第265話・結界の集落(1)
自身が生活する集落へ案内するとイリタビリスに言われ、半ば強引に連れて来られたプリームス。
「ここが、あたしたちの集落だよ」
とイリタビリスが言うものの、目の前は断崖絶壁がそびえ立っていた。
明らかに周囲には集落などは見当たらない。
しかしプリームスは僅かな魔力を周囲に感じ、それが幻術系、それも隠蔽型の結界で有る事に気付く。
これの意味するところは、集落が人の目に見える形で存在していない・・・と言う事である。
「結界で認識阻害しているようだな」
プリームスがそう呟くと、イリタビリスは驚いた表情を浮かべた。
「えっ?! 何で分かるの? プリームス凄い!」
恐らくは魔神達から身を守る為に施した結界なのだろう。
そしてイリタビリス自身にも、その様な魔法処置、又は魔道具の類を持っているとプリームスは推測する。
「そうかね? まぁ魔術は私の専門分野でもあるからな。だが、これは私でなければ気付かないだろう。中々凄い結界だよ」
プリームスにそう言われ、自分自身の様に嬉しそうな顔をするイリタビリス。
どうやら本人だけで無く、"自分達"という枠組みで物を考えているようだ。
ただ、プリームスはイリタビリスからすれば完全な余所者であり、多分初めて会う外界からの来訪者なのだ。
つまりプリームスの存在自体が客観性を伴う物なので、それからの称賛は素直に嬉しい訳なのだろう。
また付け加えるなら、見えざる集落で暮らす者達はイリタビリスを含め、非常に協調性が強いのかもしれない。
そうして100年間、閉ざされたこの地下大空洞で、突発的に出現する魔神と戦いながらも生き抜いてこれたのだとプリームスは洞察した。
イリタビリスはプリームスの手を引くと、そのまま断崖絶壁に向かって歩き出す。
どう考えても進める訳が無いのだが、イリタビリスは躊躇う事無く岩に衝突する勢いで歩を進めた。
すると岩にぶつかる事無く、まるで溶け込む様に身体を沈めたのだった。
そして手を引かれているプリームスも勿論その後に続く訳で、岩の中に身体を沈めてしまう。
傍から見れば完全に摩訶不思議な現象なのだが、実はこの岩、幻術で作り出された物で物理的な影響は皆無なのだ。
幻術の岩を通り抜けると、眼前には横幅3m、高さ2m程の岩盤を掘削して作り上げた通路が続いていた。
所々に発光魔石らしいきものが壁に嵌め込まれており、それが丁度良い塩梅で通路内を照らし通行には支障が無い構造だ。
「発光魔石を使っているのは幻術の岩の外から、ここに隠し通路があると悟らせない為か・・・・」
そう独り言のように言うプリームス。
それに対してイリタビリスは、諦めたように感心した。
「もう驚くのには慣れちゃったよ~。プリームスは本当に目利きが利くんだね! その通りだよ。強い光だと幻術の岩から光が漏れちゃうから。でも発光魔石なら光が弱くて夜でもギリギリ外から分からないんだよ~」
プリームスは、ふと疑問に思う。
魔神相手にここまでする必要があるのか?・・・・と。
基本的に魔神は上位種に率いられている場合、
これは人間界に小規模な遠征を仕掛けてくる魔神が、統率の取れた行動をする為だ。
ちなみに小規模侵攻を指揮する中級以上の魔神は、与えられた使命に縛られており、これも
だが下級魔神に比べ、ある程度の自由権限と自己の意志をもって行動が保証されている様である。
詰まる所、指揮している魔神の裁量で人間に対する被害が左右されるのだ。
しかしながらプリームスが魔神との戦いで得た経験上、指揮官級の魔神に与えられた使命は単純な物ばかりだった。
例えば、
「指定した地域の人間を、一定の時間及び日数で可能な限り殲滅」
「指定した地域の人間を、無差別に一定数捕縛し連れ帰る」
などである。
「事細かく索敵し、人間を・・・・」と言う訳では無いのだ。
突発的に発現する次元の穴は2,3日で閉じてしまう為、こう言った単純な使命になるのだろうが、正直運悪く遭遇しない限り脅威とは言えない。
故に、認識阻害を起こす隠蔽結界を張ってまで隠れ住む意味を、プリームスは疑問に思ったのであった。
『これは魔神以外の脅威が他にあるのだな・・・・』
そうプリームスが見通した時、進む先がどん突きになっている事に気が付く。
「大丈夫だよ~。これも幻術の岩だから」
察したようにイリタビリスは言った。
確かに漏れる筈の無い光が、どん突きの岩の先から漏れ出していたのだ。
この隠し通路は距離にして50m程で、結構な距離である。
そこまでして集落を守りたい理由は何なのか?
プリームスの中で疑問と興味が湧き起こるが、御自慢の面倒臭がり屋が発動し、
『まぁ、そのうち分かる事か』
と考えるのを諦めてしまう。
こうしてプリームスはイリタビリスに手を引かれ、2つ目の岩を摩訶不思議に通り抜けた。
すると眼前に断崖で囲まれた空間が広がる。
『地下空間にある地下空間とは・・・・』
と内心で言って笑いそうになるプリームス。
厳密に言えば、巨大な岩盤内にある空洞であり、地下空間と言うのは語弊があるだろう。
しかしプリームス的に言い得て妙な訳で、自身の中でツボに嵌ってしまったのだ。
笑いが漏れそうでムズムズしているプリームスの表情が、イリタビリスに伝わってしまったのか、
「なになに? 何か変な事考えてたでしょ?!」
などと突っ込まれる。
「え? あい、いや・・・中々変わった所に集落を作ったのだな、と思ってな」
プリームスは何故か慌てて取り繕う。
正直、思った事を口にして、馬鹿と思われたら恥ずかしいからである。
「ふ~ん・・・まぁいいや。兎に角、ようこそだね!」
イリタビリスは眼前に広がる空間へ手をかざし、そしてこう続けた。
「ここが、あたし達の集落”ヒュポゲイオン・カヴァ”だよ」
それを聞いたプリームスはズッコケてしまった。
”ヒュポゲイオン・カヴァ”とは、古代マギア語で”地下空間の地下貯蔵庫”となるのだ。
こちらの世界の古代魔法語が古代マギア語と酷似しているので、恐らく同じ意味と思われる。
『それなら只の”カヴァ”で良いだろうに・・・・』
要するに「地下空間にある地下空間」と変わらぬ、低水準な感性で付けられらた名称なのであった。
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