第25話・湖畔の屋敷の老人

町の説明をクシフォスから受けながら、プリームスは目的の屋敷へ向かう。



このボレアースの町はクシフォスの領地である。

そしてクシフォスに代わり、町の司法行政を管理するのが代行官だ。

その代行官は大公であるクシフォスが任命するらしい。



「他の町にもクシフォス殿が任命した代行官が居る訳だな?」

地方行政の機構が気になり、プリームスはクシフォスに問う。



自分の屋敷に案内する為、一番先頭を歩くクシフォスは頷く。

「うむ、その通りだ。只、管理するのは町では無く地域だ。町に拠点となる代行官所を置くのは、人が集まりやすく利便性が高いからだ。それと此処より何倍も大きな街を預かる代行官もいるぞ」



プリームスは楽しそうに顔をほころばせた。

「ほほう。是非、他の街にも行ってみたいものだな」



クシフォスはニヤリとする。

「王都の次にデカいのがあってな。俺の居城が有るデクステラ・ウルブスという街だ。ここの件が落ち着いたら案内しよう」



「楽しみにしているぞ」とプリームスも笑顔を浮かべた。



それを見たクシフォスは、笑顔だけなら年相応の幼さと可愛さが有るのだが・・・と内心で呟き苦笑してしまった。

だが実際は人知を超えたような英知を秘め、超常の魔術を操る人物なのだ。


しかも従者?であるスキエンティアも異常だ。

正直言って、南方諸国最強と言われるクシフォスでも勝てる気がしない・・・あらゆる面で規格外の2人と言えた。



そんな2人と知り合えてクシフォスは幸運だとも思っている。

2人のお陰で命も拾った上、死熱病の患者まで直してくれると言うのだから・・・。



そしてプリームスがまだ見ぬ街々に胸を躍らせる様に、クシフォスもこの2人がこれからも度肝を抜くようなものを見せてくれるのではないかと期待してしまう。

それを見る為にも、友人として自分は誠実さを見せねばな・・・と思うのであった。




少し考えに耽っていたクシフォスのマントが引っ張られた。

引っ張った主はプリームスで、

「あれでは?」

とクシフォスに言う。



プリームスの視線の先を見ると、街道の南側に湖が見える。

その湖畔に古めかしい屋敷が建っていた。


「おおぅ、行き過ぎる所だった」

と頭を掻くクシフォス。



街道から屋敷に続く道が100m程伸びている。

その道は馬車が1台通れる道幅で、道沿いに美しい湖の水面を見ることが出来た。

道の先には扉が無い石造りの門が現れ、屋敷を大きく取り囲むように壁が作られていた。

その壁も腰の高さ程しかなく、石を積み上げた簡素な物だ。



何となく田舎にある農豪のような家だな・・・とプリームスは思った。

石造りの門を抜けると屋敷までは20m位の距離があり、その空間は丁寧に管理されたバラ園になっていた。



バラの手入れをしていたのか、一人の老人がバラ園の中から突然立ち上がり姿を見せた。

クシフォスが嬉しそうに老人に声をかける。

「お~、ナヴァル爺さん、変わりないか?」


すると老人は驚いた表情でこちらを見た。

「クシフォス様! ご無事でしたか! それにそのお連れの方は・・・」



街道から逸れ人通りが無くなったので、プリームスはコートを脱いでいたのだ。

なのでナヴァルは、そのプリームスの様相を見て驚いたようだった。



クシフォスの傍までやってくるナヴァル。

「混沌の森へ調査に向かわれたと聞きましたが、それから1週間以上”鳥”の報告が無いと、代行官が心配しておりましたぞ」


そしてチラリとナヴァルはプリームスを見る。

「おぉお、そちらのお方は美し過ぎて老体には堪えますな。目が潰れてしまいそうじゃ」



「うはは」と笑うクシフォス。

「まあその気持ちは分かるが、慣れてくれ。この2人は俺が後見する事となったゆえ、暫く一緒に居るからな」



少し困ったように笑むナヴァル。

「左様で・・・ではこちらで暫く滞在されますかな? 部屋を用意せねばなりませぬな」



クシフォスは頷くと、2人を紹介し始めた。

「ああ、頼む。それでこの妖精の様に白いお嬢さんは、プリームス殿だ。俺は彼女に命を救われてな、失礼の無いように頼むぞ」


続けてプリームスの後ろに立つフードを深く被ったスキエンティアを紹介する。

「その後ろに居るのがプリームス殿の従者で良いのか? 取り敢えず、スキエンティア殿だ」



するとスキエンティアはフードを外しナヴァルに会釈した。

プリームスに似た美しい様相と、燃えるような赤い髪がナヴァルを驚かせた。

「はい、一応護衛兼従者と言ったところでしょうか、よろしくお願いします」



ナヴァルは目を見張りながら自分の腰をさすった。

「これはこれは。腰が抜けるかと思いましたぞ。クシフォス様も、このような美しい方を2人もお連れするとは、隅に置けませんな」



クシフォスは片手を軽く横に振って否定する。

「違う違う。この二人とは友人関係だ。馬鹿な事を申すな」



そんなクシフォスを他所に、ナヴァルはプリームスと握手を交わしていた。

「この屋敷を管理しているナヴァルと申します。なにか入用な物が有れば、遠慮なくお申しください」



プリームスは何だか好感が持てるこの老人に笑顔を向けた。

「よろしく頼む」



綺麗に髪の毛がない頭と、腰が曲がりかけているせいかプリームスと身長はそう変わらない。

そして深く顔に刻まれたシワが、人生での経験の多さを物語っているようだ。


体形はゆったりとしたローブを着ているせいか、よく分からないが太っている感じはしない。

このナヴァルと言う老人は、全体的な余裕から生まれる物なのか、実に落ち着いていて人の好さそうな人物であった。



挨拶を済ませた後は屋敷内の侍女を紹介され、すぐさま滞在する部屋に案内される。

少しバタバタと慌てた感じもするが、事前に死熱病の薬を調合するのに、急いで個室が欲しいとクシフォスに言っておいたのだ。

その為、落ち着く間もなくプリームスは部屋に案内された訳だった。



プリームスが直ぐにでも作成できる死熱病の特効薬を調合してる間、スキエンティアはプリームスの居る部屋の前で見張りをする。


突然侍女などに部屋に来られても困るし、プリームスが薬の調合をしているところを見られたくなかったからだ。

故に何かプリームスに用事があれば、スキエンティアを通すようにした。



それから日が暮れるまでプリームスは一切部屋から出ることは無かった。

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