第299話・一挙二動(1)

漸く自分とプリームスとの間に、大きな実力差が有る事に気付くイリタビリス。

「あたしでは、プリームスの相手は出来そうにないよね・・・」

そう告げたが、プリームスは頷かなかった。


それどころか、

「例外があるなら模倣してみるのも悪く無かろう」

などと言い出したのだ。

つまりそれは兆しに頼らず、純粋な肉体の反射神経のみで立ち合えと言っているのだ。



「近接の徒手格闘は何も”機”だけではあるまい。繰り出す技の練度、的確な防御と受けの技術・・・そこから攻防一体となる反撃。イリタビリスの持つ表・真人流の技を見せてくれ」

プリームスは何故か楽しそうな表情で告げた。



だがイリタビリスとしては、プリームスを格下で守るべき対象と認識していただけに衝撃は半端では無かった。

侮っていたと・・・師を圧倒したのは真実だったと、今更ながら己の未熟さと眼力の無さに後悔する。


故に失墜した自信はイリタビリスを及び腰にした。

「兆しを読むのは表・真人流の極地なの。それを簡単にこなすだけじゃ無くて、認識させないなんて・・・他の技も生半可な物じゃないでしょ?! あたしじゃ無理だょ・・・」



『これは失敗したか・・・』

事の持って行き様が悪かったのをプリームスは悔やむ。

図に乗った奴の鼻柱を折るのは、良い薬になる。

イリタビリスの場合は、プリームスより自分が強者と思い込んでいたので、ある意味調子に乗っていたと言える。

が、図に載って横暴な振る舞いをしていたのでは無かった。


そんなイリタビリスの自信を打ち砕いてしまっては、今後の成長への妨げになるとプリームスは危惧した。

『ここは十二分に腕を振るわせ、自信を取り戻して貰わないとな・・・』



かと言って手を抜く訳にもいかない。

そうすればイリタビリスは敏感に感じ取り、更に自信を無くす結果になるだろう。


『ならば初めから手合いで行えば良い。元より実力差を認識しているなら問題無いだろうし、もしそれで私から一本でも取れれば自信回復の一歩となろう・・・』

プリームスは早速、事を進める為にイリタビリスへ告げた。

「手合いで行う。基本的に攻撃は右手しか使わんが、気にせずガンガン打ち込んで来ると良い。勿論イリタビリスの方は手足何でも有りで構わんよ」



正直、ホッとした反面、イリタビリスはムッとしてしまった。

先程まで舐めていたのは自分なのだが、それが逆の立場となると中々に嫌な気分になるものである。

だが手合い無しでの対等な立ち合いでは、プリームスを相手にして互角に戦える自信も無い──正に頭で分かっていても心が納得しない矛盾状態なのだった。


ならプリームスの提示した条件でアッと言わせるしかない。

「わかったよ・・・・でも万が一当たっても怒らないでね・・・」

イリタビリスは念を押す様に言う。



するとプリームスは不敵に笑み頷いた。

「フフフ。勿論だとも」


このプリームスの態度がイリタビリスに火を点けてしまう。

相手が格上でも自分は表・真人流の後継者なのだ、誇りが傷付くのは道理と言えた。

『くぅ~!! 絶対ギャフンと言わせてやるんだから!!』



こうしてプリームスとイリタビリスの立ち合いは再開する事となった。

互いの距離は先程と変わらず5mで、両者が踏み込めば一瞬で超至近となり、拳どころか身体が接触してしまうだろう。


そんな状況でプリームスはオリゴロゴスの時の様に無形の構えは取らず、半身に構え少し右手を差し出す様に掲げた。

右手のみを使って戦うと言ったのだから、これは妥当な姿勢と言える。

更に”機”を駆使した兆しの逸らしもしていないようで、イリタビリスはプリームスの存在をしっかり感じる事が出来ていた。



イリタビリスは意を決して一歩前へ踏み込むが、プリームスは全く微動だにしない。

『余裕のつもり? それとも右手しか使わないから下手に動けないだけ?』

気配を感じても微動だにしない為に兆しを読めない。


『なら動かすまで!』

迷いを捨てたイリタビリスは、鋭い右の縦拳をプリームスの顔面へ向けて放つ。



刹那、プリームスの兆しを捉えたイリタビリス。

放った縦拳を受け流すべく、プリームスの右手が”起こり”を見せたのだ。

しかし受けの右手が”後”であるなら、”先”である反撃の一手がプリームスには足りない。

ならば恐れる事は何も無く、プリームスが音を上げるまで攻撃を続ければ良い。



ところがイリタビリスの目算は一瞬で瓦解する。



プリームスは右手を軽く添える様にイリタビリスの縦拳へ触れ、何故か身体を後ろへ逆時計回りに回転させた。

それは一見して攻撃を受け流したが、イリタビリスの突きの威力が高すぎて、その反動で身体が回転してしまったかの様に思える。

だが事はそんな単純では無い。


気付けばイリタビリスは後方5mも吹っ飛ばされていたのだった。

時間にして1秒にも満たない、正に一瞬の攻防である。



「ほほう。今のをよく防いだな。師匠もそうだが表・真人流は防御に秀でているな」

そう告げるプリームスは初めの位置から一歩も動かず、全く同じ構えをしていた。



驚きを隠せないイリタビリスは、今起きた一瞬の攻防を思い返す。

放たれた縦拳擦れ擦れに身体を回転させたプリームスは、回転の反動を利用し右手で掌底を放っていたのだ。

受け流しと反撃が、ほぼ同時と言って良い程の”起こり”の速さと、的確に打ち込む技の正確性──どれをとってもイリタビリスが経験した事の無い練度の技。

正直、感嘆を禁じ得ずイリタビリスは呆然としてしまう。



そして直ぐに我に返ったイリタビリスは、不服を口にした。

「プリームス! 寸止めって言ったじゃない!! 今のは咄嗟に左腕で防いだけど当たってるのといっしょだよ~!」



苦笑いを浮かべるプリームス。

「いやいや、すまんすまん。寸でで止める予定だったのだがイリタビリスが上手く防御したのでな、そのまま打ち込んでしまった」


また感心したように続け、

「それにしても見事だな。私の反撃は完璧な間だったが、よく防いだものだ。さては私の反撃の兆しを見切ったか?」

『兆しの読みに頼らずと言ったのだがな・・・。まぁ良いか、染みついた修行の癖を出すなと言う方が無理があるな・・・』

そう内心でプリームスはぼやく。



「うん、兆しが見えたよ。でも回避・・・いや受け流しからの反撃が早すぎて、対応できなかったよ~。あんなの無理だよ~」

とイリタビリスは泣き言を言い出した。



プリームスは手合いで攻撃も防御も手段が1つしか無い。

つまり防御にその1つを使ってしまえば、攻撃出来ないのは道理である。

従ってプリームスは1つの行動で防御と攻撃を同時に行ったのであった。

しかも相手の攻撃慣性を利用しているので、反撃の威力は倍では済まず、イリタビリスが泣き言を言うのも仕方が無いのだ。


その証拠に防御したイリタビリスの左腕は小刻みに震え、真面に動かせるには少し時間が掛かりそうな程だ。



「なら互いに右手のみで試合ってみるかね? 今度は先程の様に大きめの反撃はしない。純粋にイリタビリスの技の切れを見ようと思うのだが・・・」

そう少し気遣い遠慮がちにプリームスは告げる。



するとイリタビリスは安心した表情で頷くのだった。

これが更なる悪夢へ続くとは知らずに・・・。

「それなら良いよ~!」


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