第262話・地下空洞の大都市(2)

プリームスが転送された後、直ぐにアグノスとフィートもシュネイに因って転送される。


1対のイヤリングの効果の為か、アグノスとフィートは離れ離れにならずに地下空間へと到着出来たが・・・・空中に投げ出された状態に陥る。



「うわっ!?」


「きゃっ!」


2人の悲鳴にも似た声が辺りに響くが、自由落下は待ってはくれない。



フィートは一瞬だけ真下へ視線を向け、

『あ・・・・私、死んじゃう・・・・』

と他人事のように内心で呟いた。

プリームスと共に迷宮に潜った時点で、最悪の事態も想定していたフィート。

だが”死”と言う物が、これ程に一瞬で訪れ、しかも呆気ないとは想定外でもあった。



その時、フィートと共に転送され落下するアグノスと目が合う。

そしてアグノスはフィートへ笑みを浮かべると、古代魔法語で言った。

浮遊エオリシー


するとフィートの自由落下は徐々に速度を落とし、遂には空中で停止に至る。

一方アグノスは、そのまま真っ直ぐに落下し一瞬でフィートの視界から消え失せてしまう。


『あぁ!! アグノス様!! 私を助けるために・・・・』

フィートの心が助けられた安心感と罪悪感で一杯になる。




「はぁ・・・やれやれ。このイヤリングが無ければフィートはあの世行でしたよ」

と真下から声が聞こえた。

それは紛うことなきアグノスの声であった。



その声の主は、すぅーっと目の前まで上昇して来ると、フィートを抱きかかえた。

そうすると空中での停滞から緩やかな下降に変化する。

フィートは驚きを隠せず、アグノスへ言った。

「2つの魔法を同時に操るなんて・・・普通では無理だと聞いた事があります。流石アグノス様です」



「え? あ、いや・・・そうでも無いわよ。同時と言うか、浮遊エオリシーから直ぐに飛行ペタグマーを発動させただけなのだけどね」

と苦笑いを浮かべてアグノスは答える。


アグノス曰く、飛行ペタグマーを唱えて発動させてから、落下するフィートへ急いで接近し、抱き留める自信が無かったらしい。

故に先にフィートへ浮遊エオリシーをかけて安全を確保し、それから自身の飛行ペタグマーを唱える手順になったのだ。


つまりフィートが驚く様な、2つの魔法を同時に発動させた訳では無かった。

しかしながら自身より他者を優先した事に変わりはない。

「有難うございます・・・アグノス様。私などの為に貴女を危険に晒してしまうなんて・・・。この御恩はいつか必ず!」



表情を一つも変えずに礼を言われては、湧く筈の感慨も湧かないと言うものである。

「ま、まぁ、期待しないでおくわ・・・」

と苦笑いでアグノスは、当たり障りなく相槌を打った。


そして真上に視線を向け溜息をついた。

「それにしても、随分と地下都市の端に来てしまったわね・・・」



アグノスとフィートが転送されたのは、プリームスと丁度真逆の位置であった監視用ゴーレムだ。

しかも次元の切れ目を監視していた物で、剣聖の姿を遠目から確認する事が出来た。



今回救出する最大の目標を目の当たりにし、アグノスは逡巡してしまう。

順序で言えば、守り人一族を救出してからの剣聖である。

しかしここでアグノスが上手く立ち回り、剣聖を連れ出せればプリームスの負担が減るのでは?・・・そんな思いが湧き起こったのだ。



だがフィートがまるで見抜いたように、アグノスを窘(たし)める。

「駄目ですよ。私達はプリームス様に"同行しただけ"なのですから・・・」



暗にプリームスの許可無く独断で動くべきではない・・・そうフィートが言っている事にアグノスは驚く。

「何で私の考えている事が分かったの?!」



呆れた表情でフィートは溜息をつき答えた。

「プリームス様の状況、アグノス様の状況そして性格、目に見える範囲に今回の最重要対象があれば、自ずと分かりますでしょうに・・・」



負かされた子供のような顔をするアグノス。

そして不満そうに文句を言い出す。

「なら、どうすれば良いの? お役に立てないなら同行した意味が無いわ・・・」



身分も立場も上のアグノスに対して、フィートは歯に絹を着せぬ言い様で告げた。

「お役に立つ前に、出過ぎた真似と足を引っ張る事は止めた方が良いかと・・・。それに"役に立てない事"も視野に入れずに同行したのですか? まぁ足を引っ張る様な存在の私が、言えた立場では無いですが」



反論出来ずアグノスは、ぐうの音も出ない。



フィートは再び溜息をつきながら、

「兎に角、今はプリームス様との合流を目指しましょう。それで合流出来れば御指示を仰ぎ、その指示を完遂すれば良いではありませんか?」

そう言った後、アグノスの様子を窺う。



アグノスは何かを思考するように黙ったままだ。



只の従者であるフィートが、王族に対して偉そうに意見など言えるものでは無いのだが、アグノスはそれを咎める事をしない。

本来なら不敬罪でフィートを処断しても、文句を言われる立場で無いと言うのに・・・。


フィートは不思議に思い尋ねた。

「私の言い様にお怒りにならないのですか?」



するとアグノスは首を傾げて答える。

「え? 私が怒る? 何故?」



アグノスの反応に困ってしまうフィート。

「その、今の私の進言は、それこそ出過ぎた真似かと思うのです・・・。伝えるべき内容かとは思いますが、私の言い方は不敬に値するかと・・・」



「あ~、そんな事気にしていたの? 今更ながらフィートらしからぬ言い様よね」

と言ってアグノスは少し考える素振りを見せた。


そしてこう告げたのだ。

「う~ん・・・私は他の王族と少し違うところが有るかもしれないわね。お母様があんな感じだし、それに私は魔術師学園で色んな人間と接して来たから、箱入り娘って訳でも無いのよ。それに今のフィートはプリームス様の従者でしょ。おいそれと処断なんて出来る訳無いでしょう・・・・」


更に苦笑いして続ける。

「あと私が怒らなかったのは、貴女の意見が正しいと思ったからよ。多分プリームス様は、貴女のそんな飾らない性格が気に入ったのかもね」



確かにアグノスは王族らしからぬ所もあるが、ちゃんと状況を弁えて振舞っている。

また以前のアグノスはもう少し王族らしかったが、今は柔らかく、それがプリームスの影響を少なからず受けていると感じるフィート。

『皆、本当にプリームス様に因って変えられてしまいます・・・・。それが良い事なのかは私には判断出来ませんが、きっとそれを良く思わない者も出てくるでしょうね・・・・』



そうこうしていると2人は地面へ到着してしまっていた。

アグノスは優しくフィートを地面に立たせると、

「さぁ、貴女の言う通りにプリームス様との合流を目指しましょう」

そう言って何の目算も無く歩を進めだす。


アグノスの為人に感心しかけたフィートだが、プリームスの大雑把な所も影響を受け似てしまったのかと少し落胆するのであった。


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