第240話・守り人一族の王と、祖母と孫

プリームスはテユーミアに抱えられ開かれた強固な扉を潜った。

そして目の前に広がった空間は、こじんまりとしていて王が居るような場所とは到底思えない地味な印象を受ける。

広さで言えば10m四方の部屋で、最低限必要な調度品が置かれているだけなのだ。



正面の奥には王が使うであろう長さ2m程度の執務机と、申し訳程度に背もたれが付いた執務椅子が見える。

また部屋の中央には膝の高さ程度のテーブルと、それを挟む様に3人掛けのソファーが2対設置されていた。


どれも非常に機能重視で然したる装飾も無い。

まるで倹約が座右の銘と言わんばかりの部屋の様子に、呆れるより逆にプリームスは感心してしまった。

物事に対して徹底する事の難しさを知っているからだ。



「よく来られました。これでも謁見用の応接室なのです・・・・地味で申し訳ありません」

と左側から品の良い女性の声がした。



プリームスがその声の主に視線を向けると、そこには濃い藍色の長い髪を揺らす女性が立っていた。

衣服も華美さは全く感じられず、黒を基調とした品の良いローブを身に纏っているだけだ。

それにその顔立ちは非常に若く、邪推しなければ20代半ばに見え、とても王の様相には感じられない。

更にテユーミアと良く似ているのだ、雰囲気も顔も・・・・。



『そう言えばテユーミアが守り人一族の王を”母”と呼ぶ事が有ったな。つまり親子と言う訳か・・・・』

そう考えつつプリームスは小さく首を横に振り告げる。

「いや、気にしないでくれ。それよりも私の方こそ申し訳ない・・・・このような状態で」



”王”に会うのに従者に抱えられたままとは、通常では考えられない礼儀知らずである。

だが特に気にした様子も見せず守り人一族の王は言った。

「お気になさらず、さぁそのままソファーへ」



テユーミアは王に促され、プリームスを横に抱えたままソファーに腰を下ろした。

フィートとアグノスはまるで従者の様にその背後に立つ。

すると王も対面のソファーに腰を下ろし、

「私がこの地下迷宮、いえ守り人の一族を統べる王キディー・モーナスです・・・・ですがこれは表向きの王名ですので、シュネイと呼んで頂ければ幸いです」

と物腰柔らかで、しかも腰低く王らしからぬ態度で名乗った。



「プリームスだ・・・もう私の情報はテユーミア辺りからコッソリ伝わっているのだろう?」

そう疲れた表情ではあるが、少し皮肉めいた笑みを浮かべてプリームスは言う。



シュネイは小さく笑うと頷いた。

「フフフ、聞き及んでいた通り、初対面の相手にも物怖じしないのは流石ですね」


この状況を傍で見ていたアグノスは、まるで王の立場が逆の様だと感じてしまう。

実際、横柄おうへいでは無いが特に畏まる様子を見せないプリームスと、対照的に腰が低いシュネイなのだ。

それだけシュネイがプリームスの”力”を認めていると言う事なのだろう。

もしくは、プリームスの危険性にそうせざるを得ないのか?


どちらにしろプリームスの伴侶であるアグノスとしては、鼻が高くなる気分であった。



「では・・・」とシュネイが本題に入ろうとした時、プリームスはそれを遮る。

「す、すまぬ・・・・実はもう気絶しそうでな。少し休ませてくれぬか? その後にじっくりと話を聞こう」

そう言ってプリームスは返事を待たずに瞳を閉じてしまった。



呆気に取られてしまうアグノス。

幾ら疲弊しているとは言え、ここまで来て眠ってしまうなどプリームスにしか出来ない事である。

『凄い胆力と言うか・・・プリームス様らしいと言うか・・・』


そして申し訳なくシュネイの様子を窺うと、その表情は慈愛に満ち溢れた様な柔らかい笑みを浮かべていた。



「あれ程の”力”を使ったのです。代償が無いとはとても言えないでしょう・・・・」

そう言ってシュネイはプリームスを切なそうに見つめた後、アグノスを見やった。

「貴女達は大丈夫かしら? 疲れてはいない?」



プリームスの非礼までアッサリ許した上に、まさか自分達が心配されると思っても居なかったアグノス。

少し慌てつつも返事をする事が出来た。

「え、あ、はい・・・大丈夫です。ミメーシスとの一戦では、傍観していただけですから」



そうするとシュネイは徐に立ち上がり、アグノスの傍までやって来る。

何事か?!と驚くアグノスを余所にシュネイは更に迫ると、そのまま抱きしめてしまった。

「え?! え?!」

と混乱の声を小さく漏らすが、シュネイのその柔らかい感触と温かさが次第にアグノスの心を溶かす。



アグノスが落ち着いた頃を見計らって、シュネイはゆっくりと優しく言った。

「まさか私が生きている内に、こんな可愛らしい孫の顔が見れるとは思わなかったわ・・・」



今まで”守り人一族の王”と言う印象が先行し過ぎて、そんな事を考えもしなかったアグノスは、その言葉に硬直する。

確かにテユーミアは王の事を”母”と言った事があったが、これは飽くまで一族の長として比喩的表現だとアグノスは勘違いしていたのだ。



アグノスはシュネイの腕の中で恐る恐る問いかける。

「本当に私の御祖母様おばあさまなのですか?」



腕の中からアグノスを解放すると、シュネイはニッコリと微笑みを浮かべた。

「そうよ。貴女はエスティーギアによく似ていて、子供の頃にそっくりね」

それを聞いたアグノスは嬉しくなり、今度は自分からシュネイに抱き着くのであった。



しかし傍で見ていたフィートは場違いな感じがして居た堪れない様子である。

どうしようかとモジモジしているフィートに気付き、シュネイが声を掛けた。

「あら、こちらの貴女は文官の恰好のようだけれども・・・・中々綺麗な顔立ちをしているわね、プリームス様のご趣味かしら?」



シュネイの冗談混じりの言い様に、どう答えれば良いのか困惑するフィート。

相手はアグノスの祖母、詰まりエスティーギア王妃の母親であり、王国での地位で表現するなら王太后となるのだ。

『あうぅ・・・でも”守り人一族の王”だから、やっぱり王様なのかな?!』

と今更どうでもいい事でフィートは混乱に拍車をかける。



見兼ねたテユーミアが振り返り、シュネイに言った。

「もうそれ位にしてあげて下さい、お母様・・・。フィートが怯えてしまっているでしょう。彼女はプリームス様の従者を務めていますから、無用なちょっかいは後でプリームスさまの不興を買いますよ」



するとシュネイはワザとらしく慌てたようにフィートから離れ、悪戯な笑みを浮かべた。

何と言うかシュネイはお茶目であり、この中で一番精神年齢が低く見えてしまいアグノスは苦笑する。



そしてこうも思うのだ。

プリームスが目覚めるまで時間は十分にある。

なら初めて出会った敬愛すべき祖母と語らうべきではないかと・・・。


今まで会えなかった時間を埋める様に、そして人類を守る為、臥薪嘗胆を惜しまなかった王へ敬畏を示す為に。


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