第261話・地下空洞の大都市(1)

シュネイは水瓶の中にちょこんと佇むプリームスへ魔法を唱えた。

「其の時まで、目と手に触れる事能わず・・・消去アパガル


その直後プリームスの姿が忽然と消失し、水瓶の水面がほんの少し波打つだけであった。


シュネイは、まるで何も無かった様な水面を見つめたまま動かない。

『プリームス様・・・・必ず無事にご帰還下さい・・・・』

そして表情は暗く悲壮感に満ちていた。

それは自身の業を他人に押し付け、死地と言っても過言ではない場所へ送ってしまった罪悪感からか・・・。







一瞬視界が暗転し、直ぐに戻ったかと思うと、自身が虚空にある事に気付くプリームス。

虚空とは何も無い空間──つまり足場の無い場所であった。

「うおっ! まさかこんな場所に転送されるとは!」

予想はしていたが、まさか本当に”空中”へ送られるとは思っていなかったのだ。



保安監視用ゴーレムは魔神戦争以前に、かなりの数が存在していた。

しかし魔神の侵攻が激化し、地下都市内にある移動型の監視用ゴーレムは殆ど破壊されてしまっていたのだ。

つまり破壊されにくい位置にある固定型ゴーレムが残った訳だ。


それは地下都市を構成する巨大な地下空間の天井部分や、どん突きの崖の高所などに現存する。

となれば自然と足場が無い。

因ってプリームスは監視用ゴーレムに転送された瞬間、空中に投げ出された状態に陥ったのであった。



飛行ウォラートゥス

直ぐ様プリームスは飛行魔法を発動し、自身の自然落下を防いだ。

浮遊プレーオの魔法を使わなかったのは、徐々にだが自然落下をし、横への移動が基本的に不可能だからだ。

更にその意図は、監視用のゴーレムを自身の目で確認する事である。



飛行魔法で上昇し、天井に固定設置された監視用ゴーレムらしき物へ近づく。

それは直径30cm程の半球形状の物で、天井の岩に張り付いていた。

『材質は魔法銀か? いやオリハルコンか? どちらにしろ何百年もの間を稼働しているんだから大したものだ』


そして、ふとテユーミアがシュネイから受けた役目を思い出す。

『地下都市に残された貴重な魔道具を回収する事だったか・・・・ならば少し手伝ってやるか』

そう考えたプリームスは、監視用ゴーレムをジッと見つめた。

どこをどう回収すれば良いか見定める為だ。


この監視用ゴーレムは、中央に5cm程の透明な魔石が嵌め込まれている。

また中央の魔石が動くようで、それを中心に左右上下へ溝が走っていた。

手で魔石に触れ中央から上下左右に動くか試してみると、少し負荷的な重みは有ったが魔石が動く。


『しかしこれでは視界の操作が足らぬ筈だ・・・・となれば』

プリームスは監視用ゴーレムの外枠を掴み、少し強引に回転するか試みる。

すると少し重さはあったが予想通り、ゆっくりと回転した。



『成程、この中央の魔石が水瓶へ情報を送信する”目”に当たる訳だな。そして監視用ゴーレム自体が天井に張り付いたまま視界を操作出来るのは、ゴーレム自体が回転し、十字に魔石が動く為か』

そう結論付けたプリームスは、未知の技術に少し興奮してしまう。


だが興奮と同時に残念さも沸き上がった。

何故なら、この監視用ゴーレムを回収するには、恐らく壊さないと持ち帰れないからだ。

出来れば壊さずに現物を持ち帰りたいが、これに時間をかけているのも憚られた。


自身の状況を鑑みるとテユーミアは良いとして、アグノスとフィートが心配だからだ。

『地下都市の状況を把握しつつ、直ぐに合流を目指した方がよさそうだな』



プリームスは人差し指をゴーレムと岩との境目へ向けると、古代マギア語を呟いた。

熱線ゼストシールマ



すると指から放たれた熱線が岩を熔解し始める。

本来、熱線ゼストシールマは非常に高い攻撃性能を有し、貫通から着弾そして爆発を引き起こす。

だがそれではゴーレムを破壊してしまうので、プリームスは魔法発現ギリギリまで魔力を絞った熱線ゼストシールマで、岩に張り付いたゴーレムを分離しようと考えたのだ。


少しでも魔力硬度を高めてしまうと爆発を引き起こしかねず、かと言って弱過ぎると岩を熔解出来ない。

何とも匙加減が難しく、プリームスが嫌う作業でもあった。


こう言った繊細な魔力操作や作業は苦手では無く、どちらかと言えば得意である。

しかしプリームスの性格や気質は大雑把で面倒臭がり屋な為に、正直なところ苦手では無く”嫌い”なのだ。



「はぁ・・・面倒臭い・・・」

と独り言を言いつつ順調に作業が進み、ゴーレムは岩から分離された。

分離されたゴーレムは支えが無くなるので、勿論下へ自由落下する訳である。


「おっとっ・・・」

プリームスは慌てず即座に収納魔道具である指輪をかざして、ゴーレムを収納し回収を果たす。



「これは私がじっくり解析した後に、シュネイへ渡すとしようか」

そうほくそ笑みプリームスは、眼下に広がる景色を一望した。



プリームスが転送された場所は、どうやら地下大空洞の一番端付近のようで、背後には断崖絶壁がそそり立っていた。

そして前方を見ると、太陽程では無いが強く輝きを放つ大きな物体が空中に浮かんでいた。


それは距離にしてプリームスから5km程度に離れており、丁度この地下大空洞の中央に位置している様に見える。

『地下で生活する為に必要な光源は、あれか・・・・』

そう内心で呟きプリームスは感心した。


只の人間が太陽を模した光源を作り出したのだ。

それは驚くべき技術としか言いようがない。



「凄いな・・・しかし24時間光を放ち続けるのは無理があるだろうし・・・」

となると、光らない時間もあると考えられる。

つまり自立型の魔道具なら、大気に漂う魔力を吸収し稼働している筈なのだ。



「そうなると夜を作り出し、その間に魔力を周囲から吸収し蓄えるのかもしれんな」



色々と興味が尽きないが、探索や調査に来た訳では無い。

眼下に広がる巨大な地下空洞で暮らす、守り人一族を救出しなければならないのだから。



プリームスは収納魔道具から、シュネイより手渡された地下都市の地図を取り出す。

そして自身の位置を確認すると、緩やかに地上へ降下するのであった。

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