第32話・逃げたいピエロと欲深な美少女

プリームスは魔力の連続使用により疲労が溜まっていた。


それは目前に自身を捕らえようとする道化師が居ると言うのに、今にも目眩でしゃがみ込みそうになる程だ。



町に出払っているスキエンティアが戻れば簡単に覆るこの状況。

しかしいつ戻るか分からないモノを当てには出来なかった。



だが思ったより状況は良かったようだ。

アポラウシウスは不利と見たか取引を持ち掛けて来たのだ。


剣を鞘に納めると、

「プリームス様、何か1つだけお答えしますので見逃して頂けませんか?」

などと言い出した。



しめしめと思うプリームス。

もう一押しすれば更に情報を引き出せるのでは?と、欲が出てしまう。



朦朧としかける意識を強引に繋ぎ止め、プリームスは澄ました顔で言い放った。

「お前の命がかかっていると言うのに、1つとはケチ臭い事だな。直ぐにでも捻り潰してやろうか?」



それを聞いたアポラウシウスは、慌てた様子で両手を前に出して無抵抗を装う。

「ご勘弁を! では出来うる範囲でお答えしましょう・・・」



内心でほくそ笑むプリームス。

『ハッタリが通じた・・・思ったより簡単な奴だなこいつ』


そしてよろめかないように踏ん張ると、早々2点の事を問うた。

「アポラウシウスと言ったな・・・貴様は何者だ? 何を生業としている? それに貴様がこの町に死の熱病を持ち込んだのか?」



するとアポラウシウスは溜息をつき、諦めた様に答える。

「私は只の請負人ですよ。見合う金額さえ頂ければ、どのような仕事でも致します。ですが、私が楽しめる物でなければなりません」


それから恭しく一礼して続けた。

「プリームス様もご依頼くだされば、格安でお受けいたしますよ。貴女程の方の依頼となると、きっと楽しめるに違いないでしょうし」

などど言い出した。



プリームスは嫌そうに片手を振って拒否を示す。

「訊いてもいない事を抜け抜けと喋るな。それよりも2点目の質問に答えよ」



「はぁ・・・」と気が抜けるような返事をするアポラウシウス。

本気で依頼の話を振ってきたのだろうか、とプリームスは呆れてしまう。



「必ず死に至る熱病・・・貴女は”死熱病”と呼んでいるとか。確かにその死熱病の伝染源は私がこの町に放ちました」

そうアッサリとアポラウシウスは肯定した。



「依頼主は誰だ?」

プリームスはレイピアの切っ先をアポラウシウスに向ける。



「・・・・・・」

アポラウシウスは逡巡するように口を閉ざした。

そして小さく笑い出した後、感心した様子で告げる。

「お上手ですね、誘導尋問ですか・・・。私の生業を訊き、この件に私以外の者が関わっている事を洞察するとは・・・ウッカリ答えそうになりましたよ」



その時、プリームスの意識に一瞬だが綻びが顔を出した。

ほんの一瞬だ。

1秒にも満たない時間、意識が疲労により暗転してしまったのだ。

更にそのほんの少しの時間、身体が弛緩して屋根から足を滑らせてしまう。



アポラウシウスはそれを見逃さなかった。

瞬時に後方へ跳躍し、屋根から姿を消してしまったのだ。



一方プリームスは足を滑らせたものの屋根から落ちるような事は無く、膝を着きその場に留まっていた。

そして本当に疲れてしまって溜息が漏れる。



すると小さいが良く通るアポラウシウスの声が何処から聞こえた。

「お疲れの様ですね。私にとっては運が良かったと言うべきでしょう。次にお会い出来る時は、敵対する立場で無いことを祈るばかりです」



それから全くアポラウシウスの声は聞こえなくなり、気配も完全に消え失せてしまった。

取り逃がしたのだ。

欲を言わなければ、プリームスの身が無事に済んだと言うべきかもしれない。



何にしろこれで、死熱病が何者かの意図によって仕組まれた事がハッキリしたのだ。

収穫と言っていいだろう。

しかし事の経緯を知れば、スキエンティア辺りが心配して怒ってしまうに違いなかった。



星のきらめく夜空を見上げるプリームスは、表情を曇らせる。

夜空はこんなに綺麗なのに・・・。

その心は今後の展開を想い、憂鬱と言う暗雲が立ち込めるのであった。

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