第284話・元老モナクーシア(1)

守り人の民が暮らす地下大空洞は、次元断絶を機に地上と隔絶されてしまった。

そしてその隔絶された世界を強引に統一し独裁を始めたのが、文官の最高位であり宰相の役職に就いていた大司教であった。



「大司教の名はモナクーシアと言ってな、行政府の元老でワシの実弟でもあるのだ・・・」

オリゴロゴスは落胆した様子で告げた。



これには少し驚かされたプリームス。

王のシュネイを除いて最高権力にある2人が兄弟で、しかも命の遣り取りをする程に争い合っていたからだ。

『お互い協力し合う事は容易であった筈。だが現実は弟のモナクーシアが、兄のオリゴロゴス殿を罠に嵌め一方的に都市部から追いやってしまった・・・』

どう考えてもプリームスは合点がいかなかった。


この兄弟は王を支え、今まで魔神と戦い続け人類を守る同志だったのだ。

それが次元断絶を機に宗旨替えをしたモナクーシア・・・何が彼を変貌させたのか?

『元より抱いていた想いや野望が発露した? だが、それなら王であるシュネイが居た時に反乱を起こす事も可能だったのでは? 力では王に敵わなかったからか? いや・・・それも釈然としないな・・・』

プリームスはモナクーシアの為人が分からず、得意の洞察が捗らない。



するとオロゴロゴスが苦笑して言った。

「おいおい、そんな少ない情報で頭を悩ませんでくれ。知りたい事が有れば何でも聞いてくれれば良かろうに・・・」



全くその通りであった。

プリームスも苦笑するとオリゴロゴスの言う通り、素直に質問することにした。

「そうだな・・・では、モナクーシアの為人を教えて欲しい。それと王で在るシュネイに対しての忠誠心がどうだったのかも知りたい」



空になった皿を退かし、そこに水差しとコップを置くオリゴロゴス。

「また悪酔いさせてはいかんのでな、水分も十分に取ってくれ。え~と・・・奴の為人だったか・・・・」

そう言って再び自分の酒杯に酒を注ぎ、一気に呷った。


何でも聞いてくれと言った割には、やはり自分を裏切った弟の話しを口にはしたくないのかもしれない。

それを酒の力を借りて語ろうと言う訳だ。

『まぁ、私は情報が得られれば何でも構わんが・・・酔い潰れられても困るしな。塩梅を見て止めてやらねばな・・・』

プリームスはほくそ笑みながら、オリゴロゴスが話し出すのを待った。



少し酔いが回ったのか、オリゴロゴスはほんのり赤くなった顔で口を開いた。

「奴はな・・・実に努力家だった。皆が尊敬する程に自身を律し研磨に励んでいた。だが元々は表・真人流を学ぶ同門であったが、中々芽が出なくてな・・・・成長しない自分にいつも落胆しておった」



首を傾げるプリームス。

「む? 大司教は王に次ぐ強大な魔力の持ち主では無かったのか?」



オリゴロゴスは溜息をつくと説明を続けた。

「まだ話の途中だ・・・え~とだな、奴は魔術の才能も有していた。当初は大して優れた才能では無かったが努力を惜しまず、それが実ったのだ・・・。結果、エテルノ殿に迫る程の魔術師へと成長した」


「その後、優れた内政能力と魔術技能で宰相の地位に就いたのだが、真人流の修行も続けていてな・・・インシオン殿との邂逅を機に武の才も開花したんじゃよ」



モナクーシアの為人が少しづつ見えて来て、プリームスの思考が加速し始める。

剣聖インシオンは神域に達した剣技の他に、仙術の達人でもあったな。そうなれば無手に因る武力も相当な物だった訳か・・・・それでモナクーシアは剣聖から教えを得られたと?」



頷くオリゴロゴス。

「うむ、それでな奴と表・真人流との相性が悪い事が分かったのだ。本来我が流派は身体を健やかに保ち長寿を維持する事に理念があるのだが、奴は非常に攻撃的でな完全な武力として利用する才に長けていたのだよ」



察したプリームスは、少し端折り気味で後に続き言った。

「もしや、裏・真人流があるのだな!? それにモナクーシアは武の才を見出したと?」



少し呆れた様子でオリゴロゴスは頷く。

「プリームス殿は1言えば10洞察する質のようだが・・・如何せんセッカチだな・・・。まぁその通りだ。インシオン殿の指導もあり、奴は魔術とその知能で宰相でありながら裏・真人流の宗師となった・・・・。今思えばあれが全ての元凶だったのかもしれんな」



再びプリームスは首を傾げた。

「元凶?」



「うむ。インシオン殿は別格ゆえ対象から外すが、奴に正面から挑んで勝る者は1人も居なかった。ワシでも最早手に負えなかったからな・・・。もし奴が武か魔術の何方か1つだけ極まっていたなら、ワシでも止める事は可能だったろう・・・・今更そんな事を言っても仕方ないがな」

と後悔と自嘲が織り交ざった複雑な表情で、オリゴロゴスは言った。



つまりそれは、オリゴロゴスとモナクーシアが次元断絶の直後に戦った事を意味していた。

そして”手に負えなかった”と言う言葉から、オリゴロゴスが敗退した事も暗に告げているのだった。


「よく逃げおおせたものだな・・・」

敗退したなら死は免れなかった筈である。

しかしオリゴロゴスは今ここでこうして生きており、プリームスは其れに驚きを隠せないでいた。



「逃げおおせたのでは無い・・・・逃がされたのだ。いや、実際はイリタビリスの父親の魔法に因って神殿から脱出出来た。だが追手が掛からなかったゆえ・・・・故意に見逃されたのだろう」

オリゴロゴスはそう答えると、悔しそうに酒杯を握り締める。



プリームスは当時の状況を思い描いた。

自分ならどうするのか?、プリームスがモナクーシアだったなら、何故オリゴロゴスを逃がすのか?

行動から逆算しモナクーシアの目的を洞察する。

『損得抜きに兄弟の情・・・・、ならば最初からオリゴロゴスを懐柔した筈。そうなると情など関係なく、モナクーシアに確固たる目的と理由があった・・・・オリゴロゴスを100年もの間、泳がせていた訳が・・・』


情報が少ない為、プリームスであっても核心を突くにまでは至らない。

『やはりもっと状況を把握しなければ、訳が分からんなぁ・・・』

内心でそうボヤキながらプリームスは、苦渋の記憶を呼び起こしてでも、オリゴロゴスから詳しく情報を引き出す事にした。



「モナクーシアの為人が今一良く分からんなぁ~。お主の弟はシュネイへの忠誠心があったのか?」

プリームスの問いかけに、オリゴロゴスは大きく頷く。


そして握り締めていた酒杯から手を離すと、

「王に対する奴の忠誠心は本物だったよ・・・。次元断絶が完成する間際、王をこの地下大空洞から迷宮へ脱出させた張本人だからな。それに、今だから言えるが奴は王を慕っていた・・・・」

と溜息をつきながら告げた。



「う~む・・・そうか・・・」

プリームスは唸り首を傾げてしまう。

推測していた事と相当な誤差があったからだ。

『まさかモナクーシアがシュネイを慕っていたとは想定外だな・・・・。と言う事は、剣聖とシュネイが恋仲であった事を知らなかったのか?』


微妙なこの三角関係に少し苛立ちを隠せないプリームス。

正直、来る者拒まずのプリームスとしては、他人の惚れたの腫れたなどは、どうでも良いのだった。

つまり面倒臭い話と言う訳である。


だが、この人間関係にこそ核心が隠れて居そうで、プリームスは仕方なく追及する事にするのであった。


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