第283話・地下世界の状況(2)
政を担っていた行政府の大司教が、都市部を掌握して100年、一度も元帥府による都市部奪還は成されなかった。
理由は簡単で、オリゴロゴス側の情報が全て大司教に筒抜けだったからだ。
それはあらゆる手段において武官最高位であるオリゴロゴスを、1枚も2枚も大司教が上手であったと言う他は無かった。
次元断絶後の地下世界では文官の行政府側、そして武官の元帥府側の2つの勢力に分かれていた。
しかしこの都市部奪還で多くの人的損失を出した元帥府は、追撃を逃れるために都市部から離れ森に潜む事となる。
これが隠蔽された集落の始まりであった。
この話をオリゴロゴスから聞かされ、漸くプリームスは合点がいく。
プリームス程の魔術の実力が無ければ・・・しかも相当に接近しなければ感知出来ない隠蔽の結界が集落の入り口に張られており、疑問に思っていたのだ。
それは詰まり魔神に対する警戒が主では無く、同じ人間を警戒していたからであった。
「何とも愚かしい事だな。取り残された人間同士、協力し合って生き抜くしか無いと言うのに・・・争い合うとは」
そうプリームスが呟くと、
「全くだ・・・。だが奴を黙って見過ごす事も出来なかった」
オリゴロゴスは無念そうに答えた。
恐らくオリゴロゴスの取った行動は失敗したが、道理に基づいた正義のものだったのだろう。
そして相対した大司教にも、それがあった。
野望であり欲望だったかもしれないが、その原動力は自身の信念に基づいた正義だったに違いない。
故に諍いが起こり、戦争に発展してしまうのだ。
『これこそが人の宿命・・・意思がある人故に起こってしまう現実か・・・』
自身も含め皮肉るようにプリームスは自嘲してしまう。
「過ぎてしまった事を今頃悔やんでも仕方ない。それよりも訊きたい事がある、辛い過去を掘り返す様で悪いが・・・」
プリームスは淡々と食事を進めながら告げる。
するとオリゴロゴスは苦笑いしながら、置いた箸を手に取り言う。
「あぁ・・・こちらこそすまない、変に気を使わせてしまったな。さぁ何でも訊いてくれ」
プリームスの隣では、2人の遣り取りを心配そうに見つめていたイリタビリスが居たのだが・・・・、その箸は全く止まってはいなかった。
要するにどんな深刻な状況でも影響されず、食事を取れる質なようだ。
そんなある意味図太いと言える少女を傍目に、
『フフフ・・・、これは頼り甲斐があると言う物か』
とプリームスは内心で微笑みつつ、オリゴロゴスへ質問を投げかける。
「他にも集落があるのだろう? それらの状況を知っておきたい。あと、ここは何故にオリゴロゴス殿とイリタビリスだけなのだ?」
芋?の煮つけを箸で摘まみ頬張ると、オリゴロゴスは美味しそうに咀嚼し飲み込みプリームスの質問に答えた。
「集落はあと9つあるが、今はどうなっているか確認はとれていない。理由は大司教に我々の居場所を悟らせない為だ。それとここにワシとイリタビリスしか居ないのは、ワシが大司教からしつこく狙われているに他ならない。なのにイリタビリスは・・・・」
くすんだ橙色で、少しテカりを放つ芋の煮つけが気になってしまうプリームス。
「なるほど・・・2つの集落の人間が会っている所を見つかれば、跡をつけられて2つの集落両方が襲撃されてしまうからな」
そう納得して言った後にプリームスは、オリゴロゴスに倣い芋の煮つけへ手を付けた。
『おおぉ! これも美味い! 少し甘めの料理だが不思議に白米と合う』
食事の速度がどちらかと言うと遅いプリームスとオリゴロゴス。
だが既にテーブルの上の料理は3人前以上は減ってしまっており、それが全てイリタビリスの仕業だと分かる。
「おいおい・・・そんな細い身体の何処に、この大量の食事が入るのか・・・」
