第80話・食卓会議

王宮名物の温泉で湯浴みを済ませた後、食堂へ案内さるプリームス達。



来賓客用に設けられた場所だけに食堂と言えど、権威の誇示による華美さが目立つ。

民から徴収した血税とは何の為に有るのか・・・プリームスはそう問わずにはいられない。



しかしプリームスの所有する国でもなく、自分はただの異邦人なのだ。

ならばとやかく言うべきでは無い。

そう思い粗探しは止める事にした。




食堂には既に先客が居た。


プリームスを見るなり少し固まると、

「また今日も魅惑的な装いだな・・・」

などと困った様に言い放つ。

それはクシフォスだった。



クシフォスの隣には娘にのケラヴノスが席に着き、淡々と食事をとっている。

そしてプリームスに気付くと、こちらも困った様子で顔を赤らめた。

「おはようございます、聖女様。父上の言う通り少し魅惑的過ぎて私には目の毒ですね」



プリームスは苦笑する。

「これは私が自分で見立てた訳では無いぞ」

そう言ってテーブルを見渡した。



片側に10人が軽く席に着ける程のテーブル。

更にテーブル一杯に並べられた料理を見てプリームスは溜息をついた。

「朝から随分と豪勢だな・・・」



苦笑いを浮かべるクシフォス。

「いつもはこれ程豪華では無いと思うぞ。陛下を救った聖女様への対応だろうよ」



侍女達に椅子を引かれ席に着くように無言で促される。

仕方なしにプリームスはクシフォスの正面の席に着いた。

その右隣にアグノス王女が座り、プリームスの左隣にフィエルテ、スキエンティアと続いて席に着く。



昨夜と随分様相が違うプリームスの従者2人。

食事の為、仮面を外した2人にケラヴノスは驚愕する。

あの禍々しい殺気を漂わせていた同じ人物とは思えなかったからだ。



その上、2人とも余りにも美し過ぎた。

圧倒されケラヴノスは暫く呆然としてしまう。



誰でもプリームス達を初めて見た者はこうなる。

自分の娘の状態を見たクシフォスは、至極納得しつつも溜息をついた。

それは娘が常識人で有るのが嬉しくも、少しだけ残念さを感じた溜息でもある。



プリームスは食前酒のワインを一口だけ飲み喉を潤すとクシフォスへ言った。

「クシフォス殿、軍の方は上手く掌握出来たようだな」



クシフォスは頷くと苦笑いをする。

「まぁな、だがプリームス殿がポリティークの謀反を未然に防いでくれたからな・・・出番が無かった」



漸く我に返ったケラヴノスがプリームスへ頭を下げた。

「昨夜は陛下の寝所に向かえず、申し訳ありませんでした。ポリティークの投獄に手間取りまして・・・」



「気にする事は無い。少し心配していたのだが、問題は無かったのだね?」

そうプリームスが問い返す。



すると少し疲れたような表情でケラヴノスは答えた。

「はい、ポリティークが身の危険を感じて、安全な場所へ投獄しろと暴れただけです」



「フッ」と鼻で笑うクシフォスは、

「国王陛下を死熱病で暗殺しようとしたのだ。どのみち極刑と言うのにポリティークは命の心配をしてるのか?」

と少し呆れたように言った。



ケラヴノスは少し思考するような仕草で食事の手を止める。

「随分怯えていました。あれが南方諸国最高の魔術師だったと思うと・・・哀れで仕方ないですね。只、聖女様の言うように隣国セルウスレーグヌムの宰相と繋がって、国王陛下の暗殺を企てたなら・・・」



クシフォスも腕を組み考え込んだ。

「口封じに直ぐにでもポリティークが消される可能性が有る訳か。だがポリティークの謀反が阻止されたと隣国に伝わらなければ問題無かろう? それを利用して泳がせることも出来よう?」



脳筋のクシフォスにしては珍しい発言でプリームスは少し感心する。

「ほほう、クシフォス殿らしからぬ権謀的な言い様だな。だがそれは難しいと思うぞ」



褒められたのか馬鹿にされたのか、微妙な気持ちになるクシフォス。

しかしプリームスの発言に訝しむ方が勝ったようだ。

「むむむ? どうしてだ? セルウスレーグヌムの宰相・・・いや時期国王アンビティオーの今後の動きを探る事は出来ないか?」



娘のケラヴノスも同じ意見のようで、興味津々にプリームスの説明を待っている。

この親子は死神の存在を知っている筈なのに、失念しているのだろうか?

やはり武人肌と言うかはかりごとは苦手のようだ。



プリームスは食事を進めたいが諦めてナイフとフォークを置き説明し始める。

「隣国の宰相アンビティオーとこの国の宰相代行ポリティークは、どうやって繋がっていた? クシフォス殿なら分かっているとは思うが、私の”移動手段”に匹敵する足が軽い奴がいるだろう?」



首を傾げるクシフォス。

それを見てプリームスは、『駄目だこいつは・・・』と内心でぼやいた。

しかし娘のケラヴノスは気付いたようだ。

「ひょっとして昨夜、聖女様が言っておられた仲介役・・・死神アポラウシウスの事ですか?」



「うむ、死神とはボレアースで偶然一戦交えてな・・・。逃がしてしまい再度寝込みを襲われたんだが、それが1日後のポサダだった。変だと思わんか?」

とプリームスは説明した後ケラヴノスへ問いかけた。



クシフォスは思い出したように今更言い放つ。

「あ~、アポラウシウスか!」

一方ケラヴノスは思考つつ独り言のように呟く。

「ボレアースからポサダは50km程有ります。それに最短の経路でも悪路ですので3日はかかりますよ。なのに1日後とは・・・」



するとプリームスの隣で静かに食事をしていたアグノスが言った。

「あの死神アポラウシウスと一戦交えて無事とは、流石プリームス様ですね」

規格外の存在であるプリームスに対して、アグノスは余り驚かなくなってしまったようだ。



クシフォスが苦笑する。

「いや、確かにそうなんだが、そこじゃないだろ・・・」



同じく苦笑するケラヴノス。

「はい、一日でボレアースからポサダに移動出来た死神と聖女様に驚きですよ。やはり相当に高度な魔術を使われるのですね? 宮廷魔術師のポリティークを簡単にあしらわれていましたし」



プリームスは「う~ん」と唸る。

そして少しとぼけた仕草で答えた。

「詳しい事は話せんが、死神アポラウシウスも私に近い手段で長距離を瞬時に移動できるようだ。ならば黒幕と思われる隣国の宰相、アンビティオーには筒抜けと考えるべきだろう?」



「困りましたね、こうなると対応されてしまうでしょう。それに聖女様の活躍でこの王都での謀略は阻止出来ましたが、肝心のその目的が分かりません。国王陛下を暗殺して何をしようとしていたのか・・・?」

とケラヴノスは一人、思考の沼にはまってしまったようだった。



更に追い打ちをかける様にプリームスは言い放つ。

「私からすれば他人事ゆえどうでも良いが・・・。国政の事を考えれば、卿らの抱える問題はそれだけでは無いだろう?」



そうプリームスに言われて嫌な表情を浮かべるのは、王女のアグノスでは無く軍を統括するクシフォスとケラヴノスの親子であった。

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