第282話・地下世界の状況(1)
テーブルに所狭しと並べられた料理。
それはプリームスが見た事も無い物から、見知ったような物まで10皿にも渡った。
しかも量が半端無く、どう見ても5人前は有りそうである。
「この薄皮で包まれたのは何だ? 変わった料理だな・・・」
プリームスは他より少し大きめの皿に盛られた料理が気になってしまう。
それは何かの薄皮で具材を包み、鉄板で焼いたような料理であった。
「あ~、それはだな包み焼きだよ。小麦をで作った薄皮で具材を包んで焼いたものだ。で、プリームス殿は箸は使えるのかね?」
とオリゴロゴスはプリームスに箸を手渡しながら尋ねる。
『私が聞きたいのは中の具材なのだがな・・・まぁ食べれば分かるか』
「あぁ、大丈夫だ。エスプランドルの下町ではフォークやナイフより箸の方が一般的で、食べ歩きした時に使い方を習ったよ」
プリームスは慣れた手つきで箸を持ち答えた。
「そうか・・・エスプランドルは海に面した都市だからな、昔から異文化が入り易かった。この100年で我が一族の文化がいつの間にか故郷より伝わっていたのかもな・・・」
そう言いながらオリゴロゴスは、懐かしむ様な遠い目をした。
オリゴロゴスの感慨など放っておいて、プリームスは気になっていた包み焼きを箸で摘まみ頬張る。
すると薄皮が破れ中から肉汁が溢れ出した。
『うお、これは美味い! 中はひき肉と微塵切りにした野菜を詰めているのか』
そんなプリームスの様子を見てイリタビリスは、
「美味しいでしょ! あたしも包み焼きは得意だから、いつでも作ってあげられるよ~。それと白ご飯と一緒に食べたら美味しいからね!」
と見透かしたようにニヤリとして告げる。
白米を食べない事は無いが、基本的にパン食の文化圏に居たプリームス。
イリタビリスに勧められるまま、恐る恐る白米と一緒に包み焼きを口に投入した。
「おお! 包み焼きと白米は合うのだな!」
思った以上に美味しくて素直な感想が出てしまう。
「プリームス・・・それは違うよ~。白米は主食だから、主食に合うようオカズの包み焼きがあるんだよ~」
そうイリタビリスに諭されるプリームス。
「なるほど・・・白米はかなり淡泊な味だからな、それで主菜は味がしっかり目な訳か」
食文化からも学ぶことは多く、プリームスの知識欲と食欲を刺激するが、
『って、当初の目的を忘れていた・・・・』
と我に返りオリゴロゴスを見つめる。
それを察したのかオリゴロゴスは、思い出したかのように居住まいを正した。
「うん? あ・・・都市部と集落の話しだったな。その前に先ずはワシとイリタビリスが、何故ここに住んでいるのか話さなければなるまいて・・・」
そして申し訳なさそうに続ける。
「酒を飲み交わした時の続きになるのだが・・・あの時は済まなかった。調子に乗ってプリームス殿に酒を勧め過ぎた」
「過ぎた事は気にするな、それよりも詳しい話を聞きたい。え~と、都市部は確か行政府に掌握されたのであったかな?」
プリームスは気にした様子も無く、向かってテーブルの少し奥にある皿に手を伸ばそうとする。
そうすると少し前のめりになってしまった為、浴衣の胸元から胸が丸見えになった。
「むお!?」
とオリゴロゴスは声を一瞬だけ漏らすと、慌てて目を逸らす。
一方傍で見ていたイリタビリスは、
「あぁ・・・・プリームス、そんな姿勢になったら師匠に丸見えになっちゃうよ~」
などと注意するが、浴衣の隙間からプリームスの胸が零れ落ちそうになって「おお!!」と声を上げる。
『オリゴロゴス殿は仕方ないとして・・・』
「イリタビリス・・・その反応は、もうオッサンの様で少し恥ずかしぞ・・・」
逆に注意し返すプリームスであった。
「にひひ」と屈託のない笑顔を見せるイリタビリス。
本気で注意した訳では無いが、悪びれずに笑顔で誤魔化す彼女の様子はプリームスを和ませた。
『私の傍に今まで居なかった質の者だな・・・』
そう思いつつ開けた胸元を直し、話を進める。
「で、行政府の長は・・・大司教だったか? 何者だ? オリゴロゴス殿を出し抜いて都市部を掌握したなら中々に切れ者なのだろうが」
その問いかけにオリゴロゴスは少し落ち込んだ様子で語り始める。
「うむ、奴は政の一切を担っていてな、宰相をしていたと言えば分かり易いだろうか・・・。それで魔神戦争が始まる以前より軍部にも根回ししていたようで、次元断絶後の混乱に乗じて一気に都市部を掌握されたのだ」
そして箸を置くと、残念そうに続けた。
「王がこの地下大空洞に居ない今、ワシとしては誰が王の代行を務めようが構わないと考えていた。だがな・・・奴は駄目だ・・・隠していた自身の欲望をむき出しにして独裁を始めおったからな。それを長い間、ワシも周囲も・・・王さえも騙されていた訳だ・・・。見抜けなかった己が不甲斐なくて後悔しきれぬ」
守り人一族を内政面で統括し、地下都市の繁栄を維持する為に外交に因っ地上の国と渡り合ってきたのだ。
その政治力は相当なものだったに違いない。
しかし合点がいかない疑問がプリームスの脳裏に湧き起こった。
「この100年間、その独裁に手を拱いていたのかね? その大司教とやらを黙らす方法は幾らでもあると思うが・・・・」
イリタビリスが不安そうにオリゴロゴスを見つめる。
するとオリゴロゴスは眉間に皴を寄せ、険しい表情で答えたのだ。
「したさ・・・。奴を止める為にワシへ同調する者と結束し、神殿に攻め入った。だがそれ以前の問題だったのだ・・・」
プリームスは直ぐに察しがつく。
”それ以前の問題”・・・詰まり大司教を止めようと画策した時点で、オリゴロゴスは権謀的に後れを取っていたに違いない。
「大司教はオリゴロゴス殿が動く事も考慮して、間者を紛れ込ませていた訳だな?」
無念そうに静かにう頷くオリゴロゴス。
「そうか・・・。そして迎撃が完璧に整った所に、オリゴロゴス殿等が攻め入ってしまったのか」
そう独り言のように呟き、プリームスはある事の推測に至る。
「もしや集落に人が居ないのは、その時の損失が原因で・・・」
「うむ、その通りだ。戦える者は全て動員したからな、完全に裏をかかれて殆どが戦死した。単体の武力では優れた者が此方には多かったが、それでも罠を張られ巧みな戦術と数の前には・・・・」
そう言った後、オリゴロゴスは完全に黙り込んでしまった。
昔の記憶が蘇り、その苦悩が心中を一杯にしてしまったのだろう。
”戦える者は全て動員した”、それは戦えぬ年寄りや子供しか集落に残らなかったと言う事だ。
そうなれば、この閉ざされた世界での生活は一層苦しくなる。
苦しくなれば命を失う者も増え、100年かけて集落を過疎化させたと容易に想像がついた。
『この集落はオリゴロゴス殿とイリタビリスだけとのことだが・・・・他にも隠された集落があった筈。辛い記憶を呼び起こしてしまうが、情報は”力”だ。ここは無理を通して全て訊くしかあるまい・・・・』
プリームスは仕方なく心を鬼にして、オリゴロゴスへ向け口を開くのだった。
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