第255話・王位譲渡への伏線(1)
シュネイは次元断絶を越える前に、話したい事があると申し出てきた。
しかも”御足労願えますか?”と言ったのだ。
話をするのに場所を変える必要は無い筈である。
『これは増々嫌な予感がするな・・・』
プリームスが増々と付け加えたのは、シュネイが部屋に来た時に、まるで何かの儀式をするような厳かな様相だったからだ。
嫌な予感はするが、嫌と言える理由も無くプリームスは承諾してしまう。
そして案内されたのは場所は、40m四方は有りそうな大きな広間だった。
更にそこには所狭しと集められた黒装束の人間が整列しており、パッと見た様子では300人は居そうである。
思わず「ひぃっ!?」と声が出そうになるプリームス。
そんな主の気持ちなど露知らず、シュネイはプリームスの背にソッと触れ広間の中を進む様に促した。
仕方なくプリームスが整列する黒装束の中を割って進もうとすると、一瞬にして人の壁が開き目の前に真っ直ぐな道が伸びた。
黒装束達がプリームスの為に道を開けたのだ──背中を向けているにも拘わらず・・・。
再びプリームスは、その余りにも異様な光景に悲鳴が出そうになるが、何とか堪えてシュネイと共に前へ歩き出す。
その後ろをテユーミアとアグネスが平気な顔で付いて行くのだが、プリームスとの対比でハッキリ言って主従が逆の様な状態に見えてしまう。
そうして広間の突き当りに到着すると40cm程の段上が有り、その傍で静かにフィートが佇んでいた。
フィートはプリームスを見るなり一礼するが珍しく無表情では無く、その瞳に僅かだが、他人を気の毒そうに見る感情を湛えていた。
テユーミアは優しくプリームスを抱えると、その段上の上に立たせて小さく囁く。
「これはもう逃げ出せそうにありませんね・・・」
その後何も無かったように、プリームスの少し後ろへ控える様に立った。
アグノスもテユーミアに続き、プリームスの後ろへ控える擦れ違いざまに言った。
「申し訳ありません、シュネイ様の説得に失敗しました・・・・」
何の説得に失敗したかは、この状況を見れば分かる事である。
シュネイはプリームスへ王位を譲るつもりで、それを阻止しようとアグノスが掛け合ってくれたのだろう。
王などと言う煩わしい立場など、御免被りたいプリームス。
それを察してアグノスが動いてくれたのは良いが、結果が伴わなければ意味が無い。
『はぁ・・・・アグノスは口が下手だからな。こればかりは期待してはいかんか』
そう諦めながらシュネイの様子を窺う。
するとシュネイはプリームスの傍に来ると、
「こちらの天上の美を有する御方こそ、これから我々を導いて下さる新たな王──プリームス様で在られます。皆、プリームス様のご尊顔を
などと眼前の黒装束の面々へ言い放ったのだった。
そして地上でボレアースの聖女として名を馳せている事、魔導院とリヒトゲーニウス王国の懸け橋になり、魔術師ギルドを設立した事などなど、プリームスの武勇伝をシュネイは語り出した。
プリームスとしては恥ずかしくて耳を塞ぎたい状況だ。
こうして熱い視線が一斉に集まるのプリームスは感じた。
この統率の取れた様子や、黒装束に統一された様相、顔を覆い隠す黒い面、鋭い視線・・・・どう考えても暗部の者達であり、その不気味さがプリームスの背筋に冷たい物を滴らせる。
この程度の視線や威圧感は、以前のプリームスで在れば何の問題も無かった。
しかし一月もノラリクラリと生活していた為か、はたまたこの身体から影響を受けているのか、精神的に弱くなった様な気がプリームスはしていた。
続いてプリームスの伴侶であるアグノスが、黒装束達に紹介される。
またエスティーギアの娘である事も説明した為か、熱い視線がアグノスに集中した。
王家の血が脈々と引き継がれている事で、未来への希望をアグノスへ見出したのかもしれない。
更にプリームスの従者として皆に紹介されるフィート。
アグノスは堂々としていたが、フィートはプリームスと同じく注目されて少々怯んでいる様子だ。
そんなフィートを見てプリームスは苦笑いするが、同士が居て嬉しくもあった。
凄かろうが悪かろうが、自身と同じ水準の者が近くにいると人は安心するのである。
一通りの紹介が終わり、シュネイは現実的な話をし始めた。
「プリームス様は、これより次元断絶の向こうに取り残された民を救いに向かわれます。その為、プリームス様への王位の譲渡、そして戴冠の儀は後日行うものとします」
そしてプリームスを見やり、
「宜しいですね? プリームス様」
と了承を再確認するように尋ねてきた。
宜しいも何もプリームスからすれば、首を横に触れない状況なのである。
もしここで否定したり異議を唱えたりすると、プリームスの器の小ささを示し、更にはシュネイの顔に泥を塗る事になるのだ。
「う、うむ・・・・」
仕方なしにプリームスは頷く。
プリームスの了承を完全な物にしたシュネイは、追い打ちをするように言った。
「プリームス様、皆に御言葉をお願い出来ますでしょうか?」
『ふぁ!?』と素っ頓狂な声を出しそうになるプリームス。
『危ない危ない・・・うっかり取り乱す所だった。だが、こうなるのは当然か・・・』
お披露目がされれば、勿論挨拶も有る訳だ。
それを成り行きに任せてしまった為に、プリームスは失念していたのだった。
『しかし御言葉と言われてもなぁ・・・・』
普通ならばこう言った場に備えて、演説する内容を用意しておく。
詰まり突然連れて来られて、お披露目からの演説など出来る訳が無いのだ。
『ひょっとしてシュネイは、私の王としての資質を試しているのか?』
そう勘繰ったプリームスは、シュネイの考えを逆手に取った妙案を思い付く。
『ならば王らしからぬ言動をし、私には王の資質無しと知らしめれば良いのだ!』
極論ではあるが単純明快で、大雑把なプリームスらしい方法と言えた。
意を決したプリームスは、静かに少しだけ気落ちしたように語り始める。
「私は運良く、他者を救う様な功績を幾つかあげる事が出来た。だが1000年もの歴史がある守り人一族の王に、その程度ではとても相応しいとは言えない。そもそも私はこの世界の住人では無い。”魔王”として失敗し、命かながら此の世界へ落ち延びてきたのだ・・・・」
そしてプリームスは自身の胸に手をかざし続けた。
「見よ、この脆弱な肉体を! 訳有って今は、魔王の頃より随分と弱々しい身体になってしまった・・・・。落ち延びて来た以前よりも弱い肉体で、守り人の民を導ける筈が無いのだ」
そこから駄目押しとばかりに、眼前の黒装束達へ懇願するように語るプリームス。
「私は欠点ばかりなのだ。大雑把だし、面倒臭がりで、その癖お節介で・・・・自分で言っていて恥ずかしくなる程に・・・・。だから私の様な者に従い、導かれる事の危うさを認識して欲しい・・・。そして私を王と認める事を考え直して欲しい・・・・」
要所要所で語調を強め、基本的には弱々しく演説?してみたプリームス。
もはや自身の器の大きさや、シュネイの顔に泥は何処へやら・・・。
『よし、多分完璧に演出できた筈』
そう内心で自身の思惑が完遂されたと、プリームスはほくそ笑む。
が・・・・事態はプリームスの予想を上回るのだった。
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