第237話・紅蓮の大剣と精霊化

燃え盛る炎の神獣の様に・・・・否、それは絶世の美を有した天上の天使と言えたかもしれない。

そして確かに言える事は、それは人知を超えた美しさと強大過ぎる魔力を顕現化した、”只の人間”だと言う事だ。



淡く輝く水面を見つめ、一人の女が目を見開き呟く。

「人で在りながら、こんな事が可能だと言うの・・・?」


しかし周囲には誰も居ず、何者も返事をしてはくれない。

それは自身の中にある常識への再確認だったのか?、それとも只単に湧き起こった驚愕の言葉だったのか・・・・。


程なくして女は目を細め訝しむような表情を水面へ向けた。

「確かめさせてもらおう・・・その人外の英知と力を!」






溢れ出す魔力が顕現化し自身の周りを漂う・・・・まるで火の粉が舞い踊る様に見え、炎の精霊王か、紅蓮の神獣が舞い降りたかに思えた。

それは余りにも美し過ぎて儚く、人外であり壮絶。


弱さと絶対の強さが同居した矛盾の存在プリームスは、不敵な表情を浮かべて言った。

「上手く手加減が出来ないかもしれん・・・・壊してしまったら許せよ」

そして右手に握られた両刃の大剣を徐に掲げる。




それに呼応するかのように、20m程の離れた距離で相対していたミメーシスの右手が瞬動した。

神速で振り下ろされた黒い剣は、視覚化した斬撃が衝撃波を伴い音速でプリームスへと迫る。

音速化した斬撃は20mの距離など一瞬で渡り切る筈だ。



だが届かない。

プリームスが炎を纏う両刃の大剣で空間を薙いだ瞬間、衝撃波を纏う斬撃を容易くかき消してしまったのだ。



先程は、危険を察知して即座に屈折する空間エスパースプリエを発動させたプリームス。

実際にミメーシスの放った斬撃の威力は、建物の壁を簡単に瓦礫へと変える威力が有ったのだ。

しかしこの紅蓮の様相を見せたプリームスはそんな物など必要とせず、ただ降りかかる火の粉を振り払うかの様に相殺する。



余りにも現実離れした状況にテユーミアは驚きを隠しきれなかった。

上層のイースヒース、そして中層のエテルノと、プリームスはその規格外の能力で突破して来たが、辛うじて”人の域”に留まっていたからだ。


されど今のプリームスは最早、人の域に在らず。

その様相も力も”人外”と表現するにふさわしく思えた。

そして同時にテユーミアは確信する。

『この方なら王の願いをきっと叶えてくれる!』


テユーミアのそれは忠誠を通り越し、羨望と希望を有したプリームスに対する”信仰”に近かったかもしれない。




「今の技・・・・空裂と私は呼んでいるが、この世界でもこれを使える者が居たとはな・・・・」

感慨深くプリームスは呟くと、

「ならば防ぐ術も知っていよう?」

紅蓮の大剣を振り上げて、そう続けた。



咄嗟に身構えるミメーシス。

刹那、神速で振り下ろされた紅蓮の大剣は残像を残し、その切っ先から燃え盛る斬撃が迸った。



それは相殺する間も無くミメーシスに直撃する。

そうして凄まじい爆炎を巻き上げて、ミメーシスが居た場所を中心に衝撃波が周囲に伝播した。

想像を絶するほどの威力の斬撃が床をえぐり、その熱量は床も巻き上げた瓦礫も熔解させてしまった。


もしミメーシスの対応が間に合い”空裂”で迎え撃つことが出来たとしても、プリームスの炎の斬撃は相殺出来なかっただろう。

それ程の破壊力であり、もはや極大破壊魔法に匹敵する規模と言えた。




その状況を目の当たりにして、アグノスは自失したように呟いた。

「い、今のは本当に物理的な攻撃? あんなの魔法でも不可能・・・・」



辛うじて冷静さを保っていたテユーミアは頷き、そしてアグノスへ告げる。

「ミメーシスとプリームス様が放った技は同じ物でしょう・・・。私はあれを王から”烈風”と言う名称と聞かされました。でも、威力と言い質と言いプリームス様の烈風はミメーシスを遥かに超えています・・・・」



