第6話 優しいおじいちゃんと、魔女【中編】
『優しいおじいちゃんと、魔女(中編)』
「私はリオ。ある魔女によって異世界から転移してきた者です」
いきなり自分の家に訪れた彼女は、そう言った。
腰まで長い黒髪に、黒い瞳。絶世の美少女といって過言ではない美貌の持ち主。
椅子から立ち上がったカレンは、怪訝に彼女を見つめた。
「い―――異世界、から?確かにそういう召還魔術はありますが···あなたは、人間ではないのでは?」
「よくわかりましたねぇ。何故わかったのですか?私の世界では、この首に2つの縦線の印があると機械人形と判断されます」
「···命の気配が、しなかったので···」
「随分抽象的なことを仰いますね。さすが、ファンタジー世界です。勉強になります」
リオは自分の家に入ってくると、自分の向かい側にある席に座った。黒いドレスは彼女の身体の線をはっきりと浮彫にしている。
「···あなたは、何なのですか?機械人形とは···」
「この世界では、概念そのものがないですよね。私の世界では、機械···人間を象った物が存在するのです。ほら、私も中身はこんな風になっています」
黒いドレスの胸部分をはだけさせ、彼女は白い肌を自分の前で晒す。2つの大きな乳房がぶるんと晒されるが―――彼女の右胸は、赤い光を発していた。
「私の、人間でいう所の心臓です。コアと呼ばれていますが―――普通の人間は、こんなものないでしょう?私は、機械なんですよ」
―――キカイなるものが、カレンにはよくわからない。でも彼女からは生き物の気配がしない。花瓶や椅子のように、命の気配がないのだ。
「―――異世界から来た、機械人形さんが何用でしょうか?」
「この世界で生計をたてるために、ご一緒にビジネスをしませんか?というお誘いに伺いました。まだ半年ほどしかこちらの世界に滞在していませんが、需要がある商いを考えまして」
「商い?」
「はい、あなたは魂を蘇らせることはできるのでしょう?私は、その器となる機械人形をご用意することができます。死んだ方の人形を作り、あなたがその魂を呼び戻す。―――この半年間で可能ではないかと判断しましたが、如何でしょうか」
対価は半々ということで、とリオは付け加えたが、自分はあまり聞いていなかった。
(機械人形が、器となり得る?―――だったら)
カレンはずっと、願っていたことがあった。
この300年間を生きた理由と言って良いことだ。
「このビジネスは、金になると思うのですよね。だって人間とは、業が深く、美辞麗句で自身を偽っても、自分が良ければ全てが良いという生き物でしょう?それを利用してやりたいと思っているのです。きっと金になります。ああ、この世界では人間以外も生きているので、魂を持つ者がどれほど欲深いか、研究したいと思っています」
「······」
カレンは、美貌のリオを前にして、口をつぐんだ。
彼女の嘲りの笑みから、人間への嫌悪を感じ取ことができた。自分は魔女で、元・人間だったとしても―――。
「···お···」
「はい?」
「お、お···ぉ言葉ですが···私は···人間とは···美しいものと、思っています···。誰かのために犠牲になることも厭わず、大切な人のためならば···命をも差し出すことができる···」
母が子を庇うように、血の繋がりすら持たない家族が助け合うように――――カレンは300年間の人生の中で、そんな風に生きる人々の姿を見てきた。
誰かのために生き、自分の命をも厭わず差し出せるのは、命あるものだけだ。
「わ···私のおじいちゃんが、そうでした···。私のためなら···何だって、してくれたんです···」
「···良いおじいさまをお持ちでいらっしゃる。そのおじいさまは、今もご健在で?」
「ーーー自殺しました。それは···」
カレンは、消え入るような声音で全てを語った。
彼が、成人式に死んでしまったこと。
両親を亡くした後、彼が独りで育てえくれたこと。
「自殺」と言われたが自分は納得いかず、悪魔と契約して魔女になったこと。
「―――仰るとおり、素敵なお祖父様ですね。でしたら、どうでしょう。私がお祖父様を蘇らせる器を用意し、あなたがその魂を呼び出すというのは?もしできたら、私の商いにご協力下さいね」
「···本当に、できるんですか···?」
「300年も器となる死体を探してきた探してきた魔女さんに、嘘はつきません」
彼女の真摯な目は嘘を言っていないように思えたが――ぞくりとカレンは背筋が震えた。
宿願が叶うというのに、悪魔と契約した時よりも、もっと恐ろしく感じられた。
