第26話・投薬治療

日が暮れて暫くすると、閉じ籠っていた部屋から出て来たプリームス。

その表情は、隠し切れない疲労を湛えていた。



スキエンティアは、病み上がりのプリームスが心配でならなかった。

「陛下、随分調合に没頭しておられたようですが・・・お疲れになったでしょう。一旦お休みになられては?」



プリームスは少しよろけそうになって、スキエンティアのコートを掴んだ。

「いや、一刻も早く患者に投薬して回った方が良いだろう。既に死人も出ている筈だ。これ以上の犠牲は阻止せねばな」



溜息をついてスキエンティアは、プリームスを抱きしめた。

心配で、そして大切な主が愛しくて堪らなかったからだ。

「そう言われると思っていました。クシフォス殿に頼んで患者の名簿は準備出来ております。患者は皆、一ヶ所の診療所に集められているようですね」



自分を抱きしめるスキエンティアの背中を、優しくポンポンと叩くプリームス。

「分かった・・・では早々、クシフォス殿を連れて患者の元へ向かおう」






一階のロビーでクシフォスとナヴァルに鉢合う。

顔色が悪いのを見て、クシフォスが心配そうにプリームスに言った。

「具合が悪そうだが、大丈夫か?」



プリームスは愛想笑いをする。

「何とか大丈夫だ。患者の処置が終わったら気絶するやもしれんから、私と後の事を頼むぞ」



苦笑するクシフォス。

「まぁ、そんな冗談が言えるなら今は大丈夫か。その時は任せておけ、俺かスキエンティア殿が常に傍にいるゆえな」



外に馬車を用意しているという事なので、早々に屋敷を出る事にした。

流石にプリームスは、徒歩か馬だと体力が持ちそうになかったので胸を撫で下ろす。



因みにナヴァルは、屋敷を空けるわけにはいかないので留守番だそうだ。



そして馬車の中でプリームスは、スキエンティアに膝枕をしてもらい仮眠をする。

10分程しか仮眠出来なかったが、それでも低下した集中力を回復させるには十分だった。



馬車が到着した場所は町1番の診療所で、広さだけならクシフォスの屋敷とそう変わらない。


診療所に常駐しているのは、薬剤師と医者を兼任したような人物が1人いるだけだ。

後は助手や看護人の女性が数人のみで、流行病などが発生すると診療所の機能が破綻するのは明白だった。



死熱病と思われる患者は20人で、予想より多くプリームスは驚いた。

しかもこれは発病して現在生存している人数である。

医師から詳しい話を聞くと、二週間ほど前に発病した患者がいて、既に15人が亡くなっているという。



明らかにおかしい。

感染源である蚊は、この辺りの気候では生きれない筈なのだ。

混沌の森は湿度と気温が低く、ボレアースと比べれば最高気温で8度は低い。


気温が1、2度変わるだけで生息域が変化する蚊が、このボレアースで生息し続け、人に死熱病を感染させる生命力が有るとはとても思えなかった。



プリームスは人為的な何かを感じた。

そしてその考えられる目的も予想がついたが、今は頭の片隅に置いて治療に専念する事にする。



人から人に感染ると勘違いしたのだろう、10人ずつ大部屋に隔離されている患者達。

その一人一人にプリームスはアナライズの魔法をかけて、血液中の死熱病原虫を確認した。



そこから患者の体格に合わせて液体の特効薬を適量ずつ飲ませていく。

幸い20人とも重篤化する手前だったので、明日には改善の兆候が現れるだろう。



これらの処置を終わらせた頃には、既に日を跨いでいた。

食事も摂らず魔術の行使と投薬処置により、プリームスは疲弊し再び発熱してしまう。



空いたベッドに腰を掛けて、今にも気を失いそうに青い顔をしたプリームスを見て、スキエンティアが血相を変えた。

「プリームス様! こんなに無理をされて・・・」



スキエンティアはプリームスの前に屈み込み、その手を優しく握った。

「直ぐに横になって下さい」


するとプリームスは小さく首を横に振る。

そして収納機能を持つ魔法の指輪から、少し大きめの革袋を取り出しスキエンティアに手渡す。

「その中には調整し錠剤に加工した特効薬が1000錠程入っている」



驚いた様子でスキエンティアはプリームスを見つめ、呆れたように言った。

「そんな量を作れば疲弊もします・・・で、これをどうすれば良いのでしょうか?」



「死熱病を発病した患者が住む500m圏内の人間に、1人一錠ずつ飲ませて欲しい。感染から発病を抑止出来る」

と言ってプリームスは倒れるようにベッドに横になった。



スキエンティアの後ろに控えていたクシフォスが手を差し出した。

「俺が行こう。スキエンティア殿では土地勘が無かろう」


頷くスキエンティアはクシフォスに革袋を手渡した。



「貴殿ら2人とも全く休んでおらんだろう。そのまま朝まで休んでいてくれ。それから食事はいつでも出来るように用意をしておく。ここの者に気兼ねなく声をかければ良いゆえな」

そう言ってクシフォスは足早に診療所から出て行った。



クシフォスの後ろ姿を見送った後、スキエンティアも疲れが溜まっていたのか朦朧としてしまう。

本来なら無防備な主人を守らなければならないのに。


だが今日くらいは・・・とプリームスが眠るベッドの片隅に身を預け、屈み込んだままスキエンティアは眠りについた。

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