プリームスの放った空裂、もとい烈風が巻き上げた爆炎と瓦礫が落ち着き、ミメーシスが姿を現す。

その様相は悲惨な物であった。


左半身をほぼ失い、かろうじて存在する左足と健在な右足で何とか立っている状況だ。

そして消失した左胸の断面に、まるで血液を固めた様な真紅の球体が露出していた。

それは直径10cm程度の球体で、内部では何かが流動し脈動するように動いて見える。



プリームスは追撃せずに目を細めミメーシスを見据えた。

「そのゴーレムの核は、やはり神の遺産か・・・・」

そう呟いた後、プリームスは大剣の切っ先をミメーシスに向けて言い反つ。

「このまま続けるか? しかしその有様では”壊れて”しまう事になるぞ。大事な”神の遺産”を失っても良いと言うなら私は構わんが?」



するとミメーシスは解け落ちる様に姿を液体に変え、床に零れ落ち、浸み込み消え失せる。

更に残された真紅の球体も液体化すると、後を追うように床の隙間に消え失せてしまった。



「はぁ~・・・やれやれだな・・・・」

プリームスは大きく溜息をつくと、紅蓮の炎を纏う大剣を床に突き刺した。

それから自身の様相を眺め、

「う~む・・・折角”精霊化”したのにな・・・・これでは勿体ないだけだのぅ・・・・」

そう独り言を呟き渋い顔をした。



テユーミアとアグノス、更にその背後に隠れるフィートは、プリームスの”人外”の様相に恐ろしくて近付く事も出来ない。

正確に言えば恐ろしのでは無く、余りの高熱で近寄る事が出来ないのであった。


プリームスの身体表面は燃え盛る炎の様な淡い光を発し、周囲には大量の火の粉が舞っているのだ。

これらは目に見える通りの熱量を有し、魔力が顕現化した為に起こった現象なのだ。



テユーミア達の様子に気付いたプリームスは、申し訳なさそうに言った。

「あぁ・・・すまんすまん、直ぐに元に戻すゆえ離れて待っていなさい」



そうして床に突き刺した紅蓮の大剣へ、まるで人と話す様に告げるプリームス。

「この魔力は勿体ないしな、お前に預けておこう」

そのまま徐に大剣の腹に右手を添える。



すると見る見るプリームスの様相が元に戻っていくのだ。

炎のような燃え盛る紅蓮の髪の毛は、毛先から徐々に白に近い銀へと変化する。

更に周囲に舞い散る大量の火の粉と、体表面から溢れ出す炎の光はジワジワと消失して行き、やがては消え失せたのであった。



そして役目を終えたとばかりに紅蓮の大剣は、現れた時の様に一瞬で姿を消し去ってしまった。



「ぐっ!」

と突然右胸を押さえて膝を着くプリームス。



先程の状況など、もう忘れたとばかりに慌ててテユーミアはプリームスに駆け寄る。

「プリームス様!!」


呆然としていたアグノスも我に返り、フィートと共にテユーミアの後に続く。



背中から倒れかける直前に何とか間に合い、テユーミアはプリームスを抱き留める事が出来た。

「プリームス様・・・・無茶をなさいましたね・・・・」


テユーミアは気付いていた。

プリームスがその強大な魔力を行使すればする程、身体に負担がかかる事を。

そしてそれはこの世界に来る直前に受けた”傷”が呪いとなり、肉体を変えても尚、蝕んでいた事を看破していたのだ。



自分がここへ誘ったせいで傷付くプリームスを優しく抱きしめ、まるで神に許しを請うようにテユーミアは呟く。

「申し訳ありません・・・・私の所為でこんな・・・・お許しください・・・・」


そんなテユーミアにプリームスが笑顔を向けた時、目前で異変が生じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る