第176話・法王ネオスとプリームス(1)

「そのしがらみを解いてやろうと言ったら、どうするかね?」

そうプリームスがバリエンテ達を見据えて告げた。


しがらみとはバリエンテ達と魔導院との繋がりの事である。

しかしその繋がりを解く事など出来る訳が無く、もしそれを実行するならば身内を捨てる事になるのだ。



このプリームスの言い様にイディオトロピアが真っ先に反応する。

「本気で言っているの? 私に妹を見殺しにしろとでも?!」

語調は激しく無いが、言葉の端端に怒りが垣間見えた。


ノイーギアも続く。

「不可能です・・・私自身が魔導院の人間だと言うのに・・・」

その表情は重く悲し気で、逃げ出せない自身の境遇を悲観しているかのようであった。



だがバリエンテだけが違う反応を見せる。

驚いた様子ではあるが何かに期待する様な、他の2人とは対照的な表情を浮かべていた。


『プリームスさんは確かに自身の事を偽っていた・・・・だが別に俺達の事を裏切った訳じゃ無い。なら望みをかけても良いんじゃないのか?』

世知辛い傭兵稼業でプリームスのようなお人好しをバリエンテは初めて見たのだ。

だからこそ、そう思えたのかもしれない。



バリエンテはノイーギアとイディオトロピアへ落ち着くように諫めた後、

「もし俺達に選択権があるとするなら、先ずは詳しく話を聞かせて欲しい。でなければ俺達はどうしようも無いからな・・・・」

そうプリームスへ真剣な面持ちで告げた。



プリームスは頷くと、

「先日、日帰りで魔導院まで行って来てな・・・その時の話を君達にしよう」

などと言い出した。


一同はプリームスのその言葉に騒然とする。

このリヒトゲーニウス王国から魔導院まで片道2週間の道程なのだ。

それを日帰りとは、とてもでは無いが信じ難い事であった。



それに対してメルセナリオが憮然とした様子でバリエンテ達に告げる。

「お前達は見ていないから信じられんのだろうが・・・ワシは傍で”その魔法”をプリームス殿が使うのを見ていたからな。兎に角ワシが保証する。プリームス殿は魔導院で法王に会ってきたんだよ」



自分達が加入していたギルドの長がそう言うのだ。

バリエンテ達は信じざるを得ない。

そしてプリームスが法王に会った事実を知って、メンティーラが絶望と言わんばかりの蒼白な表情を浮かべた。



一方プリームスの身内にも顔色を変えて卒倒する者が居た。

「き、聞いてませんよ! プリームス様!! いつの間に魔導院まで行かれたのですか?!」

そう言って慌てるのは理事長であるエスティーギア王妃であった。



「あ・・・いや、すまん・・・。エスティーギアは王宮に詰めていて忙しかったであろう? それで伝え忘れていた、すまんすまん」

申し訳なさそうに後ろに控えるエスティーギアへ軽く頭を下げるプリームス。


そして直ぐにしたり顔を見せたプリームスは、

「そう言うお主も、学園に他国の間諜が潜入している事に気付いていながら私には伝えておらんだろ。それに間諜ゆえにバリエンテ達が窮地に立っていても何もしなかった。そしてメンティーラに限っては泳がせていたのではないか?」

とエスティーギアへ告げた。



的を射ていたのかエスティーギアは目を見張り、そのまま黙り込んでしまった。



プリームスの言い様は、もう既に露見しているバリエンテ達は別として、メンティーラまでもが間諜であると断言しているような物だ。

これにはバリエンテ達が驚きの表情を見せる。

まさか魔法戦術連盟の副団長で優等生なメンティーラが間諜であり、更に話の流れ的に自分達と同じ魔導院の関係者であると思われるからだ。



そうして一同が大人しくなったのを確認し、プリームスが法王と面会した時の事を話し出すのであった。







 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※








防衛大隊の隊長ラティオーに案内され、法王の謁見の間へ到着するプリームスとフィエルテ。

保安の関係上、武器は取り上げられ魔法使用も出来ないように魔道具をプリームス達は身に着けさせられる。

そして漸く謁見の間の扉を潜るに至った。



謁見の間は厳かで簡素な造りではあるが、天井が非常に高く床面積も相当なものだ。

只の謁見の間にしては広すぎた。

それを察したのか案内役のラティオーが、

「ここは謁見の間として利用していますが、本来は儀式用の広間でもあるのです。今までは法王陛下が他国の人間と面会する事は無かったのですが、開国いたしましたからね・・・」

