第54話・武神 対 死神(1)

「プリームス様から離れよ!」

フィエルテが静かだが強い語調で言い放った。



アポラウシウスは素直に、フィエルテの指示に従うようベッドから離れ、

「確かに眠らせた筈なのですが・・・」

と不思議そうに言う。



フィエルテは警戒を解かず、ショートソードを構えたままアポラウシウスを見据える。

「自分の行為が常に絶対だと思わぬ事だな」



そしてゆっくりと立ち上がるフィエルテの太ももには、小さな短剣が突き刺さっていた。


感心するアポラウシウス。

「成る程・・・咄嗟に自らを傷付け、その痛みで昏倒するのを防いだ訳ですか」



太ももに刺さった短剣をフィエルテは引き抜くと、その痛みなど気にした風も無くアポラウシウスに問いかけた。

「貴様、その様相・・・死神か?」



それを聞いたアポラウシウスは恭しくお辞儀をする。

「私をご存知で! これは恐れ多い事ですね」

仮面でその表情は窺い知れないが、少し楽しそうな声で答えた。



フィエルテはショートソードを構えた状態のままだ。

しかし死神アポラウシウスは腰に下げた剣を引き抜く事無くまるで無防備。

『舐められたものだ』

そうフィエルテは自嘲した。



そう言っても実力差は明白。

プリームス曰く、死神アポラウシウスの実力は師であるスキエンティアに匹敵するのだ。


スキエンティアに子供扱いされるフィエルテが、アポラウシウス相手に戦える訳が無かった。

しかもプリームスを守りながらなら尚更だ。



ならば盤外戦で時間を稼ぐしか無いとフィエルテは腹をくくる。

「かの悪名高い死神アポラウシウスが何の用だ?」



アポラウシウスはとぼけた仕草で答えた。

「知っている魔力を感じましたので、確かめに来ただけですよ」


そして逆に問い返す。

「それよりもセルウスレーグヌムの王女が何故ここに? 失礼、元王女でしたね」



逡巡するフィエルテ。

本国には自分に成り代わって、影武者が王女を演じている筈だ。

そんな状況でフィエルテが生きている事を知られれば、スキエンティアが言ったように不味い事になる。



宰相は国を乗っ取る為、偽の王女と結婚し王位を継ぐつもりなのだから。

そうなると再びフィエルテは命を狙われ、その煽りがプリームスへと及んでしまう。



『何とかプリームス様との関係を誤魔化さなければ・・・』

そうフィエルテが考えた時、アポラウシウスは拍子抜けするような事を言った。

「まぁ私にはどうでも良い事ですがね。今の貴女には興味が湧きませんし」



杞憂だった自分の考えにホッとし、それと同時に自尊心を傷付けられたフィエルテは心が複雑な感情で支配されてしまう。


『己を尊ばねば成長は止まり、かと言って慢心しても成長を阻害する』

だが自分の事を冷静に分析する程度には、自身を俯瞰で見ることが出来ていた。

今は自身の成長よりも、主であるプリームスを守る事が最優先だ。



「ならば去れ! もうここには用などないだろう?」

そう死神へ言い放つフィエルテ。



アポラウシウスは少し思考するように仮面の口元へ片手を置く。

「そうですね~本当はプリームス様とお話がしたかったのでけど・・・ここに居る理由、ここから何処へ向かうのかとかね」



そして踵を返すとアポラウシウスは窓の方へ歩き出した。

「それから貴女が何故、プリームス様と一緒に居るのかも気になる所です。まあ、それは追々分かる事か」



そのままアポラウシウスは、窓から身投げをするようにフィエルテの前から姿を消す。



しかし、アポラウスウスの気配は消える事が無かった。

訝し気に思いフィエルテは確認する為、窓へ駆け寄り眼下を見渡す。

「!」



すっかり陽が落ちてしまい辺りは暗くなり始めていた。

フィエルテが見下ろした先のその場所は、宿の裏側になり横幅が2m程度の細い裏道になっている。

街頭も殆ど無く建物の影のせいで、道は非常に暗い。



その細い裏道で対峙する2人の姿が有った。

クシフォスとアポラウシウスがお互い警戒するように、6m程の距離を保って見据え合っている。



アポラウシウスは呟くように言った。

「ふ~む、ハメられましたか・・・」



するとそれに答えるようクシフォスが、

「プリームス殿がな、お前が来るかもしれんと言っていた。それでスキエンティア殿にワザと離れて貰った訳だが・・・近くにいるのが俺だと思い油断したな?」

ニヤリと笑みを浮かべて言う。


だがクシフォスは丸腰で武器らしいものは携帯していない。



困った様子でアポラウスウスが言う。

「見逃してもらえませんかね? こう見えて私も忙しい身でして・・・」



クシフォスは力強く1歩だけアポラウシウスへ向けて踏み込んだ。

「そう言うな。訊きたい事が有るからな、ゆっくりして行けや!」



警戒していたアポラウシウスの様子が臨戦態勢へと変わる。

フィエルテには見せなかったアポラウシウスの行動。

その手が腰に携帯した剣の柄に触れたのだ。



フィエルテは息を呑んだ。

眼下で南方諸国最強と言われる武神クシフォスと、最凶最悪と言われる死神アポラウスウスの戦いが始まろうとしていたのだから。

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