第87話・悠遠の夢見

アグノスは母親の王妃に報告に行きたいと言い出した。

勿論それはアグノスがプリームスに嫁ぐ旨の報告である。



しかし王が死熱病で暗殺されかけたと言うのに王妃が傍に居ない。

その事にプリームスは違和感を感じていた。

故にその違和感が不安に変わり、プリームスの"面倒臭い"が発動してしまう。



ややこしい人物と接触するのは出来るだけ避けたい。

それが350年も生きてきたプリームスの処世術であり方針であった。

スキエンティア辺りに「只単に面倒なだけでしょう」と言い捨てられそうだが・・・。



そんな不安を敏感に感じ取ったのか、

「母は昨晩学園に詰めていましたが、早朝に父の様子を見に来ていましたよ」

とアグノスは愛想笑いを浮かべてプリームスへ告げた。



『この様子だと夫婦仲は余り良くないのだな・・・』

そう勘ぐるプリームス。

兎に角、顔合わせをして挨拶程度はしておいた方が良いだろう。



「そうか、では案内を頼む。魔術師学園も興味があるしな、後学のため見学もしておきたい」

そうプリームスは言った。


するとアグノスは嬉しそうにプリームスの腕に抱きつくとグイグイと歩きだす。

「まずは王宮を出ましょう」



アグノスは楽しそうに学園と王妃の話をしながらプリームスを案内してくれた。

話によると魔術師学園は、王国の財源と王妃の資産で建てられたらしい。

そして運営資金は生徒からの学費と、貴族からの寄付、そして理事である王妃の出資から成り立っている。



国の財源が運営に充てられていないと言う事は、学園は王妃の個人的な所有物になる筈だ。

つまり王宮で見掛けなかったのは、学園の管理が忙しかったからだろう。

しかし夫が死熱病に伏せっているのに、学園に詰めたままと言うのは何とも薄情な物だと思ってしまう。



アグノスを貰い受けるのだ、一応王は義父、王妃は義母になる。

そんな間柄の相手が義理人情に希薄だと思うと、余り良い気にはなれない。



ふと、そんな事を内心でグダグダ考えている自分を意外に感じた。

以前なら戦や権謀に明け暮れて、こんな事は些細な物だったのだ。

故に殆ど気になどしていなかった。



今は精神的にも、そして自身を取り巻く環境、時間に関しても余裕がある。

余裕からくる憂苦とは、何とも贅沢なものだ・・・そうプリームスは自嘲してしまう。



アグノスが心配そうにプリームスの顔を覗きこんだ。

プリームスが思慮に耽っているのを機嫌が良くないと感じたのかもしれない。


「やはりプリームス様に対する私の気持ちに、疑念を持たれているのですか?」

おずおずとアグノスが問いかけた。



まだそんな事を気にしているのか?!と、逆にプリームスが驚いてしまう。

そしてそれを否定してもしこりが残りそうな気がした。

ならアグノスの気が済むまで喋らせてみるのも手かもしれない。



プリームスは特に表情を作らず、至極普通にアグノスへ告げた。

「アグノスに思う所があるなら口に出して私に伝えてみなさい。否定は絶対しないし、アグノスの事なら何でも受け止めてあげるよ」



するとアグノスはプリームスに伝えたい事がやはりあったようで、急いた様子で話し始めた。

「私の夢に神託が降りたのです・・・見も知らぬプリームス様の姿を確かに夢の中で見ました」



「神託?」

とプリームスは訝しんだが表情には出さない。

アグノスを不安にさせない為だ。



真剣な表情でアグノスは話を続ける。

「時折夢の中に見た事の無い物や人物が現れるのです。しかもそれは現実のようにハッキリとしていて、後々私の前に必ず姿を現しました。まるで私と出会う事が運命だったように・・・」



プリームスはアグノスの説明を聞いていてピンと来る。

今まで出会った者の中に、似たような体験を話す者が幾人か居たのだ。

そしてプリームスはそれを研究し結論まで出していた。



それはプリームスが操る魔法 千里眼アルゴスと類似した物で、悠遠の夢見とプリームスは定義して呼んでいる。

この悠遠の夢見は魔法に属するが、術者が睡眠時に無意識下で発動させる為に、解明したプリームス以外は魔法と認識している者は居ないと思われる。

一般的には予知夢や、アグノスのように神託と解釈してしまっている様だった。



この魔法の特徴は夢の中だけに、千里眼アルゴスのように指定して見通す事は出来ない。

術者へ魔力的に感応する人間や物、そして場所などを無意識に選んで見通してしまうのだ。

恐らくアグノスはプリームスと魔力的に相性が良く感応し合ったのだろう。



また非理論的な話になってしまうが、引き付け合う運命力や因果的な原因も関係しているとプリームスは考えていた。

そうなると神託もあながち間違いでは無いと言えるかもしれない。



詰まる所アグノスは悠遠の夢見で見たプリームスに運命を感じ、生涯の伴侶として認識してしまったのだろう。

これに対しては否定も肯定も出来ないが、本人がそう思ってしまったなら仕方が無い。


プリームスはアグノスへ笑顔を向けて告げた。

「私はその能力を知っている・・・”悠遠の夢見”と言うのだ。そしてその運命のように感じたのも間違いでは無いよ」



それを聞いたアグノスの表情はパァッと明るくなり、

「では私の一目惚れは間違いでは無かったのですね! 運命であり、必然であったと!?」

そうせっつくようにプリームスへ問いかける。



プリームスは頷いた。



するとアグノスは大喜びをしてプリームスに口付けをした。

突然のアグノスの行動に驚いてしまうプリームス。

それから暫くの間、アグノスはプリームスに抱き着いたまま一歩も動く事は無かった。

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