第7話 優しいおじいちゃんと、魔女【後編】

『優しいおじいちゃんと、魔女(後編)』



 ―――自分が、祖父を殺した?


「何を言って···ふざけないで下さいっ!何故私が!?リオさん!私、お話ししましたよね···!?」 


 カレンは祖父の冷たい身体に触れ、包丁を引き抜く。血は、出ない。

 リオを、鋭く睨む。


「私は、おじいちゃんを蘇らせるために魔女になったんです···!300年も器を探して···ずっと···っ!」

「カレンが寝た後にね、私はおじい様とお話ししていたんだ。ほら、そこにお手紙もあるよ」

「え···!?」


 カレンは、昨日3人で囲んだ食卓の上の手紙に気が付いた。慌てて目を向けると、たった一言だけ。


【もう蘇らせないでくれ】


「ぁ···何故···?」


 ぶっきらぼうに書いてある言葉に、自分は愕然とする他ない。

 これではまるで―――。


「リ···リオさんは、何を知っているんですか?私が···何をしたっていうんですか···っ?ただ、私は···」

「死人に口はない。本当にあなたが聞きたいというのなら、私は話してあげるよ。ただ、あなたが描いている人間像は壊れるけれどね」

「ぇ···?」

「人間は、美しいと言っていたよね?そんな妄想は砕けるよ、元・人間さん」


 リオはどこか嘲りめいた口調であった。

 まるで、カレンの価値観を潰すことを楽しもうとしているようだ。


「何を···知っているんですか···!?あなたは···っ!」

「カレンに話を聞いた時から、私にはたくさんの疑問があったんだ。ご両親が亡くられた話や、おじい様が死んだ話から」

「わ、私の両親···?」


 何故、その話が出てくるのか。2人は、強盗に殺されたのだ。

 今祖父が死んだ話と、関係などないはずだ―――。


「ご両親を殺したのはね、おじい様なんだよ」


 カレンは、言葉が出てこなかった。

 

「カレンの話を聞いた時からおかしいと思ってたんだ。何故ご両親が殺され、おじいちゃんだけが縄で縛られていたの?で、カレンが家に帰って時、どうしておじいちゃんは、すぐにカレンを抱きしめられたの?」

「え···そ、それは、おじいちゃんが縄を自分でほどいて···」

「そんなに強盗って、優しく縛るかなぁ?···昨日カレンが寝た後に、訊いたよ。おじい様が、カレンの両親を死に追いやった」

「―――おじいちゃんがっ!?2人を、殺したと!?」

「違うよ、言葉は正しく使おう。死に追いやったんだよ。あなたの母親を殺したのは父親だった。父親はおじい様を殺そうとして、おじい様に殺された」


 カレンは、全くわからない。

 どうして、自分達の両親はそうなってしまったというのだ。

 みんなで、幸せに暮らしていたではないか。


「遺伝子検査キッドもないのじゃわからないけれど―――あなたはね、あなたがいう所のおじい様と、お母さんの子供の可能性が高いらしいよ」

「···は···何を、言っているのですか···」

「お母さんも疑っていたんじゃない?娘のようにかわいがってるって言ったんだよね?おじい様も言っていたよ。2人は奇しくも恋愛関係だった―――あなたのいう所のお父さんは、おじい様とお母様の関係を知ってしまった。だから母親を殺し、おじい様をも殺そうとした」

「···そんなこと、あるはずがないじゃないですかっ!!」


 カレンは自らの頭を抱え、叫んだ。

 息子の嫁と、祖父は恋に落ちたというのか?そして母は、平然と自分を育てたと?

 

 3人は、幸せに暮らしていたではないか。

 自分が見ていた家族の幸福は、虚像だったのか。

 ―――鏡が、ひび割れていくようだ。音をたて、硝子の破片のように粉々になる。


「2人を死に追いやったおじい様は、苦しんだ。でも、カレンが生きていた。あなたを育て、成人させたいと思ったんだって」

「···そうですよ、私が殺したというのは···」

「あなたの、たった一言が効いたそうだよ。―――今日まで育ててくれて、ありがとう」


 リオの妖し気な瞳の輝きに、カレンは自身が言った言葉を思い出した。

 

 心の底から、16歳の自分は祖父に感謝を述べた。

 

