第266話・結界の集落(2)

認識阻害の結界を施した集落──ヒュポゲイオン・カヴァにやって来たプリームス。

そこは空間的な広さで言えば100m四方、天上の高さも10m近くは有りそうだ。

集落としては非常に小さく、恐らくここで暮らす人の数は多くないのだろう。



またこの空間自体、自然で出来上がった物を利用して居る様には思えなかった。

非常に滑らかに削り取られた空間の内壁をプリームスは目に取ったからだ。

『これは・・・魔法か? ひょっとするとエテルノ級の魔法の使い手が居たのでは・・・・』

人工的に、しかも只の土木技術では無く、魔法で無ければ不可能な掘削跡も確認出来た。



そして空間の天井部分には、幾つも輝いている物体が目に取れた。

照明の用途で使用されている様で、魔道具もしくは魔法の力を有した物質なのは明らかだった。

「思った以上に便利なものが揃ってそうだな・・・」

そうプリームスは感心するように呟いた。



「何と比較してそんな事言ってるのか分からないけど、あたし達が生活する上では大して困ってないよ。それより付いて来て、師匠に会わせるから!」

とイリタビリスは言うと、再びプリームスの手を掴んで引き始める。


こちらの様子などお構い無しのイリタビリス。

自分の調子で事を進める彼女にプリームスは苦笑いを浮かべるが、何となく可愛らしくも思えた。

『無邪気と言うか、真っ直ぐと言うか・・・・まぁ見知らぬ来訪者があれば、はしゃぎたくもなるのかね・・・・』



シュネイの話では、この空間に取り残された民の数は減少の一方である様だ。

その様な場所で文化が発展する訳も無く、生き残り、何とか後代を残そうとするのが関の山だろう。

そうなると娯楽も少ない筈である。


『ならば出来るだけ早く、ここから救い出してやらねば可哀そうだな。だが・・・・』

何か、きな臭い・・・そうプリームスは思わざるを得ない。

それは漠然とした思いから、ここで得た情報により確信に変わりつつあった。







この集落には木造平屋の住居が十数軒建っていた。

それぞれの平屋の住居は簡易的な物だが、しっかりとした造りで地上にある民間の建物よりは出来が良い。


これは恐らくだが守り人の民自体が、進んだ土木建築技術を有していたからだろう。

エスプランドルの地下迷宮が良い例で、あれ程の物を作り上げる技術は、地上の人間では不可能と言えた。


プリームスがイリタビリスに連れて来られた建物は、入り口から一番遠い場所にある平屋だ。

ここが師匠とやらの住居の様で、平屋の横に少し大きめの簡素な建物が併設されていた。


「隣はね修練場と倉庫。師匠と私が住んでるのはこっちね」

そう言ってイリタビリスは、平屋の扉を横に引き開けた。


「おおぉ! 引き戸とは珍しい」

少し驚いた様子でプリームスが言うと、イリタビリスは不思議そうな顔で告げる。

「え? 珍しいんだ? 開き戸を使ってる箇所もあるけど、皆の家は基本的に引き戸だよ・・・・」



玄関はこじんまりとしていて、30cm程の段差の上に室内が広がっていた。

イリタビリスは段差に腰を掛けブーツを脱ぐと、靴下で室内に上がる。

それを見たプリームスは、

『あ~なるほど、引き戸なら身体を横に退ける必要も無いしな。それに靴を脱ぐ習慣があるなら、玄関と室内の段差は便利ではある』

と感心してしまった。


靴を脱ぐのは、室内に汚れを入れないと言う基本的な概念に基づいているのだろう。

また玄関と室内も段差がある為、外からの埃などが侵入し難い。

つまり守り人の民は、非常に清潔好きなのだ。



『綺麗好きは大歓迎だな・・・・』

プリームスは、ほくそ笑みながらイリタビリスに倣い、自身も靴を脱ぎ室内に上がる。

靴で締め付けられていた足が解放され、実に心地よい。



玄関から直ぐに室内になっているが、肌触りが良さそうな艶々な木の床で構成されていた。

広さで言えば、2,5m四方と言った所か・・・玄関と同じく実に小じんまりとしていて特に家具などは無く、正面と左右の壁に2枚ずつの引き戸が見て取れる。



「師匠!! 今帰ったよ~! 見慣れない人見つけたから連れて来た~!」

と突然叫び出すイリタビリス。

女とは思えない少し破天荒な行動に、プリームスは少し顔をしかめた。


『あ、でも人の事は言えんか・・・』

そう思い直し、プリームスはスキエンティアの事が脳裏に過る。

いつも自分がダラダラしていると、スキエンティアに小言を言われるのだ。

女らしからぬ行動と言う意味では、プリームスとイリタビリスはそう変わらないのだ。



『放って来てしまったが、スキエンティアやフィエルテは今頃何をしているのか・・・。心配しているのか・・・いや、勝手な行動に怒ってるやもしれんな』

大事な身内に想いを馳せていると、正面の引き戸が突然引き開けられる。



「何じゃ? またあれか、他の集落からはぐれた奴じゃないのか?」

そう言って奥の部屋から姿を現したのは、長い白髪を後ろ手に縛った小柄な老人だ。

イリタビリスと同じく目立たない意図か、薄墨色の武術着を身に着けていた。



その老人はプリームスを見るなり硬直してしまう。

その様子を見たイリタビリスは、

「あぁ・・・・そんな反応になるよね・・・・。あたしもプリームスを始めて見た時、度肝を抜かれたもんね~」

と染み染み言った。


またこの状態からの回復に暫く時間がかかるのも、イリタビリスは身をもって知っている。

なので放置して紹介する事にした。

「え~と、今固まってる白髪のお爺ちゃんは、オリゴロゴスって言うの。私の師匠で親代わりでもあるんだよ」



プリームスもこんな状況は慣れているが、自己紹介する相手を放って話を進めるのも憚られた。

「う~む・・・・困ったな・・・・」


このオリゴロゴスと言う老人は、魔神戦争からの生き残りの筈である。

因って、今に至るこの地下大空洞の状況を、詳しく訊ける良い機会なのだが・・・・。

「仕方ない少し待つか・・・・」


そう言って溜息をつくプリームスであったが、この状況が自身の美しさの所為で有る事に、未だ良く分かっていないのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る