第177話・法王ネオスとプリームス(2)

「早々に私がここに訪れた用件を済ませたいのですが」

そうプリームスが法王に告げると、


「そう言われても何の事やら・・・」

法王ネオスはプリームスの言葉にとぼけるばかり。

更には、

「私としては、ボレアースの聖女である貴女の事が知りたくてなりませんね」

などと言う始末だ。



『う~む・・・・法王はどう持っていきたいのだろうか・・・? 何だか面倒臭くなってきたぞ』

プリームスの好みである若く美しい法王ネオス。

ゆっくりと会話を楽しみたい所ではあるが、明日に控えるバリエンテ達の決闘を考えると早めに引き上げたかった。


そう言う訳でプリームスは駆け引きなどすっ飛ばして、端的に要点だけ伝える事にした。



「メルセナリオ殿を仲介にして3人の傭兵を我が学園に潜入させたでしょう? このままでは国際問題になりますよ?」



プリームスのその言い様に露骨に嫌そうな顔をする法王ネオス。

そして直ぐに悲しそうな表情を浮かべて告げた。

「貴女は私を貶めに来たのですか? 違うのでしょう? 私と取引を・・・仲良くお話をしに来たのですよね?」



ネオスは、その見た目の麗しさとプリームスにも似たその儚さが魅力なのだろう。

それを交渉の場や取引の場で利用する事を躊躇わない・・・そんなあざとさが、女であるプリームスには胸焼けがする思いだった。


自分が同じような事をしていないか心配になりつつも、プリームスは苛立ちが勝ってゆく。

そしてもう猫を被って穏便に済ますのを諦めてしまう。


「慣れない事をする物では無いな・・・・」

プリームスは溜息をついた後、鋭い目つきで法王を見据えて言い放った。

「法皇ネオス・エーラよ、端的に言う。学園への干渉を止めよ。更に潜入させた傭兵達の”枷”を外すのだ」



突然態度を変えたプリームスに、傍に居た案内役のラティオーが驚いて目を見張った。

一方、ネオスは眉間にシワを寄せて険しい表情になる。

「随分と強気に出てきましたね。自分が今どんな状態なのか分かっているのですか?」



プリームスはツーンとした表情で澄ますと、

「この謁見の間には20人ほどの迷彩魔法を施した武装兵が居るようだな・・・。だがそれがどうしたと言うのだ? それで自分が絶対的な優位に立っているとでも思っているのかね?」

そうネオスに向かって言った。



慌ててプリームスを諫めようとするラティオー。

「プリームス殿! お控えください!! このままでは貴女を不敬罪で捕らえねばなりません!」



「すまない・・・・ラティオー殿。私は本来このような人間なのだ。それにこちらは直接会う前から用件を法王に伝えていたのだよ。なのに真面目に取り合わないとは・・・不敬に値するのは法王の方であろう?」

とプリームスは傍に居たラティオーへ残念そうに言う。



プリームスの言い分は最もでラティオーは返す言葉が見当たらなかった。

しかしこのまま放っておけば、この絶世の美少女は悪くすれば命を失う事になるだろう。

出来ればそのような事にはしたくない。


今日初めて会った筈のこの少女に、何故かラティオーは穏便に事を済ませて無事に帰してやりたいと言う思いが募る。

本当なら守り従うべきは法王ネオス・エーラだと言うのに・・・。


それは不思議とそう思わせるプリームスの魅力であり、人を惹き付ける力であった。



ラティオーは意を決したように己の君主を見据え叫ぶように言い放つ。

「陛下! プリームス殿の話を真面目にお聞きください! これでは信義にもとりますぞ!」



先程まで柔らかかったネオスの表情が氷のように冷たくなり、

「ラティオー・・・貴方の役目は何なのですか? 私に従い私を守る事ですか? それともそのボレアースの聖女を守る事ですか?」

とラティオーを見下す様に言った。



余りにも冷たいその表情で、ラティオーは肝が凍り付き縮み上がる錯覚に囚われる。

それはネオスの強大な力を知っていたからだ。

自分など護衛などにもならず、只の露払い役でしかない事をラティオーは認識しているのだ。


そしてラティオーにとってネオスは絶対の存在だ。

その存在にそう言われてしまっては、もう意義を唱える事も具申する事も出来る訳が無かった。



項垂れるラティオーを一瞥してプリームスは小声で告げる。

「貴方のような誠実な人間は、この国には似合わない・・・良ければ私の元に来ないかね?」


プリームスのその申し出にラティオーは目を点にしてしまう。

こんな自身の命が危ぶまれる状況で、よくそんな事が言えたものだと驚愕したのだ。



「フフフ・・・私の事は心配いらない。勿論ラティオー殿が”今”仕えている相手も無傷で済む様に計らおう」

そう小声で囁いた後、プリームスはネオスを見据え徐に一歩踏み出す。



プリームスの眼前にはネオスが座する玉座が有り、その距離は10mを切っている。

攻撃魔法で迎え撃つには少々近すぎ、近接武器による攻撃を試みるには若干遠い間合いと言えた。


またプリームスは魔法が封じられており、更に武器も所持していない。

そんな状態でネオスに肉薄しようとして何になると言うのか?

もし素手での制圧を考えているなら、それこそ不可能に思えた。

プリームスの華奢な身体から延びる細くて真っ白な腕で、何が出来ると言うのか?


その場に居る皆がそう思った・・・・フィエルテを除いては。



ネオスは冷静に玉座からプリームスを見下ろすと、

「捕らえて拘束せよ・・・だが傷を付けてはなりませんよ」

と誰にともなく言い放った。



プリームスはそんなネオスの言い様に笑いが漏れる。

「この期に及んで慈悲を頂けるのかね? それとも綺麗なままの私の身体を御所望か?」



次の瞬間、プリームスの目の前に2人の武装した兵が突如姿を現す。

その姿は2人とも身に張り付くような黒い装束を身に纏い、顔にはこれもまた黒い面を付けている為に窺い知る事は出来ない。

そして鞘などは一切身に着けず、抜き身の曲刀を手にしていた。


恐らく音を出さない為の工夫なのであろう。

そんな最小限の装備で法王の警備に当たる彼らは、相当な実力の持ち主に違い無かった。


彼らは曲刀の返し、刃の無い刀身の背を振りかざしながらプリームスへ肉薄する。

傷を付けない為の手段なのだろうが、あんな金属の塊で殴られたら打ち身では済まず、下手をすればヒビか骨折である。



『おいおい・・・”傷をつけてはなりませんよ”では無かったのか?』

と内心で呟き苦笑しながら、プリームスは自身からも更に前に踏み込んだ。



黒装束の衛兵2人が接触しプリームスが打倒されたと誰もが思ったその刹那、打倒されていたのは2人の黒装束の方であった。

しかももんどりを打って2人は地面へ倒れ伏してしまったのだ。

それは相当な威力で打倒されたと見て取れる状況である。



予想外の展開に唖然とし硬直してしまう一同。



しかしフィエルテだけはプリームスの動きを何とか捉える事が出来ていた。

プリームスは自身から黒装束へ踏み込み、攻撃範囲の内側に入っていたのである。

そして相手の慣性を利用し威力を高めた掌打で顎を打ち抜いたのだ。

それを迫る2人に対して時間差で行うのだから、正直言って人間離れしていると言えた。



「この貧弱で小さな身体でも、相手の反動を利用すれば問題無さそうだな・・・」

そうプリームスは独り言のように呟く。



特に恐れる事も無く平然としているプリームスを見て、ネオスは顔を青ざめ目を見張るのであった。


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