第151話・永世中立国 魔導院(1)

バリエンテ達が何故、魔術師学園に入学したのか?

それはメルセナリオの語る所により、次第に明らかになってきた。



そもそもの発端はメルセナリオが東にある永世中立国”魔導院”に、ギルド支部を置こうとした事にあった。

そしてギルド支部を置く交換条件として、リヒトゲーニウス王国にある魔術師学園への干渉を手伝う事へ発展する。



傭兵ギルドは各地に支部を置き、それぞれの国に対する干渉力は如何なる国よりも抜きん出ている。

魔導院はそれを利用しようと言うのだ。



最終的な魔導院の目的としては、魔術師学園を自国の傘下に置きたいらしい。

魔術師学園はリヒトゲーニウス王国に在り、その国の女王が理事長を務めるのにだ。


更に言えば魔術師の保護と管理育成がリヒトゲーニウスの国策であり、それを学園が請け負っている。

その国策にちょっかいを出そうと言うのだから、正気の沙汰では無い。

下手をすれば国際問題に発展し、武力紛争にもなりかねない。



故に傭兵ギルドを使い、水面下で事を運ぼうと魔導院は企んでいるのだろう。



ここでプリームスは自身が洞察した事をメルセナリオへ告げる。

「魔術師学園に内通者を紛れ込ませ、ある程度の地位に付けたいのだろう? その為にはそれなりの魔術の実力が必要とされる。それに胆力と実行力・・・そう考えれば傭兵や冒険者は打って付けかもしれんな」


これは詰まり、他国の組織であっても秘密裏に内部から侵食してしまえば、問題にならないと言っているのだ。



どうやら的を射ていたようで、メルセナリオは相槌も打てず口ごもってしまった。



そんな事は気にせず、プリームスは独り言のように続ける。

「しかし、何故に魔術師学園なのだ? 他にも重要な狙い目は有るだろうに・・・」



するとプリームスの背後で控える様に立っていたフィエルテが、

「それは魔導院が魔術至上主義を掲げているからでしょう。永世中立国として存続して来たその歴史は、どの古い国家よりも長いと言われています。そして魔導院を支えたのは、自国を防衛する強固な魔術的軍事力なのです」

と説明をしてくれた。



「成程。要するに魔術師学園を得たリヒトゲーニウスが、魔導院の魔術的軍事力を脅かす存在になると考えたのだな?」

プリームスはそう一人で納得するように言った。



「はぁ・・・」と大きな溜息をつくメルセナリオ。

「貴殿らはワシが何も言わずとも、勝手に本質に到達してしまうのだな」



プリームスは苦笑する。

「そうでもない。ある程度の情報が有るから、洞察出来たまでだ」

そう言った後、少し真剣な面持ちに変わった。


「ところで、バリエンテ達の事を詳しく教えてもらえんかね? 勿論、差支えない範囲で構わない」



プリームスにそう言われて、メルセナリオは仕方無く話し始めた。

「ノイーギアは、父親が政治犯罪を犯したとして家が取り潰しになってな・・・貴族としての地位も財産も没収されたんだよ。丁度、魔導院が開国した5年前に政変が起きたようでな、法王も変わりその影響かもしれん」



「ではメルセナリオ殿は、魔導院が開国して直ぐに訪れたのだね? そしてその時にノイーギアと出会ったと?」

そうプリームスが尋ねると、メルセナリオは頷いた。



当時、路頭に迷いかけていたノイーギアに偶然出会い、メルセナリオが保護したらしい。

そして行く当てのないノイーギアを傭兵見習いとして傍に置き、最近になって漸く一人前になった所だそうだ。



「まぁ、ワシにとってはノイーギアは娘みたいなもんだな」

そう哀愁を漂わせて語るメルセナリオは、父親然として見えた。



ではバリエンテはどうなのだろうか?

