第234話・神域の人形(1)

神域に達した互いの攻撃は相手を捕らえる事無く空を切る。

そしてプリームスとミメーシスは、すれ違うように交差した後に5m程の距離が開き、背中を向け合う形になった。



通常であれば5mも距離は離れないのだが、追撃を想定してプリームスはそのまま前へ距離を取ったのである。

しかしミメーシスは、即座に振り向き攻撃を仕掛ける事はしなかった。



意外に思ったプリームスは徐にミメーシスへ振り返り様子を伺う。

するとミメーシスは、まるで観察するが如くに剣を無形に構えたまま、プリームスを見つめているのであった。



『う~む・・・まるで人間のようだな。それに先程の防御技術といい、只のゴーレムが出来るような代物ではない。これは何者かが操っているのか? しかしそれでは先程の繊細な動きには合点がいかん・・・・』

そう分析しつつプリームスは首を傾げてしまう。



人は自身の身体さえも完全に操る事は出来ない。

それを神域まで高めるには、プリームスであっても100年の歳月を必要とした程である。

要するに人間を模した物を外部から操り、しかも神域に近い動きをさせるなど到底不可能と言えるのだ。


ならば考えられる事は、このミメーシスが独自に判断し攻撃と防御を行っていると言う事になる。

しかし只のゴーレムがそんな事を可能とするのだろうか?・・・答えは否である。



『このゴーレムには人知を超える英知が収束されている。詰まる所、人の成せる業では無い』

プリームスはこのミメーシスと呼ばれるゴーレムが、何を由来としてここに存在して居るか見当がつき始めていた。



まるで様子を窺うように微動だにしないミメーシスを見据え、

『今は”これ”が何なのかは、どうでもいい事だな。それよりも”これ”が模倣した人物に興味がある・・・・。明らかに人の域を超えているのは確かだ』

そう内心でプリームスは呟き笑みを浮かべる。

それは久しく迎える強敵に対しての期待だったのか、また全力を出して相手を圧倒出来ない自身への自嘲だったのかもしれない。



左手を徐に掲げるプリームス。

そして差し出された人差し指が、ミメーシスへ向けられる。

熱線ゼストシールマ


そうプリームスが古代マギア語で言い放った刹那、その指先から光り輝く閃光が迸った。

無詠唱で放たれたその魔法は、"元"は只の火炎魔法であり、プリームスが独自に開発した固有魔法でもあった。


魔力により超圧縮した火炎弾ボーライトを、超高速で対象に放つ物で、貫通力と直撃時の爆発力が非常に強い。

つまり下手に防御しようもなら盾や鎧の装甲を貫き、対象者に直撃した後に大爆発を起こすのだ。

それが肉体の外表面ならまだしも体内に到達し爆発すれば、死は免れないだろう。


しかも発動からの射速が尋常では無い為、視認してからの回避は非常に困難だと言えた。

だがミメーシスは熱線ゼストシールマをあっさりと回避してしまったのだ。



「おお!」

と思わずプリームスは声を漏らす。



的を外れた熱線ゼストシールマは遥か後方の壁に一瞬で到達すると、壁の岩を容易に貫通した後に大爆発を起こした。


「きゃっ!」

余りの爆発音にアグノスが耳を塞ぎ、片やテユーミアは顔をしかめたが、それはプリームスが使った未知の魔法とその威力に驚愕したからであった。



しかしミメーシスはゴーレムの為、人の感情を持ち合わせていない。

故に熱線ゼストシールマの威力と危険性に恐怖する事も無く、反撃の手に打って出ていた。

大きく踏み込んだ後、その剣を持つ右手は高らかに掲げられ一瞬にして振り下ろされたのだ。



ミメーシスが踏み込む事に因り、その切っ先はプリームスの魔法障壁へ到達する。

そして超音速で振り下ろされた一閃は強力な衝撃波を生み、何と魔法障壁を崩壊させてしまったのであった。


「!!」

予想外の展開に目を見張るプリームス。

如何に驚愕し身体が強張ろうが、それでも現実は容赦などしない。

まるで硝子が砕けるような音と共に、その余波がプリームスを襲う。



「プリームス様!!」

状況の起こりを何とか目で捉えていたテユーミアは、悲痛な声で叫ぶ事しか出来なかった。

魔法障壁を崩壊させた衝撃波はその威力を弱めておらず、それはつまりプリームスが無傷で居られない明白な証と言えた。




パンッ!!

突如、乾いた音がこの広いフロアーに中に木霊する。




イースヒース戦の時に同じ音をテユーミアは聞いていた。

あの時は目で捉える事は出来なかったが、確かにプリームスが”何か”をしてイースヒースの腕を弾きあげたのだ。


今回に限って言えば、目を背ける事無く注視するように見ていた為か、プリームスの動きを辛うじて捉える事が出来ていたテユーミア。

何とプリームスは迫る衝撃波を、自身のレイピアに因る神速の一閃で相殺していたのであった。


厳密に言えばレイピアで防いだのではなく、超音速を超えるレイピアの振りから生まれた衝撃波で相殺した──が正しい表現だ。



これにはテユーミアも呆気に取られてしまう。

イースヒースの時も、エテルノの時もプリームスには肝を冷やされる思いをさせられた。

しかしそれは毎回テユーミアの杞憂であったのだ。


そして今回も杞憂に至る。

テユーミアにとっては喜ばしい事ではあったが、気持ちの収まり様という物が納得をしない。

この迷宮にプリームスを誘っておきながら、何とも勝手な思い様ではあるが・・・・。



またテユーミアには心配する要因が他に存在する。

プリームスを色んな意味で観察し分かった事なのだが、その超絶的な武力とは裏腹に身体が貧弱過ぎるのだ。

”貧弱”とは、その様相では無く頑強さや体力面の事なのだが、はっきり言って魔術師であるアグノスよりも劣るとテユーミアは評価していた。


故にミメーシスとの戦闘でプリームスの身体が持たないのでは・・・と心配するのは当然なのだ。



『プリームス様・・・お願いですから楽しもうなどとは思わず、勝てるならさっさと勝って下さいまし・・・・』

そうテユーミアは思わずには居られない。



だがしかし、現実は思惑通りには進まない。

プリームスは嬉々とした表情でミメーシスに歩みを進めるのであった。



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