第236話・紅蓮の天使
プリームスの神速による斬撃で左腕を失ったミメーシス。
状況は明らかにプリームスが優勢に見えた。
失った左腕の断面をミメーシスが見つめる。
それはまるでコップに満たした水が、水面張力で状態を保っている様な断面であった。
今にも零れ落ちそうで、傍から見ていると不安になる程である。
しかし次の瞬間、その断面から黒い水が湧き出し、あっという間に失った筈の左腕を再生してしまった。
「おお!?」
とプリームスは驚きの声を上げる。
『土や金属と違って”形状”と言う意味では液体は自由度が高い。ゆえに再構築可能とは予測していたが・・・こんなに速いとはな』
そう内心で呟き、プリームスは自身の右肩へ視線を向けた。
脱臼し元に戻しはしたが、痛むのだ。
『これは不味いな・・・・』
既に考え及んでいた不安要素が、プリームスの中で現実味を帯びる。
ミメーシスが通常のゴーレム同様に欠損した部分を自己再生出来ないなら、プリームスの優勢は揺るがなかったであろう。
しかし被害を無かった事に出来る相手を前にすれば、如何にプリームスであっても不利と言わざるを得ない。
その上ゴーレムは魔力のみを動力としており、それの供給が内部なのか外部からなのかは関係なく疲れ知らず。
一方プリームスは、傷を負えば直ぐには回復せず、長引けば体力を消耗し疲れてしまう。
どう考えても分が悪い戦いと言えた。
ただこの最後の試練がどう言った事で帰着するのかが問題である。
このミメーシスをただ圧倒すれば良いのか?
或いは”消滅させる程”に圧倒せねばならないのか?
プリームスとしては自身の身体に問題が無ければ、飽きるまでミメーシスと剣を交えて楽しみたい所であった。
『だが、これはまったり遊んでいる場合ではないようだな・・・・』
そう思いプリームスが有る事を決断した時、ミメーシスが動き出す。
剣を頭上に掲げたと思った瞬間、その腕は残像を映し出し消え失せたのだ。
危険を察知したプリームスは、無詠唱で即座に防御魔法を発動展開させる。
「
その直後、衝撃波により可視化した斬撃が、プリームスの1m先に展開した
そしてその斬撃は奇妙な事に、直撃したその地点から垂直方向へ軌道を変え、天井を破壊してしまった。
瓦礫が周囲に落下し、土煙がユラユラと床へ向けて舞い降りる。
天井を破壊した事に因る瓦礫は大小様々で、危険な大きさも含まれた。
真下に居れば勿論危険この上ないが、プリームスは微動だにしない。
それは魔法障壁が落下する瓦礫程度なら簡単に防いでくれるからであった。
ミメーシスは驚いたように再び動きを止めた。
瓦礫が落下し土煙が舞う中で、悠然と立つプリームスを目の当たりにし驚愕したのかもしれない。
いや・・・・ミメーシスでは無く、これを操り背後に存在する”王”が。
そう洞察していたプリームスは、悠然な様子とは裏腹に驚きミメーシスを高く評価する。
『まさか切り札の1つを使わされるとはな‥‥』
プリームスが使った
また瞬間的な効果しかないが、発動と発現時間がほぼ同時で非常に瞬発性が高い魔法と言える。
しかしながら瞬発性の高い魔法に見られる共通の短所がある。
それは高い集中力と魔力硬度を必要とし、更には少なくない魔力消費を伴うのだ。
故に防御としては”切り札”的な扱いで、プリームスでも安易に連発出来る代物では無かった。
そして
「まさかこの世界で私以外に”その技”を使える者が居たとはな‥‥」
プリームスのその言葉は、ミメーシスに贈った物では無い。
ミメーシスが模倣した”本来の使い手”に贈った称賛の言葉だった。
「フフフ‥‥面白い。これで本来の使い手を完全に再現していないと言うのだから驚きだ」
プリームスはそう呟くと、痛む右腕を徐に胸元まで掲げる。
その掌には緋色の魔晶石がいつの間にか乗せられており、突如音も無く真っ二つに割れてしまった。
直後、目を見張る光景が、そこに居た一同の目を釘付けにする。
プリームスの真っ白に近い銀の髪が、根元から紅蓮へと変化し始めたのだ。
薄暗いこのフロアに眩い灯火のように輝くプリームスは、まるで炎の妖精か神獣が舞い降りたかのようであった。
そして膨れ上がった魔力が身体から溢れ出し、プリームスの周囲を火の粉が舞い散るように顕現化する。
「これ程に強大で可視化した魔力は初めて見たわ・・・・まるで紅蓮の炎を纏った天使のよう・・・・」
その様子を目の当たりにしたテユーミアは呆然と呟く。
同じくテユーミアの傍でプリームスを見つめていたアグノスも、もはや唖然とした様子で頷くだけで、フィートに至ってはアグノスの背後に相変わらず隠れたままだ。
こうしてテユーミアとアグノスが何故驚いているのかと言うと、そもそも魔力は可視化する事など殆ど有り得ないからだ。
稀に非常に高い魔力を持った者が、魔法の発現途上で魔力を瞬間的に可視化させる事はある。
しかし基本的に可視化するとすれば、それは魔法へと変換され発現しきった時なのだ。
このように魔力を魔法へ変換する作業──つまりこれこそが、この物質世界へ魔術師が魔力に因って干渉する為の方法であった。
だがプリームスはそのような途上をすっ飛ばして、溢れた魔力が可視化し
要するに漂いう”それ”は、強大な魔法の力を秘めている可能性があると言えた。
プリームスは左手に持っていたレイピアを収納魔道具へ仕舞うと、
「これは人相手には封印していた奥の手だが・・・まぁゴーレム相手なら問題無かろう」
そう言い放ち、右手を真横に差し出す。
するとその右手に突如、燃え盛る紅蓮の刃が姿を現した。
その両刃の刀身は1.8mもあり、プリームスの身長を優に凌ぐ大剣だ。
それを軽々と右手だけで持つプリームスは、ミメーシスへ静かに告げる。
「上手く手加減が出来ないかもしれん・・・・壊してしまったら許せよ」
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