プリームスか問うまでもなく、勝手に話し出すメルセナリオ。


「バリエンテは当時から特級の傭兵でな。腕は確かで信用出来るゆえ、ノイーギアを師事させたんだよ。今ではすっかり仲が良くなっちまって、少し寂しいがな・・・」

とメルセナリオは苦笑しながら語った。



イディオトロピアも特級の傭兵で、ある交換条件を飲んで魔術師学園に入学する事になったようだ。

ここでプリームスはある点で違和感を感じた。

故に率直に問いただす。


「まさかと思うが、バリエンテ達3人の弱みを握って利用してはいないな?」



メルセナリオが目を見開いて硬直してしまった。



鋭いプリームスの視線がメルセナリオを射抜き、無言で問いただす。



「う、うむ・・・仕方なかったのだ」

そう呟くように言うと、メルセナリオは俯いてしまった。



プリームスは呆れたように溜息をつく。

「今更お主を責めたりはせぬ、どうにもならんしな。それよりも、彼等にどう任務を強いたか詳しく話せ」



見た目だけなら、祖父と孫程の年齢差があるメルセナリオとプリームス。

なのにそのプリームスから、説教されるように問い詰められるメルセナリオの何と情け無い事か。


側で見ていたフィエルテが、笑いを通り越し気の毒に思ってしまう程である。



「ノイーギアの両親は未だその罪で牢獄暮らしでな。ノイーギアが"この件"で結果を出せば、両親の罪を免罪すると提示された。更に魔術師学園で中枢に定着出来たならば、家の再興と財の返還を法王が約束したんだよ」

そうメルセナリオは俯いたまま語った。



「では、バリエンテとイディオトロピアは?」

プリームスは遠慮せずに問いを続ける。



バリエンテの事は聞くまでも無かったが、念のためにメルセナリオから話を聞くと、やはりプリームスの想像通りだった。

元々バリエンテとノイーギアは共に行動しており、お互い両想いだった為、今回の任務も共にしたようだ。

惚れた女の為なら何とやら、である。



イディオトロピアはと言うと、重い病の妹の治療と引き換えに、魔術師学園への潜入任務を請け負ったようだ。

そしてその妹は、魔導院の首都で治療中である。

詰まりイディオトロピアの妹も、ノイーギアの両親も人質なのだ。



そこまで話し、メルセナリオは居た堪れない様子でプリームスをチラリと見つめた。

プリームスの様子は先程と至って変わりない。

とても静かで全く水紋さえ立たない水面のように見える。


だがその水面は凍っていたのだ。

触れれば凍り付いてしまう程に。

怒りを抑え込むために、プリームスは自らの心をその強靭な精神力で押し殺したのだった。


「国同士の権謀は人の性と言えよう。それに貸し借りで出来た強みや弱みも、只の駆け引きでしか無く私からすれば児戯のような物。だが・・・弱みに付け込み強要を迫るのは最早遊びでは無い。それは人の心を殺すと言う事なのだ」



傍に控えて居たフィエルテは、プリームスが初めて見せるその怒りにおののいた。

何がプリームスの逆鱗に触れたのか、フィエルテには知る由も無い。

しかしこれだけは分かった・・・魔導院は手段を誤ったと。



そしてメルセナリオも背筋が凍るような思いをする。

「すまない・・・」

もう謝るくらいしか出来なかった。



しかしプリームスは気にした様子も無く、

「何故謝る、この場合はメルセナリオ殿も被害者と言えよう。他を選ぶ事が出来なかったのだろう?」

先程の凍てつくような空気は消え、いつものように告げる。



「うむ、魔導院はワシを端から利用するつもりだったのだろう。ワシを含めてあらゆる周囲の情報を調べ上げ、弱みを掴まれた・・・何とも情けない話だ」

そうメルセナリオは項垂れて語った。



「ならばその禍根を払拭するまでだ。このままでは私も都合が悪いのでな、力を貸せメルセナリオ殿」



そのプリームスの言葉に、また何かやらかすのかとメルセナリオは気が気でならないのであった。


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