と苦笑しながら教えてくれる。



「なるほど・・・」

プリームスはそう呟きながら少し安心した。

『これだけの広さがあれば、多少暴れた所で問題さそうだな』



広い謁見の間の突き当りには、この空間に不釣り合いな玉座が据えられており、そこに若く美しい女性が座していた。


漆黒のように黒く艶やかな長い髪、華奢な体躯に絹のように白い肌。

その身に纏う薄い法衣がその身体の線をハッキリと露見させ、見る者に扇情的な印象を与えた。


傍に居たフィエルテがこっそりとプリームスの耳に囁く。

「メルセナリオ様の話ですと法王は強大な魔力と魔法技術、そして美しさの象徴であるようです。また信仰する月の神に模した美し容姿が必要とされるとか・・・」



「ほほう、であるから法王は女性なのかな? と言う事は月の神も女神と言う事になるな・・・」

と殆ど独り言のようにプリームスは呟いた。



「ゴホンッ」とラティオーが咳ばらいをする声がした。



広い謁見の間を思考しながら歩いていると、いつの間にか法王が目と鼻の先に居たのだ。

間近で見る法皇の美しさにプリームスは驚いてしまう。

見た目だけで言えば法王の年齢は20歳前半のように見える。

しかしながら魔術を行使する者は個人差もあるが、その肉体の老化が非常に遅く実年齢と見た目が一致しないことが多い。



若くて美しい娘が大好きなプリームスとしては、法王が今まで出会った事の無い様相の人間で興味が惹かれてしまう。

更にどう言った魔術を操るのか、そしてどのような英知を秘めているかも気になる所であった。



「よう来られました・・・貴女が噂のボレアースの聖女ですね? 私が魔導院法王ネオス・エーラです」

と先に名乗られてしまう。

何とも腰の低い国の元首である。



プリームスも軽く頭を下げて名乗ることにした。

「魔術師学園の理事長代行をしているプリームスと言います。それに傍の者は私の護衛兼従者のフィエルテです」



すると法王ネオスはプリームスをジッと見つめた後、ホゥと小さく溜息を洩らす。

そして少し顔を赤らめて告げた。

「噂以上に美しく・・・そして儚い・・・。私など貴女の前では足元にも及びませんね・・・・」



プリームスは苦笑いをしつつ、さり気なく周囲を確認した。

一見して法王と案内役のラティオー以外に誰も居ない様に見える。

しかし周囲の風景に溶け込む様に、視覚的迷彩処理を施した人員を20名程プリームスは察知する。

恐らく魔道具によるものか、又は魔法による迷彩効果なのであろう。



『流石に一国の王と言った所だな。自身を餌にして私を値踏みし、出方を見ようと言う訳だな・・・』

そう内心で呟きプリームスはほくそ笑んだ。

この法王とどのようなやり取りになり、そしてもし力で押す事があればどう動くのか楽しみでならなかったからだ。



「早々に私がここに訪れた用件を済ませたいのですが」

辛抱が出来ずにプリームスから仕掛けてみた。



そうすると法王ネオスは、

「・・・・そう言われても何のことやら・・・・。それよりも私としては、ボレアースの聖女である貴女の事が知りたくてなりませんね」

などと言ってとぼける始末。



『う~む・・・・』

プリームスは相手が思ったより面倒臭い相手で、帰りたくなるのであった。


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