第281話・嫁ぐ娘と育ての親
イリタビリスへ身内の証として収納魔道具である指輪を贈ったプリームス。
しかしながら、その使用方法を教えるのに少々手間取ってしまう。
どうもイリタビリスは説明を聞いて覚えるより、自身で体感して物事を習得する方が得意のようであった。
要するに考えるよりも行動が先んじる質なのだ。
『まぁこればっかりは性格や資質の問題だからな・・・仕方ないか』
そう思いプリームスは、イリタビリスに多くを求めないことにした。
それから体調が回復したプリームスは、イリタビリスに浴衣を着せてもらう。
下着を付けずに着せられたので、何だか色々とスウスウして心許無い。
だがイリタビリスは、
「おぉ! やっぱり黒の浴衣が似合うね! プリームスは肌も髪色も真っ白だからかな」
と言い、実に満足そうである。
一方プリームスは、真逆の様子。
「これは・・・下手に胡坐をかいだりしたら中身が見えてしまうな・・・」
女子が胡坐で座る事など皆無ではあるが、プリームスからすれば有り得るので少々心配なのだ。
そんな様子などお構いなしに、イリタビリスはプリームスの腕を取り引っ張る。
「そんな事よりさぁ、お腹空かない? ご飯食べようよ!」
引っ張るものだからプリームスの胸元が開けて、大きくて形の良い胸が零れてしまった。
それを見たイリタビリスは嬉しそうな表情で、
「うお! 凄い!」
などと言う始末だ。
わざとやったのだろうが、別に減る物でも無いしイリタビリスが楽しそうなので咎めないプリームス。
こうして着崩れた浴衣をイリタビリスに直して貰った後、2人して居間へと向かった。
すると居間のテーブルには所狭しと料理が並べられているのを目にする。
「おお? 随分と豪勢だな?」
いつもこれ程の量を2人で食べるのかとプリームスは驚くが、どう見ても5人前以上はあるので妥当な反応だろう。
そして台所がある奥の部屋からオリゴロゴスが、布を被せた手桶の様な物を持って姿を現した。
「そろそろ腹を空かせてくる頃だと思ってな、食事を準備しておいた。適当に座ってくれ、直ぐに飯を注ぐでな」
言われるがままプリームスはテーブルの前に座ると、隣にイリタビリスも来るが胡坐で座った為に下の中身が見えそうになる。
「おいおい・・・イリタビリス、いつもそんな感じなのか?」
心配になってプリームスは尋ねるが、本人は全く気にした風も無い。
「ほえ?」
更に心配になりオリゴロゴスに視線を向けると、プリームスが何を気にしているのか分かった様で苦笑いを浮かべた。
「まぁ、テーブルで見えんからな、見逃してやってくれ」
家長でイリタビリスの師匠がそう言っているのだから仕方ない。
しかしプリームスの身内になったのだから、他者が見ても恥ずかしくない最低限の振る舞いをして貰いたい所でもあった。
そんな事を考えつつも失念していた事が頭を過った。
『オリゴロゴス殿に言っていなかったな・・・・相談せず勝手に話を進めて、きっと良い気はしないだろうな・・・』
布を被せた手桶から炊けた白米を椀に盛り、それをプリームスへ手渡そうとするオリゴロゴス。
プリームスがその彼へ意を決して、イリタビリスを身内に迎えたと告げようとした時、
「あっ・・・そうそう、あたしね、プリームスの
と先に事情を抱えた本人が口にしてしまう。
ビックリしたのかオリゴロゴスは固まってしまい、白ご飯が盛られた椀を落としてしまう。
「おっとと!」
テーブルの上にぶちまける寸前で、プリームスが何とか御椀を手で受け止めたが、根本的な問題は解決していない。
駆け引きも無しに真っ直ぐで、そして純粋で素直に言葉を発してしまうイリタビリス。
非常に好感が持てるのだが、こう言った場合は困りものである。
御椀をテーブルに置きプリームスは溜息が漏れた。
『はぁ・・・・、きっとオリゴロゴス殿は大事な弟子を、ぽっと出の私に身請けされたような形になって衝撃を受けただろう・・・。いや衝撃だけでは済まんか・・・きっと怒るだろうな』
オリゴロゴスは固まったままで動かない。
片やイリタビリスは、そんな師匠を見て首を傾げ素っ頓狂な事を言う始末。
「あれ? どうしたの師匠?」
その問いかけに我に返ったのか、オリゴロゴスは鋭い視線でプリームスを見つめた。
怒られると思い構えるプリームス。
だが予想を反し、オリゴロゴスは穏やかな口調で少し俯き言ったのだ。
「そうか・・・・プリームス殿の元へ行くのか・・・・」
オリゴロゴスの反応に片眉を上げて訝しむプリームス。
「え?! 怒らないのか?」
「む? 何故だ?」
「ほぇ? 何で?」
オリゴロゴスとイリタビリスから同時に見つめられ、問い返されてしまう。
『どうやら私の方が少数派の様だな・・・』
つまり民主議会制なら、プリームスがトンチンカンな事を言っているのだ。
『ええぃ! 多数派とか少数派とか、どうてもいいわい!』
自分に突っ込みを入れて、プリームスは自身の考えが一般的な事を説明しようとする。
しかし察したのか、それより先にオリゴロゴスが話し始めた。
「プリームス殿は親代わりであるワシに、断りなく話を進めた事を言っているのだろう? それは心配には及ばん・・・もうイリタビリスは成人しておるでな、自分の生きる道は自分で決めるのが当然じゃろ」
そして少し自嘲するように続ける。
「この娘はなワシの事を心配して、この集落に留まり続けておるんだよ。と言っても、もうワシしか此処にはおらんがね・・・。まぁ都市部に行くよりは随分とマシではあるだろうが・・・・」
この世界の成人は15歳で迎えると言う事を、プリームスも承知していた。
だが親と言うものは、何時まで経っても親であり子を想うものなのだ──それが育ての親であっても。
それをプリームスは心配していたのだった。
「本当に私の元へイリタビリスを置いて良いのだな? 不自由をさせるつもりは無いが未来は不透明ゆえな、後悔せぬか?」
プリームスの念を押す問いかけに、オリゴロゴスは少し寂しそうに、また嬉しそうに答えた。
「プリームス殿はシュネイ様が認めた”超絶者”であろう? ならば何も危惧する事はあるまいて。それに一族を導く王の身内と成れるのならば、これ程に光栄な事もない」
これ以上の問答は無意味とプリームスは感じた。
「ふむ。まぁオリゴロゴス殿がそう割り切っているなら私も憚る事は無いか・・・。しかしこの集落には他に住人が居らんのか・・・、それと都市部よりとは、どう言う事かね?」
新たな疑問が湧き上がり、プリームスはオリゴロゴスへと尋ねる。
オリゴロゴスはイリタビリスへ温かな白ご飯を盛った椀を手渡しながら、
「それは食事をしながら語るとしよう。都市部の問題を片付けなければ、プリームス殿の仕事も完遂出来ぬし・・・ちゃんと情報を得て準備してから向かわれると良い」
と全てを見通したようにプリームスへ告げたのだった。
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