とプリームスは呆れてしまう。
そうするとイリタビリスは、「にひひ」と笑い自慢げな顔をした。
普通の女子ならば、男顔負けの大食漢など事実であっても知られたくないものである。
しかしこの地下世界の文化的なものなのか、はたまたオリゴロゴスと共に暮らしている所為なのか・・・そう言った地上での一般的な恥じらいは皆無のようであった。
お腹一杯になったのか、陶器のコップに温かいお茶を注ぎ一服しているイリタビリス。
その彼女にオリゴロゴスは静かに告げた。
「片付けはワシがしておくから、お前は見回りに行って来なさい。くれぐれも護符を忘れんようにな」
そうすると素直に頷くとイリタビリスは立ち上がる。
「うん、分かった! じゃぁ1時間ほど見回りにいってくるよ~」
オリゴロゴスは部屋から出て行こうとするイリタビリスを引き留め、少し慌てたように続けた。
「あぁ・・・それと都市部の者とは会う事はないと思うが、万が一出くわしても戦闘は避けるんだぞ。まぁ先に見つかる事は護符の加護で無いとは思うが・・・。それと・・・」
溜息をつき割って入る様に言い放つイリタビリス。
「もう! 分かってるよ師匠! 楽に倒せる魔神以外は見過ごせでしょ。それと紅蓮の魔神には近寄るなだよね・・・・」
そう言って少し呆れた様子で、さっさと部屋から出て行ってしまった。
苦笑いをプリームスへ向けるオリゴロゴス。
プリームスも呆れ顔で告げた。
「そんなに心配なら、イリタビリスを箱入り娘にすれば良かっただろう。下手に自由にさせれば多くを知り過ぎて、もう後には引き返せんからな。結果、危険な目に会うと言うものだろうに・・・」
「プリームス殿の言う通りだな・・・」
オリゴロゴスはそう自嘲するように呟いたあと、背後の家具へ向き、その引き戸を開けた。
それは酒類を納めている収納棚だ。
そうして酒瓶と、高さ5cm程しかない小さな酒杯を2個テーブルに置いた。
以前飲まされた酒よりは酒精が強くは無いだろうが、それでも酒杯の大きさから弱くない酒だと予想がつく。
酒杯に酒を注ぎ、1つをプリームスの前に置くと、続けて酒瓶をテーブルの中央にも置く。
お酌は自分でしろと言う事であろう。
「イリタビリスは12歳の時にワシの元で預かる事になった。あの子の母親はワシの弟子でもあり部下でもあってな、それが縁でそうなった」
酒杯の酒を一気に呷り、オリゴロゴスは言った。
プリームスも酒杯の酒をチビチビと啜り、
「12歳か・・・・。女の子は成長が速いからな、その頃にいきなり箱入りにするのは無理があるか。で、預かる事になったと言うなら、あの娘の両親は・・・」
と全て口にするのを躊躇ってしまう。
「母親の方は、今まで見た事の無い異質な紅蓮の魔神の殺されてしまった。あれは”統一意思”で制御されていない魔神・・・・それも相当に上位の存在だった。父親の方は優秀な魔術師でな、元帥府で魔術部隊の将軍をしておった非常に有能な者だったが、魔神では無く行政府の”人間”に命を奪われてしまった・・・・」
一気にそこまで語ると、オリゴロゴスは
『紅蓮の魔神・・・・そして”
プリームスはイリタビリスを身内に迎えた事に因り、その身の安全は確保できたと考え至る。
今は傍を離れているが、今後プリームスの傍にイリタビリスを置き続ける予定だからだ。
ならば当面の問題は、一枚岩では無いこの地下世界の構図である。
これを何とかしなければ、プリームスが思い描く理想の救出劇は完遂しない。
「この地下世界を独裁している行政府の首魁・・・詳しく聞かせてもらおうか」
プリームスも酒杯の酒を一気に呷り、オリゴロゴスへ鋭い視線を送り告げたのだった。
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