「魔女のあなたの噂を聞き、こうして参りました。ぜひ私のビジネス・パートナーになって下さいね」
◇ ◇ ◇
それからリオは、持ってきた袋から鉄やら樹脂を使い、それらを組み立て始めた。
彼女が持っていたものの中には、色んな髪の人間の毛髪もあった。
「···リ···リオさんのいたニホンという世界でも、魂を魔女が召還し、亡くした人を蘇らせていたのですか?」
彼女が機械人形を作っている時、カレンは訊いた。異世界とやらに興味が湧かない訳がなく、単純な興味であった。機械とやらを組み立てていくのも、カレンはずっと側で見つめた。
リオは3日間で機械人形は完成できると言うので、お喋りする時間はたくさんある。
「いいえ、私がいた世界では魔女や魔法は存在しません。2200年のニホンでは、亡くした人の遺伝子から作られたクローンは違法でした」
「···イデンシ?」
「あは。つまり、私のいた世界では機械などに頼らず、本物の肉体を持った正真正銘のクローンが作れるんです。ですが、それは倫理的に禁止されていました。魂や記憶も、そのクローンには宿りませんしね」
「···はぁ···」
折角肉体も蘇らせることができるのに、魂や記憶がその肉体に戻せないのは、不思議だ。
魔法が存在しない世界なんて、お伽噺を聞いているようで―――不便そうだな、とカレンは思った。
だから奇々怪々な「機械」とやらが発達したのだろうか。
「でも、死んだ人をモデルにした機械人形は、倫理的にグレーでした。機械人形にも感情はあり、死んだ人間をモデルにしたのは良いけれど、性格は全く違うというのはありがちな話ですよ」
「え、じゃあリオさんも、亡くなられた方に似せた機械人形なんですか?」
カレンが何気なしに訊いた言葉は、リオの漆黒の瞳をより黒くした。
彼女はその質問に、”応えてくれなかった”。
(おじいちゃんを蘇らせた後···この人と一緒に···その商いができるでしょうか···)
カレンは、どこか妖艶さすらはらむ彼女の横顔を見て、不安になる。
しかしリオがてきぱきと祖父を組み立てていくのを見て―――1つのことが頭を過ぎる。
「···もしかして、私の亡くなった両親も、蘇らせることができるでしょうか?」
「ああ、おじい様を蘇らせるできるのなら、可能ですね。···強盗に殺されたのでしたっけ?」
「おじいちゃんにそう聞いています。私が外で遊んでいて、帰ったら家がめちゃくちゃだったんですよ。一緒に家にいたおじいちゃんだけは、柱に縛り付けられてはいましたが、助かったんですって。···家に帰ったら、すぐおじいちゃんは私を抱きしめ、両親の亡骸を見るなと言ってくれました。···優しいおじいちゃんなんです」
リオは一瞬口を閉ざしたが、「可哀想に」と小さく呟いた。
「ちゃんと代金を支払ってくれるのなら、構いませんよ」
「え?そこはお金取るんですか?」
「ビジネス・パートナーになる約束は、おじい様を蘇らせるだけでしょう?機械人形を作るのもタダではありませんので、ちゃんと代価を下さい」
―――カレンは、もしも祖父を蘇らせることができるのなら、構わないと思った。
300年生きているおかげで、貯えはそれなりにあるのだ。
(本当に、おじいちゃんを蘇らせることができるのならば)
両親と、祖父。彼等を守るだけの魔力が、自分にはあるのだ。
みんなで仲良く暮らしたい―――昔のように。
◇ ◇ ◇
「わぁ···おじいちゃん···!」
3日後、カレンの家には正真正銘祖父の姿をした機械人形ができた。
ずっと探していた魂の器を―――自分は手に入れることができたのだ。目尻に涙が溜まらない訳がない。
ただ唯一違う点があるとしたら、首に黒い縦線があることだけ。
リオと、同じものだ。機械人形には刻印するというのが、彼女のいた世界では義務付けられていたらしい。
「私は、ここまで。あとはあなたがやってね」
3日間寝食を共にしたからか、リオの口調はくだけた。
目尻の涙を手で拭い、カレンは機械人形の前に立った。
「···ププクス!」
「はいはーい!かっわいいボクが、召還するよ!やったね!カレン!」
自分の横に現れたネコを模した悪魔が、自分にぱちんとウィンクする。カレンは深呼吸をした。
「ププクスに我が身を捧げた代償として、願います。白き世界の果てから、かの者の魂を呼び寄せん。かの者の名は、ルーカス・ブーバイア。我が願いを、成就させたまえ―――レプミリア!」
魂の召還魔術を唱えると、祖父の機械人形の周りに黒い光が集まってきた。光が増幅していくと、祖父の機械人形がびくりと動く。
(おじいちゃん―――お願いっ!!)
