第69話・軍司令代行 ケラヴノス(1)
後方にいたフィートを庇うように、メルセナリオが衛兵の前に立ち塞がった。
すると20人にも及ぶ武装した兵が、メルセナリオを前に戸惑うように足を止める。
それは傭兵ギルドのマスターであり、南方諸国に傭兵王の名を轟かす存在だからだ。
しかもその2.5mはあろう巨躯が、対峙した者を圧倒してしまうのだ。
一方プリームスが居る玉座に近い前方は、完全武装した近衛騎士20人に取り囲まれている。
しかしこちらも禍々しく異様な黒き従者2人に、攻めあぐねている様子だ。
ポリティークが苛立ちを露わにして叱責する。
「何をしている! 早く捕らえよ!」
意を決した騎士達5人が丸腰のスキエンティアに襲いかかった。
抜き身のロングソードを手にした大の男が、丸腰の人間1人襲い掛かるのだ。
騎士道のへったくれも無い。
しかしその5本の刃はスキエンティアの肉体に到達するどころか、そのマントにも掠ることも無かった。
何と5人の騎士たちが握っていたロングソードの刃が根元から消失してしまったのだ。
消失とは語弊があった。
正しくは剣の根元から刃のみが鋭利な何かに切断されている。
そしてその振るわれる術を失い切断された刃は、鈍い金属音を立てて豪奢な絨毯の上に転がっていた。
何が起こったのか理解できなかった5人の騎士達。
そうして黒く禍々しい姿のスキエンティアを呆然と見つめる。
その手には有る筈の無い剣が握られていた。
その様子を驚愕した様子で見つめるポリティーク。
武装の有無確認をすり抜けた事は一先ず置いておくとして、一瞬で5人の騎士の剣を使用不能にしたその神技に驚かされたのだ。
武器を失った騎士は形振り構わず盾を構え、5人で一斉にスキエンティアを取り押さえようと躍りかかる。
だがスキエンティアは殆どその場から動く事無く、5人の騎士を無力化してしまった。
5人ともスキエンティアに肉薄した瞬間に崩れる様に、その場へ転倒したのだ。
転倒した5人の騎士達から呻き声が上がる。
よく見れば地に伏せた騎士達の両太腿から血がしたたり落ちていた。
その傷口は鎧を貫通する程の突き穴が開いており、それは一瞬にしてスキエンティアが剣による突きで穿ったものであった。
スキエンティアに対峙していた残りの5人の騎士は、完全に戦意を失ったのか後ずさりして行く。
プリームスは王女の傍に立つポリティークへ言い放った。
「無駄な事はするな。怪我人が増えるだけだぞ」
スキエンティアの逆に位置し、残りの10人の騎士と対峙していたフィエルテは不気味に小さい笑い声をあげる。
「フフフフ・・・」
そして持っている筈のないロングソード二本を、マントの間からチラつかせた。
「私は優しくは無いぞ・・・腕や足が斬り飛ばされても文句は言わないでおくれよ」
低く不気味なフィエルテの声だった。
その様相と不気味な言い回しに、フィエルテに対峙していた騎士10名は一瞬で竦み上がり逃げ出すと壁に背を預けた。
もうその手には武器など握られてはいなかった。
プリームスは込み上げる笑いを堪えるのに必死だ。
『おいおい、上手いじゃないかフィエルテの奴! それに何だあの言い回しは・・・ププッ』
後方の衛兵達はメルセナリオが威圧し抑え込んでいる。
更にプリームスとその従者2人を取り囲んでいた20人の騎士は、最早使い物にならなかった。
手詰まりになりポリティークの心が折れかけた時、謁見の間に凛と響き渡る声がした。
「何事か!? この夜中に謁見の間で騒がしい・・・」
その声の主はポリティークの後方から姿を現す。
謁見される側が使う通用口から、この謁見の間へ入って来たのだ。
ポリティークはその人物を見やり呟く。
「ケラヴノス軍司令代行・・・」
突如現れたその人物は騎士鎧では無く、厳かなサーコートを身に纏った美しい女性であった。
艶やかな長い黒髪を綺麗に編み上げ、邪魔にならぬように纏めている。
そしてその腰には扱い易そうなロングソードが下げられていた。
ケラヴノスはポリティークの傍まで来ると、
「宰相代行、王女殿下の御前でこのような荒事とは何事か?」
そう眼前の状況を見て言い放った。
「そこにいる白き髪の少女を捕らえようとしたが抵抗されたのだ。この者達は国王陛下の病に何か関係を持っている。早く捕らえて尋問せねば、大変な事になるぞ!」
とポリティークはケラヴノスへ捲し立てる。
するとケラヴノスは徐に壁に飾りかけられていた槍を手に取った。
「見たところ周囲の者がかなりの手練れのようだな・・・」
そう言ってプリームスへ視線を向ける。
次の瞬間、凄まじい速度でプリームスに向け槍を投げつけたのだ。
余りの速さと挙動の無さにフィエルテは対応できず、その場に立ちすくんでしまった。
「!!?」
鈍い金属音が謁見の間に響き渡る。
そしてプリームスに直撃する筈だった槍は床に跳ね飛び、最後には豪奢な絨毯の上で音も動きも失ってしまった。
しかしそれでは終わらない。
剣を抜き放ったケラヴノスがプリームスに肉薄していたのだ。
しかもその抜き放たれた剣は、プリームスの頭頂から縦に斬り裂こう至近に迫っていた。
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