第86話・不安な聖女と嫁ぐ姫
アグノスは自身が未婚のままで居るから、ポリティークの謀反を誘発させてしまったと言いだした。
これには王も驚いた様子だった。
結果的に見れば確かにそうである。
ケラヴノスの説明によればアグノスは正妃の娘で長女であり、王位継承権は1位にあった。
詰まりアグノスを娶る事が出来れば次期国王が確定なのである。
ポリティークはそれを前提に国王暗殺を企て、アグノスに言い寄ったのだろう。
プリームスにしてみればポリティークの行動は早急過ぎたと言える。
もしプリームスが同じ企みをするなら、言い方は悪いがアグノスを籠絡して妻にする。
そして現国王のエビエニスが死去するか退位するまで待てば良いのだ。
ポリティークがそうしなかったのは、長寿であるプリームスとの時間の捉え方や感じ方が異なるからかもしれない。
もしくは”急がねばならない”理由があったのか・・・。
アグノスは居住まいを正すと話を続けた。
「このまま私が王女としてここに居れば、要らぬ宮廷内の争いやポリティークのような謀略を招くでしょう。ですから私は王位継承権を放棄して、この国を出るべきなのです」
何とも物悲しい話の雲行きになって来た。
プリームスとしては余りこのうよな話は好きではないのだ。
まぁ好きな奴など居ないだろうが、特にプリームスは苦手であった。
それは魔王として戦犯扱いされ、この世から消え去らねば戦が終結しない・・・あの時を思い出してしまうかだ。
そしてあの言葉には表せない程の悲しみをアグノスに重ねてしまう。
状況や境遇は違えど、今の自分を否定しなければならない悲しみは同じである。
そんなアグノスを見ているとプリームスは不便に感じてならなかった。
自分は何を戸惑っていたのだろう。
そう思うとプリームスは年甲斐も無く恥ずかしくなってしまった。
だからアグノスに告げる。
「私はお前を手放したりなどしない。だからもう、そんな悲しい事は言うな・・・」
するとアグノスは嬉しかったのかプリームスの胸に飛び込んだ。
そして抱きしめると、その大きくて柔らかな胸に顔を埋めて言い放つ。
「はい、私こそ嫌と言われても一生ついて参りますからね!」
プリームスとアグノスが丸く収まった所を見てホッとしたのか、エビエニスはベッドに横になった。
「さて私はもう少し休ませて貰うとしようか」
エビエニスは病み上がり直ぐなのだ。
だがポリティークの件やアグノスの事でゆっくり寝ている事が出来ずに居たのだろう。
察した一同はエビエニスが眠りに就いたのを確認してソッと寝所を後にした。
クシフォスは軍司令としての業務があると言って軍司令本部へ行ってしまう。
一方、ケラヴノスは不在になった宰相の業務を誰かに代行させるか頭を抱えていた。
「陛下にレクスアリステラ大公が戻るまで宰相の代行を立てよと指示を受けていまして・・・」
そう悩みながらケラヴノスはプリームスに告げた。
プリームスは苦笑する。
「流石に代行が失脚するなど普通は考えもしないゆえな。ならば国務大臣のような役職の者に頼んだらどうだ?」
「成程・・・」と言ってケラヴノスはプリームスへ頭を下げて足早に去ろうとした。
「ケラヴノス殿! クシフォス殿の舎人はどうしたか知らんか?」
慌ててプリームスはケラヴノスを呼び止める。
せっかちな奴だな・・・とプリームスは溜息をつく。
するとケラヴノスは足を止めると少し考えた後に答える。
「う~ん、そう言えば・・・私は存知ませんね」
プリームスは眉をひそめた。
杞憂であれば良いのだが、舎人のフィートに疑念を感じていたのだ。
故に注意喚起はしておこうとプリームスは思う。
一応そうしてやる義理は有るのだから。
「所在を把握しておいた方がいいだろう」
ケラヴノスはプリームスのその言葉に何か察したのか、真剣な表情で頷いた。
そして頭を下げると足早にプリームスとアグノスの元から立ち去って行く。
豪奢な王宮の廊下でプリームスは立ちすくんだ。
特に予定も立てていなかったので、どうした物かと悩んでしまったからだ。
従者の2人はプリームスに従うのみで訊くだけ無駄だろう。
そう考えあぐねていると、アグノスが笑顔で提案をしてきた。
「プリームス様、母に会って戴けませんか? 嫁ぐ報告をしなければいけませんし」
「う、うむ・・・」
と少し躊躇いがちな様子のプリームス。
アグノスの”嫁ぐ”という言葉がずっしりと心に伸し掛かったからだ。
『果たして嫁ぐという言い様は正しいのか?』
そうプリームスは思ってしまう。
そもそも嫁ぐと言うのは夫となる男性の妻になり行くもので、同性相手に使う物ではない。
ひょっとしたら、この世界では違うのかもしれないが・・・。
そんなプリームスの心配を他所にアグノスは話を続ける。
「母は魔術師学園の理事をしておりまして、今は学園の方に居ると思います」
『そう言えば国王が暗殺されかけたと言うのに王妃の姿を見なかったな』
プリームスはそう思い何だか嫌な予感がした。
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