『おじいちゃん、今日まで育ててくれてありがとう。両親を失った私は···おじいちゃんが育ててくれて、一緒にいてくれて、本当に良かったよ』


 ―――祖父は、どんな思いで聞いたのだろうか。

 両親を殺したのが本当に彼だとしたら、居たたまれないだろう。


『おじい様を殺したのはあなただよ、カレン』


 ―――リオは、言葉は正しく使えと言ったが、同じ言葉を返してやりたい。

 自分は確かに成人式に行っていた。成人式から帰ってきたら、祖父は死んでいたのだ。


 自分の言葉に追い込まれ、死を選んでしまったのだ。


「あなたの話していた環境で、おじい様は他殺の可能性は全くない。自殺しか考えられないよ。―――あなたは、可哀想だね。他の人間達の利己に振り回されて、魔女になってしまったんだから」


 魔女になり、また祖父に会うことができた。

 ―――なるほど、また自分は祖父を殺してしまったのだ。

 両親も蘇らせたいなどと軽々しく言ってしまい、機械人形となった彼を追い込んだ。

 二度も、死なせてしまった。


「痛感したでしょう?人間はね、結局自分の利己しか考えていない醜い生き物だよ。せいぜい彼等の欲を利用して、生きるのが利口だ。―――ねぇ?」

「···あ」


 カレンは涙を流す。冷たい涙は溢れて行き、祖父が遺した手紙を濡らす。

 こんなことって、ない。

 自分が信じていたものは、何だったのだ。自分は魔女になり、300年間も器を探し続けたというのに―――こんな結末ってない。


『年が明けるとご馳走ばかり食べて、太るだろう?だからおじいちゃんは、ご飯なんていらないよ』


 ―――カレンの脳裏に、優しく微笑んでいる祖父の顔が浮かんだ。

 新年に新しい服を必ず着せるため、年末は断食していた祖父。自分が食事しているのを嬉しそうに眺めていた。


『おじいちゃんが、悪かったよ。―――ごめんな?』

 

 ちょっとしたことで喧嘩をしても、必ず祖父から謝ってくれた。

 謝罪の言葉を述べることができる人だった。


 ―――そんな祖父が、醜いか?


「······いいえ、醜くなんかありません。―――撤回、して下さいっ!」

「···何それ、ちょっとあなたの思考回路がわからない」

「おじいちゃんは、優しい人でした!母や父とのことは、わかりません!でも···私を育ててくれた十数年で、誰かを殺すことなどできない人に変わったのでしょう!おじいちゃんの心は―――綺麗ですっ!」


 リオは柳眉を吊り上げ、ひどくつまらなそうに自分を睨み据える。カレンもまた、リオの目を真剣に見つめた。


「おじいちゃんをまた作って下さい!私は―――謝ります!おじいちゃんと、何度だって話します!」

「作らないよ。二度はないでしょう?」

「だったら!一緒に店をやるのは、なしです!」

 

 カレンが言い切ると、リオは益々顔を険しくさせた。不愉快そうな彼女の顔を見て、自分は優位に立っていることがわかる―――が。


「···それでは、こういうのは如何かな?今のところ、私は人間は醜いものと考えてる。自分の欲しか考えていないから、あなたのおじい様だって死を選んだ。あなたから逃げたんだ」

「違います···!おじいちゃんに、私が寄り添えなかっただけです!ちゃんと事情がわかれば···っ!」

「だから、私に人間は―――知識ある魂は、美しいものと教えて?もし私が納得したら、あなたのおじい様を再び蘇らせるよ。これは、取引。きっと機械人形屋を開業すれば、あなたも人間の欲深さ、傲慢さを理解できるはず」


 ―――2人は、相反した考えを持っていた。

 

 リオは、人間は醜いものと主張する。どうしてカレンはそれを理解できないかと嘲る。

 カレンは、人間は美しいものと主張する。何故リオにはそれがわからないか、頭を抱える。

 

(リオさんの過去に何があったかわからない。―――けれど、私は···)


 魂の器となり得る機械人形を作れるのは、リオだけだ。自分はその提案を呑まなければならない―――だって、コアを壊してしまった祖父には魂を蘇らせることはできないから。


「···良いですよ。私は絶対に考えを変えません···!機械人形屋とやらを始めても、絶対に···っ!」


 カレンは言い切った。最後に一筋の涙を流したのは、嘲る顔のリオの心がわからなかったからだ。



 彼女の過去に何があったかは後々知ることになるが―――カレンは、この時自分の考えが甘すぎたことに、未来少し後悔することになる。



 機械人形屋を開業し、様々な魂の声を聞くことになるからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る