第79話・朝の身支度
「誰が拗ね気味ですって?」
プリームスの背後から聞き覚えがある声がそう言った。
慌ててプリームスが振り返ると、美しい燃えるような赤髪のスキエンティアが全裸で仁王立ちしていたのだ。
その後ろには同じく全裸で苦笑いをしたフィエルテが立っている。
プリームスは気まずそうな顔をしてアグノスに紹介した。
「この髪の赤いのがスキエンティアだ。そして後ろのがフィエルテ・・・どちらも私の従者であり身内だ」
2人の余りの美しさにアグノスは見惚れてしまう。
プリームスも妖精のような絶世の美少女であるが、このスキエンティアと言う従者も相当な麗人だ。
見惚れてしまうのは仕方が無いだろう。
それにどこかプリームスと面影が重なるような感じがして、アグノスは見入ってしまったのも理由である。
そしてフィエルテと言う女性も美しい。
黄金に輝くような髪としなやかで引き締まった身体が、アグノスの目を釘付けにした。
非常に整った容姿と醸し出す気品は、まるでどこかの王族のようだとアグノスは感じてしまう。
スキエンティアとフィエルテは、アグノスに軽く会釈をすると温泉に身を浸す。
「失礼いたしますね、アグノス姫」
と落ち着いた様子でフィエルテは言った。
一方スキエンティアは、プリームスをジッと見つめた後にアグノスを見やった。
「私の主が昨夜お世話になったようで」
そう抑揚のない語調で告げる。
『怒ってる・・・スキエンティアが怒ってる・・・』
プリームスは居た堪れない気持ちになり、口元まで湯に浸かると状況を見守る事しか出来なかった。
何とも情けない主である。
アグノスはスキエンティアに少し気圧されてしまう。
そして何だか不味い雰囲気だと察し、取り繕うように答えた。
「いえいえ、私がプリームス様に一緒に居て戴けるよう無理を言ったので、ですから御世話をして頂いたのは私の方です」
再びプリームスをジッと見つめるスキエンティア。
「その割には随分と主が可愛がられたようにみえますがね」
湯にのぼせた訳でも無いのに顔が真っ赤になるアグノス。
「・・・・・」
すると見かねたのかフィエルテが助け舟を出した。
「まぁまぁ良いではありませんか師匠。プリームス様は無理強いされる事を甘受される方ではありませんし。同意の上では仕方無い事でしょう・・・我々がとやかく言う権利は無いですから」
「権利は無くても義理はあります!」
そう言った後、スキエンティアは諦めたように溜息をつく。
そしてプリームスの傍まで移動すると、その手を優しくとって呟いた。
「美しいお身体が台無しです・・・」
そう寂しそうに言った。
「すまんすまん、そう怒るな。以後気を付けるゆえ」
苦笑いしつつプリームスはスキエンティアへ告げる。
更にスキエンティアに笑顔を向けると、
「今夜はお前に夜伽を頼むから、それで機嫌を直してくれ」
などど言いだす。
他人事だが、それを聞いたアグノスの顔が更に真っ赤になった。
スキエンティアも少し顔を赤らめると照れたようにそっぽを向いてしまう。
フィエルテはそんな”身内”のやり取りを見て苦笑する他ない。
更にこの国の姫が、王宮から飛び出そうとしないか心配になってしまう。
プリームスの魅力に捕らわれれば抗うのは容易では無いからだ。
そしてこれから先、プリームスの魅力と人徳に突き動かされ、良いも悪いも虫が集まるに違いないだろう。
そうなった時、果たして自分はお役に立てるのかフィエルテは不安になってしまうのだ。
『私如きが気を揉んでも詮無い事か・・・』
フィエルテはグダグダと考える事は止め、今はこの状況を楽しむ事にした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
湯浴みを済ませて身なりを整えるプリームス達。
アグノス王女は簡素な意匠だが、藍色の布地に黒の刺繍が美しく施されたワンピース型のドレスを身に纏う。
スカートの裾が
装飾品は余り好きでは無いようで殆ど身に着けないようだ。
スキエンティアとフィエルテは、身なりを揃える事にした。
プリームスの収納魔道具に納めていた物で、この辺りの気候や動き易さを考えて選ぶ。
下は黒のショートパンツと少し踵の高さが有る黒のショートブーツ。
プリームスの趣向なのか生脚のままだ。
上は肩と胸元が露出するショートパンツと対になる黒のベストを着させる。
上下ともかなり身体に密着したような衣装なので随分と魅惑的だ。
このままでは少し心許無いので2人に、踝程の長さが有るケープを手渡す。
気候に合わせて折角涼し気にしたが、暑苦しいケープを着てしまうと台無しである。
しかしこのケープは魔法の品で、超極薄の黒のレース布地で編み込まれており、何故か程よく冷たい冷気を放出していた。
身に着けたフィエルテが驚く。
「何でしょうか、凄く涼しいですね。こんなケープは初めて見ました、透け透けで少し恥ずかしいですけど・・・」
するとプリームスが自慢げに答える。
「その素材の糸は氷龍の外皮でな、私が錬金術で加工形成した。それを職人に織らせて作った物だ」
アグノスに2人の帯剣許可を取り、プリームスの従者らしい様相が完成する。
まあかなり官能的になってしまったが・・・。
日中の気温が割と高いこの地域で、スキエンティアとフィエルテに暑苦しい恰好をさせるのは可哀そうなので仕方無い。
最後に簡素な黒い仮面を2人に手渡しプリームスは小声で告げた。
「フィエルテは隣国の元王女だ。ここで顔を見知っている者も居るかもしれん、無用な揉め事を起こさない為にもフィエルテは着けておけ。スキエンティアには悪いが従者として合わせて貰うぞ」
小さく頷くスキエンティアとフィエルテ。
一方プリームスの出で立ちは、アグノスと似たような裾が踝迄あるワンピースドレスだ。
ただ昨日着ていた物と同じ意匠で、透け透けの白のレース布地である。
黒い下着が透けて見える為、かなり扇情的になってしまった。
しかし全てが真っ白なプリームスの様相ゆえ、神秘性が増しまるで天使のように見えてしまう。
この見立てはスキエンティアである。
そして自信満々にプリームスへ言い放つスキエンティア。
「ボレアースの聖女と呼ばれ、この国の国王をも病から救ったのです。ここは開幕から見た目で圧倒しましょう!」
プリームスは項垂れ、口に出さず内心で突っ込んでしまった。
『誰を圧倒するんだよ・・・』
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