第55話・武神 対 死神(2)

クシフォス・レクスデクシア大公爵。

またの名を"武神クシフォス"と呼ばれる。



15年前に終結した南部戦争で無類の強さと戦果を見せ、南方諸国だけでなく東方、西方にもその名を知らしめた為そう呼ばれるようになった。



有名な逸話はボレアース攻防戦で侵攻してきた敵軍に対し、防衛せず少数精鋭で打って出た時の事だ。


クシフォスは陣頭に立って暴れまわり、一人で千人の敵兵を蹴散らしてしまう。

そして敵軍の前衛は壊滅してしまい町への侵攻を断念せざるを得なくさせてしまったのだ。



他にも武闘大会で貴賓として呼ばれたにも拘らず、模範試合に飛び入りをして優勝者をボコボコにしてしまったり・・・。


辺境の町で暴れ回っていたドラゴンを、一人で駆除してしまうなど武勇伝に事欠かないのだ。



そのような相手と対峙する羽目になったアポラウシウス。

警戒しない訳にはいかない。



クシフォスは悠然とアポラウシウスに向かって、しかも無手で接近する。

無防備ゆえ、更に警戒を強めるアポラウシウス。


『丸腰で私に歩み寄るなど自殺行為。しかし何だ? この違和感は・・・』

アポラウシウスはクシフォスに、プリームスと初めて対峙した時の感覚を思い出した。



至近となり互いの攻撃が届く距離だ。

堪らずアポラウシウスは神速の居合をクシフォスへ放つ。

二人の対峙を見守っていたフィエルテには、アポラウシウスの動きの起こりを見る事は出来なかった。



しかしクシフォスは慌てた様子も無く、アポラウシウスが鞘から刀身を抜き切る前に、無造作に出した左手で抑え込んでしまう。

驚愕したように仮面のしたの目が見開かれた。



そして居合斬りを放とうした剣の柄をクシフォスは抑え込んだまま、今度は無造作に右手をアポラウシウスの眼前に掲げる。



「!」

咄嗟に危険を察知したアポラウシウスは、クシフォスへ蹴りを放ち、その反動で後方へ距離をとった。


一方クシフォスは、アポラウシウスの蹴りを左手で防御し微動だにしていない。



眼下で起こる二人の一合に、フィエルテは唖然としてしまう。

クシフォスの強さはよく知っているが、まさかアポラウシウスの攻撃の起こりを、素手で制するなど予想出来なかったからだ。



この時自分の誇りが傷付けられたなどと思うのは、未熟な証拠だとフィエルテは思い知る。

そして眼下で行われる恐らく地上最強級の戦いを見逃すまいと目を見張った。



アポラウシウスはクシフォスから10m程の距離を置くと、

「流石ですね・・・武神の名は伊達では無い」

そう言って腰の剣を抜き放つ。



するとクシフォスは嬉しそうな顔で言った。

「久々に本気で戦える相手だ。もう少しゆっくりしていってくれよ」



再びクシフォスがアポラウシウスへ歩み進んだ。

それに呼応するかの様にアポラウシウスも前へ踏み込む。


次の瞬間、一瞬でクシフォスの間合いに到達するアポラウシウス。

更にその右手の剣は、下段から上へ跳ね上がるように斬り上げられたいた。



フィエルテはクシフォスが斬られたと思い顔をしかめる。

しかしそうはならなかった。



何と次は足の裏、つまり靴底でクシフォスはアポラウシウスの下段からの斬り上げを防いでしまったのだ。

金属と金属が衝突する音が周囲に響く。


それはクシフォスの履くブーツの底が、馬の蹄鉄のように鉄板が仕込まれていたからだ。

再び目を見張るアポラウシウス。


フィエルテもクシフォスの余りも高過ぎる防御技術と反応速度に、驚きを通り越して呆れてしまった。



そしてそのアポラウシウスの一瞬の隙をクシフォスは見逃さなかった。



何気なくかざされたクシフォスの右手には、小さな巾着袋が握られている。


『いつのまに?!』

とアポラウシウスが気付く。

しかし遅かった。


気付くと同時にその巾着袋の中身が、アポラウシウスの目の前で撒き散らされたのだ。

既に陽が落ちてしまった為、何か粉のような物だとしか判別出来ない。



だが効果は抜群であった。

その粉を吸い込んでしまった為か、アポラウシウスは咳き込みと目が開けていられない程の痛みに襲われる。



「ぬぐっ!?」

アポラウシウスは慌てて後方に距離をとりクシフォスから離れた。



「ぐお! ぶぇっくしょいっ!!」

野太い声と野太いクシャミが周囲に響き渡った。



「クシフォス様! 大丈夫ですか!?」

何だか色々ビックリしたフィエルテは、取り敢えずクシフォスへ安否を確認する。



「ぐ・・・ぐへ・・・だ、大丈夫だ。奴は何処へ行った?」

大丈夫では無い様子で答えるクシフォス。



フィエルテは裏道を見渡すが、アポラウシウスの姿は確認出来なかった。

逃げられたのだ。



残念そうにフィエルテは答える。

「クシフォス様が咳き込んで、クシャミをしている間に逃げてしまったようですよ」



「ぶぇっくしょいっ! ぬう、失敗したか・・・」

とクシフォスは項垂れて呟いた。



その時突然、クシフォスの背後から声がした。

「何をやっているんですか・・・こんな所で騒がしくしては近所迷惑ですよ」



それはスキエンティアであった。



「師匠! もう少し早く戻れなかったのですか?」

とフィエルテは少し怒ったようにスキエンティアへ告げる。



頭を掻きながら困り顔のスキエンティアは言った。

「そう言われましてもね、ここから暫く離れて欲しいと言ったのはクシフォス殿ですし」


更に意地悪な表情を浮かべて続ける。

「想定通りには行きませんでしたか?」



バツが悪そうに何も答えず、ハンカチを取り出し目を拭い、鼻をかみだすクシフォス。



この後フィエルテは、事の転末を説明するのだが・・・結果、クシフォスが馬鹿な事をしたのがバレたのは言うまでもない・・・。

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