第298話・イリタビリスとの手合わせ(2)

何とかプリームスの機嫌を直すことが出来たイリタビリスは、ホッと胸を撫で下ろしていた。


急に変貌したプリームスには驚かされたものの、物心が付き出した子供の様に幼くなってしまい、正直イリタビリスは可愛いと感じる。

それは母性本能がくすぐられたと言えるだろう。


未だに抱き着いて離れないプリームスを見て、

「プリームス・・・そんなに引っ付いてたら立ち合いが出来ないよ?」

と困った様子でイリタビリスは言った。



「え? あ、うん・・・。さっき使った魔法で疲れちゃったよ・・・。もうちょっとこのままで・・・」

そう言ってプリームスは、イリタビリスの胸に顔を埋める。


子供っぽい口調と子犬のように懐くプリームスの振る舞いで、母性本能が再び刺激されるイリタビリス。

優しくプリームスを抱きしめ背中を撫でてやる。

「しょうがないなぁ〜、あとちょっとだけだからね!」


こうして"ちょとだけ"と言いつつも、10分以上抱き合っていた2人。

結局のところ、イリタビリスを含め"身内"は皆、プリームスに甘々なのであった。






イリタビリスが持つ気の影響で、文字通り英気を養ったプリームス。

先程までの幼児退行状態とは打って変わって、すっかり何時もの様子に戻ってしまう。


これにはイリタビリスも少し残念な思いをするが、本来のプリームスに戻って安堵もしていた。



「先ずは普通に立ち合ってみようか」

と告げてプリームスはイリタビリスから5m程の距離を取る。



イリタビリスは、やはり少し不安そうな顔だ。

寸止めでも通常に打ち合う訳で、ウッカリ当ててしまう可能性があったからだ。

「本当に大丈夫?」


するとプリームスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「心配ない。そもそも、そう言った"力加減"も含めてイリタビリスの実力を見るのだからね」



