第239話・意外なアグノスと、まさかの提案
迷宮の最後の試練を突破したプリームスは、テユーミアに抱えられ開かれた隠し階段を進む。
その階段は床に突如現れた穴の先にあり、底までが4mと地味に危険な深さであった。
プリームスを抱えたテユーミアは、その身体能力と技術で音を立てずに容易く底へ着地する。
しかしアグノスはと言うと、テユーミアと同じ様にフィートを抱えて穴に身を躍らせたのだが・・・・ドスンと音を立てて、しかも少し揺れを伴って底へ着地した。
それを目の当たりにしていたプリームスは心配になり、つい尋ねてしまう。
「アグノス・・・・それにフィート、大丈夫なのか?」
4mもの高さから女子一人を抱えて人間が飛び降りるなど、普通なら大怪我をして当然なのだ。
少しキョトンとした表情のアグノス。
そして地面にフィートを下ろした後、笑顔で言った。
「え? あ~、10m程度まででしたら特に魔法無しでも私は大丈夫なのです。勿論フィートにも落下の衝撃は影響しません」
流石のプリームスでも、これには驚いてしまう。
アグノス曰く、幼少より何故か外部からの衝撃に強く、多少の無茶をしても打撲や骨折と言った怪我をした事がなかったらしい。
『王族の姫で在りながら骨折する程の無茶をするのもどうかと思われるが・・・・』
そう思いつつもアグノスの新たな可能性にプリームスは思いを馳せる。
プリームスの推測が正しければ、身内の力関係がひっくり返る事も考えられた。
『身内の中でも1,2を争う武闘派なるやもしれんな』
しかしながら”戦闘力が高い”事が序列の順位を決める訳ではないし、プリームスも序列そのものを設けたくはない。
だが現実はそうも行かず、”戦闘力が高い”事はこの残酷な世界を生き抜くためには優位性があると言えた。
詰まりプリームスの役に立ちたい、貢献したいと考えるならば自然とこの”戦闘力”を基準とした序列が出来上がってしまうのだ。
「はぁ~・・・・誰も私に興味を持たない様な地で隠遁したい・・・・」
外部から干渉する様な第三者が居なければ、序列などと言う物など出来上がらない──そうプリームスらしからぬ安易な考えが口を衝く。
何時もなら幾つも要因を考えるのだが、今のプリームスは疲れで多少短絡的かつ感傷的になっていたのかもしれない。
そんなプリームスの言葉に敏感に反応するテユーミアは、ソッとプリームスの耳に囁く。
「プリームス様・・・・ならば私達だけの国でもお創りになれば宜しいのでは? そうすれば私共が煩わしい事から全て守って差し上げますよ」
まさかそんな事を言われるとは予想もしなかった為、プリームスは慌ててアグノスの様子を確認する。
プリームスに見つめられて首を傾げるアグノス。
テユーミアが小声で囁いたのが幸いして、聞かれてはいなかったようであった。
叱責する様に小声でプリームスはテユーミアへ告げる。
「そのような事を軽はずみに口に出すな・・・・万が一現実味を帯びれば私がまた苦労する事になるだろうに!」
国をつくる事、そしてその長になる大変さを嫌と言う程味わって来た。
そして命かながらそう言った柵から解放され、今に至るのだ。
折角安穏としつつある”今”を手放そうとする提案は、プリームスからすれば拒否し叱責して当然だと言えた。
怒られたにも拘わらず、テユーミアは嬉しそうな表情を浮かべる。
『ほんとに・・・お怒りになっても可愛らしくていらっしゃるのだから』
正直なところ、日常生活においてプリームスが何をしようが威圧感は無く、可愛らしく他人の目に映ってしまうのだ。
もしプリームスの恐ろしさを目の当たりにする時が有るとすれば、それは並外れた英知と洞察力を示した場合だろう。
付け加えるなら、その”人外”と言える戦闘能力を振るった時だ。
テユーミアは少し機嫌悪そうにしている可愛らしいプリームスへ、
「申し訳ありません・・・・ですがお気が変わられたのでしたら、お手を煩わせずに私共が国を御用致しましょう」
と全く悪びれた風も無く告げる。
本当に実行しそうで怖くなったプリームスは、今度は押さずに引いて対応した。
「頼むから余計な真似はせんでくれよ・・・・自業自得は仕方ないが、無用な苦労は背負いたくないゆえな・・・・」
何とも自分勝手な言い様ではあるが、プリームスのお節介と興味本位の行いで周囲の状況が改善しているのも事実であった。
またこれから王に会い託されるであろう願いは、プリームスの興味を満たすに十分だろう。
しかしそれに釣り合いが取れるとは、とても思えない苦労をプリームスへ課すのは間違いなかった。
申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになるテユーミアは、それを表情に出さずに頷き言う。
「お心のままに・・・・私はプリームス様に従うのみですから」
そうしていると階段は終わりを迎え、目の前に飾り気のない鉄の扉が姿を現す。
その扉の前には1人、黒装束の人物が立っており恭しく首を垂れて告げた。
「お待ちしておりました。我らが王がお会いになりますので、中へお入りください」
黒装束の人物は扉をソッと開けると、自分は入らずプリームスを抱えたテユーミアを中へ誘う。
段取りは元より決まっていたのだろう、特に違和感も無くテユーミアは頷くと鉄の扉を抜けた。
その後に続くアグノスとフィートも、黒装束の人物に阻まれる事無く扉の先へ進む。
この2人もプリームスの関係者として同等に扱われるようであった。
鉄の扉を抜けると、10m程の石造りの通路が続き広い空間へと到達する。
広いと言っても10m四方、天井は3m程度の部屋で、来た通路以外の面に扉が1つずつ目に取れるだけで飾り気も無い。
正面の扉が左右に比べてより強固に見えた為、プリームスはそこに王が居るのかな?と推測する。
テユーミアはプリームスを抱えたまま、迷わず正面の扉へ歩みを進めた。
『いよいよ王にご対面か・・・・高みの見物をしていた王には、それなりの落とし前をつけて貰う事にしよう』
そうプリームスが内心で思いほくそ笑んでいると、扉は誰の力も借りずに開かれるのであった。
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