第122話・煩悩は強さか?、弱さか?
プリームスがフィエルテへ自分を抱き竦める事が出来れば、1つ願いを聞くと言った。
しかも2m程の距離でだ。
自分は随分と主に侮られていると落胆するフィエルテ。
しかし1つ願いを聞いてくれると言った事で、そんな思いは吹っ飛んでしまった。
何が何でもプリームスを捕まえて、お願いを聞いて貰うのだ。
スキエンティアは、そんなフィエルテの様子を見てほくそ笑む。
『欲は己を強くする時も有れば、弱くしてしまう時もある。果たしてフィエルテは何方へ転ぶやら』
一方アグノスは、理事長の執務机の前に座り書類と睨めっこである。
それをプリームスは一瞥して、申し訳無いと思いつつもフィエルテの相手を楽しむ事にした。
フィエルテがジッとプリームスを見つめて機会を伺っている。
そして少し猫脚立ち状態で、やんわりと両手を広げ今にも飛び掛かりそうだ。
そんなフィエルテを見てプリームスは溜息をつく。
『それでは駄目なのだ。口で言った所で分からんだろうしな・・・先ずは体感して貰おう』
プリームスが溜息をついた瞬間、フィエルテが飛び掛かって来た。
並みの人間では反応出来ないような速度の動きだ。
しかしプリームスは身体を半身にして、少し横に動いただけで簡単に躱してしまう。
唖然となって暫く硬直するフィエルテ。
何が起こったか理解出来なかったのだ。
「さぁ、元の位置に戻るんだ」
とプリームスに言われ、我に返るフィエルテ。
そうして言われるがまま元に位置に戻る。
だが状況が理解出来ていない以上、何度やっても結果は同じだ。
それが分かっているフィエルテは、懇願するようにプリームスへ尋ねた。
「こんな至近距離だと言うのに・・・何故プリームス様を捕らえる事が出来ないのでしょうか?」
するとプリームスは楽しそうな表情を浮かべて、小さく笑う。
「そんな捕まえる気満々で構えられれば、躱してくれと言っているようなものだぞ。相手に自分の行動を意識させては駄目だ」
そんな事を言われても、そもそもが捕まえる事を前提で立ち合っているのだ。
意識させるなと言うのは無理な話である。
困り果てたフィエルテは、頭を抱えて考え込んでしまう。
その2人のやり取りを見ていたスキエンティアが、見兼ねてフィエルテへ助言をした。
「プリームス様を直接捕らえようと考えてはいけません。口で説明するなら、捕らえる為に”別の工程”を挟むと言う事です」
首を傾げるフィエルテ。
「別の工程ですか・・・」
そして再び考え込んでしまう。
『要するに目的に対して、直接行動しては駄目だと言う事よね。なら別の事を考えて、って何を考えれば良いのか?』
そこから何度も四苦八苦しながらフィエルテは挑戦する。
しかし全てプリームスに最小限の動きでヒラリヒラリと躱されてしまった。
フィエルテは将軍として、更に王を継ぐ為、武芸に磨きをかけ厳しく育てられた。
身のこなしも、体力的にも自信があった。
だが触れれば脆く崩れてしまいそうな儚さの主に、手も足も出ない。
恐らく30分は挑戦し続けたと言うのに・・・。
そう、どれだけプリームスが儚いだろうが、捕まえる事が出来なければ抱き竦める事など不可能なのだ。
『くぅぅ・・・1度でも捕らえる事が出来れば、1つ願いを聞いて頂けると言うのに!』
と愚痴を内心で言いつつ、フィエルテは地団駄を踏みそうになる。
プリームスは笑いを堪えながらフィエルテへ告げた。
「何を考えているか丸分かりだ。そんな事では何時までたっても私を捕まえられんぞ」
煽られた形になり、フィエルテは何としてもプリームスを捕らえようと躍起になる。
そうして更に30分が経過する。
結果は全くの成果無しで、更に力み過ぎた為かフィエルテはヘトヘトになってしまった。
そんな状態で何とか気力だけでプリームスと対峙する。
だが、余りに疲弊し過ぎて思考が朧げだ。
最早どうやって敬愛する主を捕まえるか、方法さえ思いつかない。
思いついた所で簡単に躱されてしまうのは変わりないのだが。
そして全く疲れた様子を見せないプリームスを見据えて、フィエルテは愕然としたが、諦めずに踏み込んだ。
何も考えずうっかり踏み込んだその足は疲れの所為か、もつれて
『あぁ、何て無様な私なの・・・プリームス様に稽古をつけて貰っても、全然進歩もせずこの有様。きっと落胆されているでしょうね』
と躓いて倒れる瞬間に、フィエルテの脳裏に後悔が過った。
フィエルテはプリームスの目の前で、格好悪く転倒する自分を思い描く。
ところがそうは成らなかった。
プリームスは心配そうに前へ踏み込むと、その華奢な身体でフィエルテを受け止めたのだ。
大きくて柔らかなプリームスの胸にフィエルテの顔が埋まる。
「そんなフラフラで転倒したら怪我をしてしまうぞ」
そう言ってプリームスはフィエルテの頭を優しく撫でた。
フィエルテは安心し、そして感激してしまう。
無様で不格好な自分を心配して、プリームスが抱き留めてくれたのだから。
『ぶっきら棒なようで、プリームス様は本当に優しい方なんですから』
嬉しくなったフィエルテは無意識にプリームスを抱きしめ返した。
その時、スキエンティアが惚けた様な表情で呟く。
「あら、プリームス様・・・フィエルテに捕まってしまいましたね」
余計なことは言わんで良い!
と言わんばかりにプリームスがスキエンティアを睨みつけた。
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