武芸とは戦の為に編み出された技であるが、常に相対した対象を殺める物では無い。

軍であれば相手の半数を喪失させると、戦闘機能を失い敗走が始まる。

これがいわゆる全滅であり、戦術的勝利が確定する訳だ。

要するに無力化出来れば、皆殺しにする必要など無いのである。


それと同じ事が1対1の戦闘にも言える。

相手を無力化出来るなら、殺める必要も傷付ける必要も無いのだ。


しかし相対した者を倒さずに無力化する事は、非常に難しい。

もし可能であるとするなら、極端な実力差がある時だけだろう。



「並の相手なら、傷付けずに昏倒させる程度は出来ないとな」

と、少し煽り気味にプリームスは言った。

これは自分を並の相手と言っているに等しいが、イリタビリスが侮っている事を考慮すると丁度良いのかもしれない。



「う〜、分かったよ。仕方ないな~」

まだプリームスの実力を実感していない為、イリタビリスの反応は渋々ながらも自信満々な様子だ。


だがその自信も直ぐに消失する。

何故ならプリームスとの距離が5m程にも拘わらず、イリタビリスは気配を感じとれなかった為だ。



「プリームス・・・・見えてるのに、そこに居る様に感じないよ・・・」

イリタビルスは呆然として呟く。

本来の戦いで、このような事を口走る訳が無いのだが、これも相手がプリームス故の事だろう。

それだけ油断していたと言う事になる。



一方プリームスは、想定より結果が芳しく無く少し頭を抱えた。

『う~む・・・やはりイリタビリスでは余計に難しいか? 相手の存在を認識する能力は経験や修行でもある程度は補えるが・・・』

それは謂わば第六感的な物であり、天性の才能でもあると言えた。


それでも試みなければ何も始まらない。

『ひょっとすれば開眼するかもしれんしな・・・、ここは少し様子を見てみるか』

そう思い直しプリームスはイリタビリスへ助言をした。

「私を認識出来ないのは、機を同調されている所為だ」



「同調?」と首を傾げるイリタビリス。



「うむ、達人ほど機に対する感覚が鋭敏になる。つまりそれに頼ってしまう訳だが、そうすると逆に利用され相手を捉え難くなってしまうんだよ」


プリームスにそう説明されたが、イリタビリスは更に首を傾げ困った顔をしたて告げた。

「え~と・・・機って何?」



「え?! そこから?」

よもや機を知らないとは思っても居なかったプリームスは、驚きを隠せない。

『オリゴロゴス殿は何を教えていたのか? そもそも呼び名が違うのか?』

兎に角、説明する必要がありそうだ。


「機とは動きの兆し、行動の理由、それらに伴う気の流れなどを含めた総称だよ。つまり相対した対象の動きを察知する能力と言うべきかな」

そうプリームスが掻い摘んで説明すると、イリタビリスは思い出したかの様に言った。

「あぁ~! 兆しの事か! 確かにプリームスが何をしようとしてるのか全然読めないよ・・・だってそこに居ない様に感じるんだもん」



何とか最低限の技術に関する会話が成立し、プリームスは安堵する。

ならば説明を補足しなければならない・・・何故、見えているのに”認識出来ない”のか。

「イリタビリス程になると、目では無く無意識に相手を兆しで捉える様になる。これは自分と同等かそれ以下の相手なら問題が無いのだが、私のような機を操作出来る格上の相手だと”逸らされて”見失うのだ」



「逸らされる? 兆しを?」

イリタビリスは、プリームスの説明が中々理解出来ないでいた。

兆しと言うのは人間の動きの”起こり”の事であり、相手の考えを予測し動きを察知するのが”兆しを読む”なのだ。


それを逸らすのは、つまり動きを察知させない、考えを読ませない訳だが、果たしてそんな事が可能なのか?

気を操り、兆しを察知するに長けた自分イリタビリス相手に・・・。



その疑問を察したのか、プリームスは説明を続けた。

「話を戻すが、"機"を相手に同調させる・・・要するに呼吸や意識、気などだな。そうする事に因って相手の認識を誘導出来るんだよ。結果、認識出来ないように錯覚させ、兆しを見失うだけで無く存在自体を感じさせないようにする訳だ」



理屈はどうあれ、そう言う事だと考えればイリタビリスも要領を得たようで、

「ひょっとして兆しを読むのが得意な程、誘導され易いのかな?」

と自分なりに答えを出した。



「その通りだ。素人であれば引っ掛からない誘導も、達人程に敏感であれば逆に掛かってしまう寸法だな」

何とか口頭の説明で理解をさせられて、プリームスは胸を撫で下ろす。


そして苦笑いを浮かべ続けた。

「ただ世の中には例外もあってな、兆しなど全く感じずに超反応で動く奴も居る。しかも素人並みに鈍感ゆえ兆しの誘導が効かなかったりと質が悪い」


この時、プリームスの脳裏に浮んでいたのはクシフォスの姿であった。

フィエルテから聞いた話では、死神アポラウシウスの斬り込みを素手で抑えたり、足の裏で止めたりしたと言うのだ。

正直プリームスから見ても常軌を逸しており、超反応脳筋野郎と評価するしかなかった。


またそれは1つの極地とも言え、兆しに惑わされるくらいなら、純粋な反射神経で勝負する方が活路を見出せるのも道理だと思えるのだった。



イリタビリスは感心した様子で染み染みと告げる。

「やっぱりプリームスは凄い人だったんだね・・・。こうして立ち合ってみて分かったよ」


そうして一気に気落ちしてしまった。

「あたしだと、プリームスの相手は出来そうにないよね・・・」



そんなイリタビリスへ、

「そうでも無いさ・・・。さっき言ったろう? 例外があるなら模倣してみるのも悪くなかろう」

と言いプリームスは笑みを浮かべるのであった。


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