第85話・王と聖女の杞憂
国王であるエビエニスが1つ心配事が有ると言いだした。
周囲の者からすれば気を揉んでしまう発言である。
プリームスはと言うと、王友の件が伏せられる事になって胸を撫でおろしている様だった。
全く周囲の状況とは裏腹で肝が据わっていると言うべきかもしれない。
ケラヴノスがおずおずと国王へ尋ねる。
「陛下、どう言った事なのでしょうか? 私共で対処出来る事ならよいのですが・・・」
するとエビエニスは少し思考する様子で顎に片手を置いた。
「うむ、セルウスレーグヌムでの葬儀に向かったノイモンが心配でな。ポリティークの謀反を成功させる為に、ノイモンを出払わせたのは容易に想像がつく・・・ならばその身に危険が迫っている可能性も考えられる」
ノイモンとは、ノイモン・レクスアリステラ大公の事である。
ポリティークの父親にしてリヒトゲーニウスの宰相だ。
国王であるエビエニスを暗殺し、政治の実権を握ろうとしていたポリティークは宰相である父親も邪魔であった筈だ。
故に死去した隣国の王の葬儀に出向いたノイモンが、その命を狙われるのは考えられない事では無かった。
「それは心配いらぬだろう」
そうプリームスが呟いた。
スキエンティア以外の一同は少し驚いた様子だった。
エビエニスが不思議そうにプリームスへ尋ねる。
「どうしてそう言い切れる?」
プリームスは立っているのが疲れたのか、王の居るベッドに腰を掛ける。
何とも無遠慮で普通であれば無礼な振舞いである。
しかし王友となったプリームスのこの行動に誰も咎める事は無い。
それにベッドの隅に腰をチョコンと掛けたプリームスの姿は何とも可愛らしかった。
それだけで許せてしまえそうなものだ。
更にエビエニスもまるで孫を見るかのような笑顔を浮かべている。
プリームスは一息つくと話し始めた。
「エビエニス国王の暗殺が成功していれば、宰相の命は無かっただろう。しかし失敗したなら、それは企みが明るみに出た事を指す。そんな状況で自国に来た隣国の宰相を殺害したらどうなる? 事故死を装ったとしても、議長国であるこの大国と揉める要因になり、弾劾され国としては孤立する事となる」
エビエニスは不安そうにプリームスへ再度問うた。
「では、詰まる所ノイモンは無事に戻ると言う訳だな?」
頷くプリームス。
「うむ・・・恐らく隣国セルウスレーグヌムは、レクスアリステラ大公を無事に帰した上で、こちらで起こった事を知らぬ存ぜぬで通すだろう。しかもこちらとしてはポリティークの謀叛は公に出来ないしな・・・お互い痛み分けと言う訳だ」
そう苦笑するように説明した。
「「なるほど・・・」」
その場に居合わせた一同は感心して唸った。
従者のスキエンティアにしろ、その主のプリームスにしろ優れた洞察力と政治的見識の高さを持っていて驚いたからだ。
かくいうエビエニスもプリームスを見つめて、
「見た目はこんなに可愛らしい姿をしていて、アグノスよりも年下に見えるのにのう。口を開けば高度に政治的な発言と、年寄り臭い辛辣な事も言う」
と苦笑して言った。
プリームスは、ツーンと不機嫌そうにそっぽを向いた。
「アグノスにも似たような事を言われた。大きなお世話だ」
ドッと笑いが溢れる王の寝所。
当面の問題や事後処理の方針が決まって、皆ホッとしたからだろう。
一旦お開きにしようとなった時、プリームスがアグノスへ尋ねた。
「今更こんな事を言うのも何だが、昨晩出会ったばかりの私に惚れ込んで本当に後悔は無いのか?」
するとアグノスはキョトンとした表情をプリームスへ向けた。
そして直ぐに怒ったような表情を浮かべて言い放つ。
「私の気持ちを疑っているのですか? 始まりは確かに一目惚れではありました。ですが今、プリームス様をお慕いするこの気持ちは偽りなく真実です!」
330年もの歳の差がある小娘に気圧されて後ずさりするプリームス。
「う、うむ・・・。すまない・・・ちゃんと確かめておきたかったのだ。一国の姫を貰い受けるのだ、勘違いでしたではすまされんだろう?」
アグノスは首を傾げる。
「プリームス様は、私の気持ちが心配なのですか? それともこの国の後継ぎについて心配されているのですか?」
そう言って自身の父であるエビエニス国王を一瞥した。
プリームスの不安が杞憂で有る事を証明したかったのだろう。
アグノスは父親に助け船を出したのだ。
それを察したエビエニスは笑顔でプリームスへ告げる。
「後継ぎに関しては心配いらぬ。2歳下の王子がおるゆえな。プリームス殿は気兼ねなく娘を貰ってやって欲しい」
そうプリームスは諭されてしまった。
返す言葉が無く戸惑っているプリームスへ追い打ちをかけるアグノス。
「これは父に反対された時の私の言い分だったのですが・・・御聞きになりますか?」
そんな事を言われて「嫌だ聞きたくない」などと言えるわけも無く、プリームスは諦めたように頷いた。
「今回のポリティークの謀叛も、王族である私が未婚のままで居たから起こってしまった事だとも言えます」
そうアグノスは話の口火を切った。
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