第264話・軽快活発なイリタビリス(2)

折角、都市に向かい森を突っ切ろうとしたプリームスであったが、イリタビリスと名乗る少女に連れ戻されてしまった。


森を出ると人工太陽の光で、互いの姿がはっきりと見て取れる様になる。

イリタビリスは割と背が高く170cm程ありそうだ。

そして胸やお尻はそれ程大きく無いが、引き締まった身体をしており、如何にも武芸を嗜んでいるような雰囲気であった。



何より目を引くのが、その整った顔立ちと気の強そうな眼である。

良く言えば意志の強い者が持つ”眼”であり、悪く言えば頑固で我儘な者の”眼”とも言えるだろう。

またそんな雰囲気とは反して、艶やかで黒く長い髪が非常に女らしさを醸し出していた。



イリタビリスの恰好はと言うと、プリームスが身に着けている武闘着に似てはいるが、機能的な面で随分と違っていた。

プリームスの様に脚や腕は丸出しでは無く、ちゃんと長袖長ズボンで、足元もブーツである。

武闘着自体の色も、景色に溶け込むような淡い緑色だ。




光で下でプリームスの姿を確認したイリタビリスは、驚きの余り固まってしまった。

その絶世の、天上の美とも言えるプリームスを間近で見てしまったからだ。


プリームスとしては、こんな反応は慣れっこなので、

『あ~、またか・・・・』

と溜息をついてしまうだけである。



「イリタビリス・・・・」

プリームスが、呆然自失したイリタビリスへ声を掛けると、

「え、あ、うん・・・・・」

と答えはするが、暫くはプリームスに見惚れたままであった。



そうして辛抱強くプリームスが待つ事2分、漸くイリタビリスは我に返り、

「何でそんなに綺麗なの!!? 妖精かと思っちゃったじゃない!」

などと言い出す始末。

それからマジマジとプリームスの服装を見て、

「それに凄い良い仕立ての武闘着よね・・・・。貴女、貴族か王族?・・・・そんな訳無いか」

と自己完結してしまう。



『何と言うか・・・・騒がしい奴だな・・・・』

「で、何処に私を連れて行くつもりだ?」

会話がちゃんと噛み合うか心配になったプリームスだが、それも試みてみないと分からないし進展も無い。

それに守り人の民の筈なので、この隔離された地下世界がどう言った状況か聞き出す良い機会である。



「あたしが住んでる集落まで来てもらうよ。貴女みたいに見慣れない人間を見つけたら、直ぐに連れてくるように言われてるから」

そう言うとイリタビリスは、またプリームスの手を取り歩き始めたのだ。



プリームスは特に異議を唱える訳でも無く、されるがままだ。

グイグイ引っ張るイリタビリスは、少し振り返り感心した様子で言った。

「そんな歩き難そうな靴で器用に歩くわね・・・。あたし、結構早足で進んでるんだけど・・・。それに道なんか無い悪路なんだよ。プリームス・・・貴女、何か武術を習得してるわよね?」



どう答えたら良いものかプリームスは悩んでしまう。

100年かけて武術を極めたとも言い難い。

真実だが、そう答えた所で信じて貰えない筈なのだ。


それは客観的に見て、自分自身は100年以上も生きている様相に見えないからだ。

プリームス自身がそう思うのだから、赤の他人なら確実だろう。



「え〜と、嗜んでいる程度だ。そう言うイリタビリスも大した身のこなしだと思うがね」

とプリームスは、お茶を濁し話題を変える事にした。


するとイリタビリスは少し照れた様子で、

「え? そ、そうかな・・・・多分、師匠の教えが良いからかな」

などと言い出す。

上手く話題を逸らせそうで、プリームスはほくそ笑む。



「先程も言っていたが、武芸の師が居るのか。君の様子を見るに師は相当な達人のようだ」

このプリームスの言い様はおべっかなどでは無く、正直な感想である。

イリタビリスは早足で道無き悪路を進んでいて、全く体勢をを崩す事なく軽快なのだ。


また無意識なのか意識しているのか分からないが、しっかりとした正中線維持──つまり体幹を真っ直ぐに保ち歩み続けている。

これは只武器を使った武術を学ぶだけでは身に付かない技であり、身体の使い方に重点を置いた無手の技と言えた。



イリタビリスは、まるで自分の事の様に嬉しそうな顔をする。

まぁ弟子の出来の良さを見て、その師匠を褒めるのだから、あながちイリタビリスを褒めていない訳でもない。


そして誇らしそうに言った。

「うん。師匠はね凄い人なんだ! あたしは良く分かってないんだけど、ここが閉じる前から武術を教えてたらしくて100歳を超えてるんだよ」



上手く当たりを引いたと思ってしまうプリームス。

『ここが閉じる前と言う事は、次元断絶の完成前から生きている・・・・つまり魔神戦争を体験している訳か。ならば今日に至るこの地下世界の状況を詳しく訊けそうだな・・・』


また師匠とやらの年齢が100歳を超えているなら、イリタビリスは何歳なのだろうか?

そんな素朴な疑問がプリームスの内に湧き起こる。

『どう見ても10代だし、隔絶された後に生まれた世代なのは確実だろう・・・』


それはこの地下世界で民が暮らし、生き続けて来た事を指す。

地上世界と比べれば劣る筈の生活環境で、100年もの歳月を生き継いだのは、正に奇跡と言えた。




突然イリタビリスが、思考の沼に沈みかけたプリームスへ問いかける。

「プリームスって何歳なの? 喋り方がお爺ちゃんみたいだけど、絶対私より若いよね?」



又もや返答し難い事を尋ねるイリタビリスに、プリームスは顔をしかめそうになる。

「え? う~む・・・・この身体は生まれてから15年だな・・・」

と答えあぐねて、つい素で返答してしまった。


そうするとイリタビリスは「フフフ」と笑う。

「変な言い方~。それじゃぁ、まるで中身は違うみたいな感じじゃん」



特に疑う様子もないイリタビリスに、胸を撫で下ろすプリームス。

『こ奴が少し馬鹿っぽくて助かったぞ・・・・。今この状況下で私の事を説明するのは面倒過ぎるからな』


そんな安心感もつかの間、再びイリタビリスは突然の行動を起こす。

いきなり立ち止まったのだ。

「ぐふっ!?」

突然立ち止まられて、プリームスはイリタビリスの背中に顔を直撃させてしまった。



「あだだ・・・・ど、どうしたんだ?」

鼻を押さえ問いかけるプリームスに、イリタビリスは振り返り、

「ここが、あたし達の集落だよ」と言った。

しかし目の前には断崖絶壁があるだけで、他に何も見当たらない。



「何も無いでは・・・・」

と全て言い切る前にプリームスは何かに気付く。

僅かだがこの周辺に魔力を感じたのだ。


『これは恐らく結界だな。しかもかなり精巧な魔法結界だ・・・・私で無ければ気付かんぞ』

それはプリームスが、イリタビリスの接近に直前まで気付かなかった事と関連しているのであった。


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