第123話・意識外と誘導

フィエルテはハッとしてプリームスから身を少し離すと、その主の顔をジッと見つめた。

スキエンティアの言う通り、プリームスを“抱き竦めた”事になったのではないかと確認する為だ。



しかしプリームスは「フッ」と小さく笑うと首を横に振った。

それを確認してガックリ項垂れるフィエルテ。



「フィエルテ、お前の目的は何だ? 強くなることか? それとも私に1つお願いを聞いて貰う事か?」

と少し真顔でプリームスは告げる。



フィエルテはプリームスが問う内容の本質を理解し唖然としてしまう。

武術の稽古をつけてもらう為に、こうしてプリームスはフィエルテに時間を割いてくれているのだ。

目先の欲に惑わされて、修行を疎かにした自分が情けなくなる。

「申し訳ありません、プリームス様・・・」



しょぼくれてしまったフィエルテを励ます様に、プリームスはそのお尻を執拗に撫でた。

突然の事に慌てるフィエルテは、何とも女の子らしい反応だ。

「プリームス様、な、なにを!?」



プリームスは笑顔を見せると、

「まぁそんなに落ち込むな。全て私の掌で踊らされていた様な物なのだから」

そう言って漸くフィエルテのお尻から手を離す。



理解が追い付かないフィエルテは、困り顔でプリームスを見つめた。

『掌で踊らされていた? 私が失敗するように仕向けていたと言う事?』



そんなフィエルテを見やって苦笑するプリームス。

このままでは話が進まないので、フィエルテが分かり易い様に説明する事にした。

「自分の行動を相手に認識させない、それを学ぶのが今回の趣旨だ。先ずはどう言った事で、相手に認識されてしまうかを知って貰う必要があった。実際体感してみて、どうだフィエルテ?」



少し思案して直ぐにフィエルテは答えた。

「恐らくですが、プリームス様を捕らえる事に躍起になり過ぎたのかと。成功すれば1つお願いを聞いて頂ける事に、意識が集中し過ぎていました。どうやって捕らえるか方法もろくに考えずに、何とも無様です・・・」



頷くプリームス。

「うむ、良く分かっているではないか。もう答えは出ているな」



「え?!」と首を傾げるフィエルテ。



プリームスは丁寧に説明を続ける。

「詰まりだ、フィエルテが褒美に目が眩んで、その行動が単調になる様に私が誘導したのだよ。誘導とは相手の意識外から、こちらが有利になるよう相手を動かす事だ。これは心理学の分野になってしまうが、結局のところ物理的に武術を極めた者はそこに至るのだ」



今まで身体を鍛えて武器の扱いに熟練すれば、強くなれると当たり前のように思っていた。

だがプリームスから話を聞いて、それ以外の要素も重要で尚且つ極めた先にある要素だと思い知る。

フィエルテは目から鱗であった。



もっと強くなりたい、そしてプリームスの役に立ちたいと思うフィエルテ。

だからこそ今教えを乞うのだ。

「では、私はどうすればいいのでしょうか?」



プリームスはニヤリと笑むと端的に言った。

「スキエンティアが言っただろう? 間に”別の工程”を挟むとよい。その別の工程こそが自身が有利になるよう、相手を”誘導”するものでなくてはならない」



フィエルテは悩む様子でこめかみに人差し指を押し当てた。

「むむむ、例えば虚をつくと言った事でしょうか?」



「それは結果であって途上では無い。虚を突くのが例えならば、どうしてそう出来たのかが”別の工程”になる」

中々に頭の固いフィエルテに苦戦を強いられる。

傍で見ているスキエンティアが笑いを堪えていて、だんだんと腹が立ってくるプリームス。



『いかんいかん。教えている方が根気を切らせてどうする』

自身を落ち着かせてプリームスは、更に噛み砕いて説明をした。


「先程、フィエルテが足を縺れさせて転びそうになったであろう? あれは意図して起こした行動では無い。余りに自然な上、危なかった為に私が抱き留めに行った訳だが・・・」



そこまでプリームスが言った時、漸くフィエルテが何か分かったような顔をする。

「気付いた事があるなら言ってみなさい」

直ぐにフィエルテへ発言を促すプルームス。

理解させ記憶させる為にも、それを直接自分の口で言わせるべきなのだ。



「え~と、詰まり私がつまずいた事が”別の工程”なのですね。それでプリームス様が私を抱き留めるよう”誘導”出来た・・・と言う事でしょうか?」

と少しだけ自信を持った表情でフィエルテは言った。



何とか伝わったようでプリームスはホッと胸を撫で下ろす。

「そう言う事だ。戦いの場においては、こういった駆け引きが重要になって来る」



そしてプリームスは核心を語る事にした。

「極まった武力とは即ち、対象に届く鋭く早い攻撃、そしてどのような物でも破壊してしまう威力を持つ。更にあらゆる攻撃を躱す回避、そして損害を受けた時に最小限にとどめる防御力をも有する。もし極まった武力を持つ者2人が対峙すれば、決着など着く訳も無く戦況は膠着するだろう。しかし”意識”と”無意識”を理解し、それを使えるのならば、それに長けた者が勝利する事になる」



フィエルテはプリームスの説明を理解出来たようで感心するように頷く。

「成程、極まった武力とは要するに、”凄まじく良く斬れる剣”のような物。そして”あらゆる攻撃を受け止める事が出来る盾”で有る訳ですね」


そしてフィエルテは難しい顔をすると、

「結局のところ、どれだけ凄い武器防具を持っていても使い方が分からなければなまくらですからね・・・」

そう自嘲するように呟いた。



プリームスは嬉しくなっている自分に気付く。

実践上では無く理解の内とは言え、フィエルテが1つ自分の殻を破ったからだ。

「うむ、理解出来てきたようだな。今後は武力を極める為に、スキエンティアから技術を学べ。そしてその武力の使い方を私が時間をかけて教えてやろう」



それを聞いたフィエルテは気が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。

すると心配したのかアグノスが駆け寄って来て、

「大丈夫ですか?」

と言ってフィエルテの前に屈み込む。



プリームスは意外に思ってしまった。

アグノスがプリームス以外に余り興味を持っていない様に感じていたからだ。


そんなプリームスの思いを敏感に感じ取ったアグノスは、

「プリームス様、今失礼な事考えていませんでしたか? プリームス様の選んだ身内の人間を、私がお座なりにする訳がないでしょう」

そう言って少し頬を膨らませた。



「え? あ、いや・・・すまない・・・」

的を射た事を言われて、つい謝ってしまったプリームス。

何とも主もとい家長らしからぬ振舞いである。

しかし何をやっても可愛く形になるのがプリームスであった。



そんなプリームスに微笑むとアグノスは、

「フィエルテさんは私と同じ王女だったのです。だから放っておけなくて・・・」

はにかむ様に告げる。



フィエルテは一国の王女であり王位を継ぐはずだったのだ。

しかし不幸な境遇に陥り命を落としかけ、今はプリームスの従者として仕えている。



親近感による哀れみ・・・。



そう取れなくも無いが、何にしろ身内同士が仲良くしてくれる事に越したことはない。


そんな事をプリームスが考えていると、自身の腹時計がグゥ~と鳴った。

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