第27話・それは天使か聖女か

プリームスとスキエンティアは、診療所で朝を迎える事となった。



気が付けば朝だったので、無防備な自分に驚いてしまうプリームス。

しかもスキエンティアまで一緒に朝まで眠りこけていたのだから・・・。



以前の世界では考えられない事だ。

それだけこの地が平和でのどかなのだろう。



朝には死熱病の患者達は、高熱もすっかり引いて一人で動き回れるくらいに回復をしていた。

そしてプリームスが投薬した薬を訝しんでいた診療所の医師も、これには驚いた様子だった。



診療所の医師と看護人達や患者達に、プリームスは頭を下げてお礼を言われる。



プリームスはお礼を言われる為に治療した訳では無いので困ってしまった。

「私は治療の術を持っていたから、そうしたまでだ。礼なら私に協力を頼んだクシフォス殿に言うといい」

そうプリームスは診療所に居た面々に告げた。




昼頃には、そんなプリームスの噂が町中に広まってしまう。


"突然診療所に現れた美女が、死を目前としていた患者達を一夜で治してしまった"


"その美女は全てが真っ白で、まるで妖精か天使のようだった"


"混沌の森で遭難したレクスデクシア大公を救いだしたらしい"


"何も見返り求め無い上、礼さえも受け取らない。まるで聖女だ"


こんな噂が広まったものだから、診療所は大変な事になった。

患者の経過観察中だったプリームスの元へ、多くの野次馬が集まってしまったのだ。



絶世の美女、又は天使のように美しい聖女・・・などと噂に尾ひれが付いてしまう。

その所為で皆プリームスを一目見ようと、病気や怪我でもないのに診療所を訪れる始末だ。



実際、この世の物では無いと思える程の美しさを持つプリームス。

それを直に見て確認した町の住人により、”噂”が真実であったと更に噂が広がってしまう。



そうして診療所が大混雑の大混乱状態のその時、クシフォスが漸く戻って来た。

人でごった返す診療所の入り口を眺めてクシフォスは驚きながら呟いた。

「な、何事だ? どうしてこんなに診療所が混雑しておるんだ?」



診療所の裏手から出て来た看護人が、困った様子でクシフォスに訴えた。

「皆、プリームス様を一目見ようと集まったようで・・・これでは診察に来た病人の対応がままなりません」



頭を抱えるクシフォス。

こうなる事は予見出来た筈なのに、と後悔してしまう。

あれだけ美しいプリームスなのだ、何も無くても他人の目に留まっただけで無用な混乱が起きかねない。



クシフォスは診療所の入り口、更には中にまで押し寄せた街の住人を正面に見据えた。

そして大きく息を吸い込むと、

「怪我人でも病人でもない者が、診療所に押し寄せるとは何事か!! クシフォス・レクスデクシア大公爵の名において、貴様ら全員牢にぶち込むぞ!!! 早々に立ち去れい!!」

そう大声で怒鳴り上げた。



するとごった返していた診療所は、一瞬にして静けさを取り戻す。

そして一斉に大声がした背後を見やる町人の面々。

そこには怒り絶頂で立つクシフォスと、その背後に武器を構えて控える衛兵10名程が立っていた。



これには町人達も恐れおののき、蜘蛛の子を散らす様に診療所から去って行ってしまった。



溜息をついて衛兵達に振り向くクシフォス。

「お前達はここで無用な者が診療所に入らぬか見張っておれ」

そう言い残して診療所に入って行く。



診療所内に入ると、困った顔で頭を下げる医師がクシフォスを迎えた。

「助かりました・・・レクスデクシア大公閣下!」



クシフォスは面倒臭そうに片手を振ると、軽くいなす。

「そんな硬っ苦しい呼び方はするな。それよりプリームス殿は何処か?」



医師は畏まった様子で、案内するように診療所の奥へ手を差し出した。

「は、はい! クシフォス様・・・プリームス様は一番奥の部屋で食事中です・・・こちらへ」



クシフォスが案内された部屋は食堂だった。

そこでプリームスとスキエンティアが食事を終えた後なのか、テーブルに着いてまったりと茶をすすっていた。



クシフォスは少し呆れた顔で2人に言った。

「よくもまぁ、外があんなに騒がしいのに落ち着いて食事が出来たものだな・・・」


澄ました顔のプリームスは、

「以前居た場所では、この程度の騒がしさの中で食事など日常茶飯事だったゆえな・・・育ちが悪くてすまんな」

とシレッと言い放つ。



苦笑するクシフォスも2人と同じテーブルに着く。

すると近くに居た看護人の女性が、慌ててクシフォスにお茶を用意しだす。



「で、スキエンティアから受け取った錠剤は、私の指示した人間に飲ませたのかね?」

とぶっきら棒にプリームスは問うた。

勿論クシフォスにだ。



看護人の女性から茶の入ったコップを受け取るクシフォス。

「ああ、患者名簿を確認して住所を特定した。薬は十分足りたし、漏れている人間も無いと思う」


そして茶を飲みつつ収納魔法が付加してあるブレスレットから革袋を取り出した。

それをテーブルの上に置くと、

「これは残りだ、返しておいた方がいいだろう?」



頷くとプリームスは、その革袋を直ぐに魔法の指輪に収納する。

それから突然呟いた。

「”鳥”とやらが気になってなぁ」



「うん? あ~伝書鳥の事か? 俺も聞きたいことが1つある。それと言っておかねばならん事も1つある」

と言いクシフォスは3本指を立て、それからニヤリと笑み続けた。

「どれから始める?」



「ふ~む・・・」と少し思案するプリームス。

そして指を1本立てて答えた。

「ではまず訊きたい事から答えようか」



そうするとスキエンティアが、申し訳なさそうに看護人へ食堂から出る様に言う。

クシフォスも暗に人払いするよう、看護人を見つめて頷いた。

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