第233話・下層の門番(2)

オリハルコンの門を抜け、淡く床と天井が発光する空間へ足を踏み入れたプリームス。

そこは50m四方の大きなフロアーになっており、突如中央で何かが床から染み出したのだ。


それは黒い液体状の物質かと思いきや、剣を模した物体に形を変え、床に突き刺さるような状態を晒した。



そして見る見るうちに"それ"の周囲から同じ様な黒い液体状の物質が湧き出し、人の姿を形取ったのであった。

『これは・・・液状の魔物? いや魔法生物か? しかしこれがテユーミアが言う最後の相手であるなら、ゴーレムなのだろうが・・・まさか液状とは』

と意外そうな表情を浮かべるプリームス。



ゴーレムは無機質な土を利用して人形を作ったのが起源と言われている。

そしてそれがより進歩し、岩や鉄、更にはミスリルなどを材料としたゴーレムが作られるようになった。

つまり基本的には固体が材料であり、液体でゴーレムを作る概念など無い。


そもそもゴーレムは、人間の膂力では難しい単純な作業をさせる為に開発されたのだ。

例を挙げるなら、その強大な膂力を利用した運搬作業、頑強さを利用した拠点防衛、更には戦争の道具などである。


そんな利用目的のゴーレムを液体で作ろうなどと誰が考えるだろうか?

液体で形成されれば頑強さも膂力も皆無であり、ゴーレムとしての良い所など全くもって無いのだから。



『液体なら形を維持するのも困難だ。と言うか液体になったり人の形を模したり出来る事が驚きだな・・・・守り人の一族に相当な技術力が有るのは間違いない』

そう高い評価をしつつもプリームスは首を傾げる。

いくら驚愕の技術力だったとしても、頑強な固体でないゴーレムなど脅威たりえないからだ。



そうしている内に黒い液体であった人を模したゴーレム?は、剣状に変化した物を手にプリームスへ向かって歩んで来る。

その様子はまるで人のように見え、不気味に感じた。



すると後方の離れた位置からテユーミアが叫んだ。

「プリームス様! 油断してはいけません。それこそが我ら一族最強の兵器──ミメーシスです!」



ミメーシスは滑らかな、そして凄まじい速度でプリームスに迫り、剣を模した得物で振りかぶる。

「!!」

その速度はこの世界に来て見た誰よりも速く、プリームスを以てしても驚愕する程の物であった。



だがプリームスは動かない。

このままではミメーシスが振り下ろす黒い剣の直撃を受けてしまうと言うのに。



次の瞬間、ギンッ!と甲高い音が響き渡った。

ミメーシスの剣はプリームスに触れる30cm直前で、何かで阻まれたように停止したのだ。


「余りに速い速度で斬りつければ魔法障壁が反応し、私の体に触れる事はままならんぞ」

微動だにせずプリームスは独り言のように告げた。



プリームスは常時魔法障壁を展開しており、高速で接近する物体を阻むよう機構を組んでいた。

それは基本的に遠隔からの狙撃や魔法から体を守る為の物であるが、ミメーシスの様に超高速で接近し斬り付けた場合、同様の反応を魔法障壁がしてしまうのだ。


しかしながら一定の距離と慣性を利用せねば、鋭く威力のある斬撃など繰り出す事は不可能。

詰まり何方にしろ斬り付けるだけでは、プリームスを傷付ける事は出来ないのであった。



その様子を見てテユーミアは唸る様に感心する。

「魔法障壁を見越して零距離から刃先を滑らす様に切り付けたとしても、身体の表面に展開した2つ目の魔法障壁がそれを防いでしまう・・・。流石としか言い様がありませんね・・・」



相手の鋭い初撃を簡単に防ぎはしたが、プリームスからは攻撃を仕掛けない。

メミーシスに対して安易に近づくのは危険と判断したのだ。

『元が液状であるゆえ何が有効な攻撃か一切分からん・・・・。それに組み付かれれば魔法障壁が機能せんからな、ここは刃先で競り合う程度の距離で様子を見るか』



するとメミーシスの2撃目がプリームスを襲う。

鋭い横に薙ぐ払い斬りだ。

アポラウシウス、いやスキエンティアでさえも真っ青になるのではと言う程の一閃が、再びプリームスの魔法障壁に衝突し耳障りな音を響かせた。


「!?」

目を見張るプリームス。

何とプリームスの魔法障壁に亀裂が入ったのだ・・・どのような伝説の防具よりも強固な筈の魔法障壁に・・・・。



「うお、これは想定外」

と呟きつつプリームスは後方へ素早く飛び下がる。

絶対の自信を持つ魔法障壁が崩壊しかけたのに、危機感の無いその言い様と表情は何とも間の抜けた印象だ。



そして直ぐさま収納魔道具の指輪からレイピアを取り出し、プリームスは右手に持った。

この世界でも稀有な武器であるそれは伝説級と言って良い程の物だが、プリームスが扱うには役不足とも言える。


もしプリームスが魔力、戦闘技能を最大に発揮して戦ったとするならば、この武器の方が絶えられない可能性があるのだ。

それに”今の身体”では、全力を出せる訳も無かった。

『王に辿り着く為の最後の難関ならば、私の全力を見せてアッと言わせたいところだが・・・』


そう内心で呟いた後、

「すまんな、ここは及第点で抜けさせてもらうとしようか」

などと誰にともなくプリームスは言い放った。



再びミメーシスが神速でプリームスへ襲い掛かる。

今度は魔法障壁で防ぐのではなく、プリームスは回避行動をとった。

そのプリームスの動きは最早回避では無く、回避、接近、攻撃の要素が凝縮された1つの神域に達した身のこなしだ。


余りにも自然で、無駄の無い流れるような動きにテユーミアは息を飲む。

それは完成されたと思っていた自身の身のこなしが、プリームスを見る事に因って”及ばない”と自覚してしまったからだ。



ミメーシスの鋭い突きがいつの間にか目標を失い空を裂き、その真横をのうのうと擦れ違うように進むプリームス。

それと同時にプリームスの刃を縦にしたレイピアの突きが、ミメーシスの右脇腹へと吸い込まれた。


『攻撃は最強に鋭いが、防御がなっとらん・・・・・。なっ?!』

プリームスの攻撃が直撃すると思った刹那、左手を自身の右腕の下を潜るように差し出したミメーシス。

その差し出した左手がレイピアの腹に、ソッと触れたかと思うと軌道が外に逸れてしまったのだ。



ミメーシスとプリームスは互いの攻撃が不発に終わり、すれ違った身体は背を向け合う。

プリームスは直撃すると確信した攻撃が、いなされた事に驚愕はしなかった。

それよりも自身と同じような戦闘技術を持つ事に、嫉妬に近い苛立ちを感じていた。

「おにょれ~私と同じような事をしおってからに!」



この言葉を聞いたテユーミアはズッコケてしまった。

超絶で最強なプリームスを脅かす相手が現れたのだ、そんな危機的状況で何を呑気な事を言っているのかと思ったのだ。


テユーミアと同じく離れて見守っていたアグノスは、イースヒースの時と同じように何が起きているのか視認できずに呆気にとられるばかり。

フィートはと言うと、怯えたようにアグノスの背中に隠れて様子を見守っていた。

怯えていても状況を見ようとするその態度は、ある意味肝が据わっていると言えるかもしれない。



くして守り人最強の兵器ミメーシスとプリームスの戦いは、最高潮?を迎えようとしていた。


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