第70話・軍司令代行 ケラヴノス(2)
ケラヴノスが放った槍は、プリームスの魔法障壁に意図も容易く防がれてしまう。
何故防がれたのか?
ケラヴノスは理解出来なかったが、元々当てるつもりは無かった。
プリームスの動きを制し出鼻を挫く為に槍を投げたのだから。
故にケラヴノスは気にせず次の動作に移っていた。
一瞬でプリームスに肉薄し、頭頂から切り裂こうと抜き放った剣を振り下ろす。
するとプリームスは丸腰で無防備にも拘わらず、無造作に前へ踏み込んだ。
そしてそれと同時に無造作に差し出された左腕、そして左手の人差し指。
次の刹那、ケラヴノスの剣は力なく失速する。
その為、剣はプリームスに到達する事無く、力を失ったかのようにケラヴノスの右手に握られたままユラユラと宙で揺れた。
周囲の者は何が起こったか全く把握出来ていなかった。
時機的にも完全にケラヴノスの刃がプリームスに直撃していた筈。
だが結果は真逆。
プリームスが何をしたのか、どうやってケラヴノスの一閃を凌いだかは誰も”目”で捉える事はできなかったのだ。
2人を除いて・・・。
メルセナリオは辛うじてプリームスの動きを目で追う事が出来た。
そして完全に把握し理解出来ていたのはスキエンティアのみであった。
プリームスはケラヴノスの斬り込みの起こりを完全に把握し、緩やかで無造作な動きを事前に置いて制してしまったのだ。
詰まりケラヴノスが剣を振り上げ肉薄した時には、プリームスの対応は完成しており只単に近寄った形になりさがってしまう。
プリームスのこの動きの極意は、無造作に差し出された人差し指にあった。
事前に差し出された左の人差し指が、ケラヴノスの右の二の腕に直撃していたのだ。
それは腕の急所を突かれた事により、剣を正確に振り下ろす精度も力も失わされていたのだった。
『いつ見てもお見事です。私には素手であのような真似は出来ませんね・・・』
と内心でスキエンティアは感心してしまう。
そして口に出してプリームスに伝えれば調子に乗ってしまうので、黙っておこうとほくそ笑む。
一番驚愕したのはフィエルテだったかもしれない。
スキエンティアから自身より主であるプリームスの方が強いと聞かされていたが、にわかには信じ難かったからだ。
そうしてこれらの各々の思いは一瞬でしかなかった。
その一瞬の隙と間隙をプリームスは何もせずに居た。
故にケラヴノスは体勢を整えてしまう。
力が入らない右手から左手へ剣を持ち替えたのだ。
更に追撃をして来ないプリームスへケラヴノスが払い斬りを放つ。
しかしその斬撃は空を切った。
確かにそこにプリームスが居た筈なのに。
「なっ!?」
まるで幻影の魔術でもかけられたかの様な状態に陥り、ケラヴノスは驚愕の余りに声が漏れる。
しかもプリームスはいつの間にか間合いから外れ、ケラヴノスの左背後に回り込んでいた。
この時、ケラヴノスは確信する。
こちらの動きを読み切り、更に挙動の起こりを完全に見切られている。
こんな儚げで年端もいかない美しい少女が、武術を極めた達人の様な動きをするのだ。
信じ難かったが、実力差は火を見るより明らかだった。
これ程の人物を何故ポリティークは捕らえようとするのか?
それにこの人物から悪意も敵意も、そして殺気さえ感じないのだ。
『何かの手違いで、このような騒動になっているのではないか?』
そうケラヴノスの脳裏に思いがよぎる。
そのケラヴノスの一瞬の逡巡を突くように、プリームスが静かに言い放った。
「卿の父であるクシフォス殿とは既知だ。相対すべき相手を見誤るな」
ケラヴノスは、プリームスの言葉で更に混乱を増した。
『父上と知り合いだと?! 何故今、それを私に伝える?
辺りを見渡すケラヴノス。
プリームスは身動きせず静かに佇むのみ。
そしてこの場にメルセナリオが居る事に気付く。
違和感を感じた。
国王陛下に比肩する立場にある傭兵ギルドのマスターが、謁見の間に居る・・・あり得ない事なのだ。
外部の人間でありながら王国議会の議席と決裁権を持ち、王宮への出入りも自由に許されている。
王宮内の要人に会いたければ、謁見の間など通さず直接会えば良いのだ。
何から何まで違和感ばかり。
確かめるべきか・・・。
ケラヴノスはポリティークに問いただした。
「宰相代行。謁見の間に呼び寄せておいて捕らえようとするとは、道理が合わんように思えるが?」
ポリティークは澄ました表情で答える。
「先程も申したが、陛下の病に深く関与している疑惑がある。捕らえて取り調べるだけの事だ。何を躊躇う?」
するとメルセナリオが叫ぶように言い放った。
「その青二才は、プリームス殿を初めから捕らえるつもりだったようだぞ! 何だかんだ言い掛かり付けてな」
そしてアグノス王女も同調するように続く。
「ポリティーク・・・強引に過ぎます。父上を救える可能性がある聖女様を捕らえて尋問などと・・・」
その王女の言葉でポリティークの表情が激しく変化した。
冷静さを装っていた澄ました顔が一気に青ざめたのだ。
ケラヴノスは王女が口にした言葉を訝しむ。
「聖女? この少女の事か? ポリティーク宰相代行、詳しく話を聴かせてもらおうか」
元より武力での形勢はプリームス達が優っていた。
しかし今は、疑惑と言う意味でもプリームス達に形勢が傾いたようだった。
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