ。



つまり人類を守る力があるなら、人類を支配する力もあると言っているのだ。

魔神をも含む巨大な枠組みで考えれば、一見してモナクーシアの言葉はある意味正しい様にも思える。

しかし、今ここにプリームスが居るのだ。



「モナクーシア殿・・・残念だが”私”が居る。そう易々と地上へ侵攻させると思うかね?」

プリームスは威嚇する訳でも無く、ただ静かに問う。



モナクーシアは深呼吸するように溜息をついた。

まるで自身の言葉が理解されず、途方に暮れる冤罪人のように。

「我々が抱える真実と苦しみを貴女は理解していない。それを知ればプリームス殿も、私の選んだ道を否定は出来ぬ筈だ」



ここに案内してくれた魔法騎士のロンヒが言うように、モナクーシアは思慮深く”今”は常識を持ってプリームスへ接している。

『思った以上に理知的で冷静・・・そして私を論破するのではなく、理解させようとする思惑が伝わって来る』

と少しプリームスは感心してしまった。


更に脳裏に過った疑問が口を衝く。

「まさかと思うが・・・モナクーシア殿は私を説得して味方に付けようとしているのか?」



僅かだがモナクーシアの口角が上がった。

「貴女が味方に付くに越した事はなかろう? だが私は、ここ迄やって来たプリームス殿へこそ真実を伝えるべきだと思ったまでだ」



『流石、人類最高峰の英知を保有し、魔神と戦い続けて来た一族だけの事はある・・・』

それを統率し100年もの間、この隔絶された世界で生き抜いたモナクーシアにプリームスは感嘆を禁じ得ない。



「やれやれ・・・。元より全てを聞き出すつもりではいたが、まさか相手が聞かせるつもりでいたとはな・・・。分かった、その”真実”と”苦しみ”とやらを聞かせて貰うとしようか」

プリームスは、御手上げとばかりに肩をすくめると自嘲するように言った。



そうするとモナクーシアは片手を徐に上げて、

「ケーオ・・・」

と呟くように言ったのだ。



突如、プリームスとモナクーシアが着いているテーブルの傍に、フード姿の人物が姿を現す。

全身を覆う真っ白なマントも身に着けており、それが隠蔽効果のある魔道具である事をプリームスは即座に見抜く。


だが突然何もない所から姿を現したように見えた為、イリタビリスがギョッとした。

プリームスでもない限り、その存在を感知出来ぬ程の隠蔽魔法を施してあるようで、イリタビリスの反応は仕方ないと言えよう。



「私の妻ケーオだ。さぁ、プリームス殿と御身内に飲み物を用意しなさい」

モナクーシアは端的にケーオを紹介した。



ケーオは小さく頷くと、マントの中から水差しとグラスを2つ取り出す。

そして手早く優雅にグラスへ液体を注ぐと、音も無くプリームスの傍にグラスを2つ置いた。

何とも人間味を感じさせない動きで、プリームスは違和感を感じる。



「毒など入っておらぬゆえ心配されるな」

そう告げモナクーシアは、いつの間にか手に持っていたグラスを口に付けた。



モナクーシアが言う通り、今この状況で毒を盛る意味は無い。

融和的に会話を進め、出来うるならプリームスを味方に付けたいとモナクーシアは考えているのだから。



プリームスは液体で満たされたグラスの1つをイリタビリスへ渡し、自身もグラスを持った。

「奥方は恥ずかしがり屋のようだ」

プリームスがそう言ったのは、既にケーオが姿を消した所為だ。



自身の伴侶を紹介したと言う事は、モナクーシアには今ここに護るべき身内が居る事を示唆していると取れた。

それは要するに、大切な身内を巻き込んで迄の危険は冒さないと暗に言っているのだ。


だが・・・ケーオが只者で無い事は間違いなく、プリームスにも身内イリタビリスが傍に居る以上、同じことが当てはまるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る