どうか蘇れと心から願った。涙が溜まる瞳で、祖父の機械人形をじっと見つめる。
「―――ぁ」
自分と同じ翡翠の瞳が、ゆっくりと開かれた。薄い唇から発せられた声を聞いた瞬間、カレンはたまらず横たわる祖父の身体に飛びついた。
「おじいちゃんっ!!私、カレンです!おじいちゃん!―――おじいちゃぁん!」
「カレ···ン···?···成人式は···?私は、確かに···」
「成人式など、300年前に終わりましたよ!私はおじいちゃんを蘇らせたくて、魔女になりました!」
「―――魔女···だと?」
カレンに抱きつかれ、祖父は目を瞬かせる。魔女と聞いた途端、彼の顔色が変わった。
魔女とは、悪しき存在だ。薬などの調合を手掛けて人間に売ったりもするが、基本的には忌み嫌われる。
「感動のご対面、おめでとう。蘇らせた後の説明で恐縮だけど、注意事項を話しておくね」
「ぇ···」
リオは優艶な笑みを浮かべ、ぐしゃぐしゃな自分の顔を覗いた。
「まず1つに機械人形は胸にあるコアを潰せば壊れてしまうのでご注意を。2に、機械人形は誰かを傷つけたり、殺害することはできない。3つめに、2つ目の約束を遵守しなければ、自ら壊れてしまうという仕組みになっている。4つ目に―――返品は不可だよ」
「···そんな···全部守るに決まってます!おじいちゃんを、私は300年間···ずっと···っ!」
「言うと思った」
―――カレンはそれから、長い眠りから目を覚ましたばかりの祖父に、今までの経緯を全て説明した。
祖父は自分が魔女になったことを快く思っていなかったようだったが、叱りはしなかった。そうか、と険しい顔で頷いていた。
「―――おじいちゃんを殺したのは、誰ですか?」
カレンは全てを話し終えた後、訊いた。300年間祖父を蘇らせたいと願いつつ、気になっていたことであった。
全ての状況証拠を考えるに、彼は自殺だと皆が言っていたが、カレンはそうは思わない。 自殺していたとしたら、何が理由だというのだ?
「······覚えていない」
「え?」
「···覚えていないんだ。···カレンの帰りを待っていて···きゅ、急に···」
彼は瞳を閉じ、顔を顰めていた。少し手が震えており、カレンは慌てて祖父の手を握りしめた。
「ごめんなさい!蘇ったばかりなのに···死んだ時のことなんて、嫌ですよね···。配慮が足りませんでした!時間はたっぷりあるので···今日はお祝いしましょう!」
「カレン、私達機械人形は別に食事の必要ないよ。まぁ食事はできるけど」
「ではおじいちゃんが大好きなものを作ります!お酒も!私は300歳になったので、おじいちゃんとお酒を飲むこともできますよ!」
おじいちゃん!と言うと、祖父の瞳から涙が伝った。彼は何も言わず、ただ泣いている。
カレンは食事を作り、機械人形の2人にごちそうを振る舞った。何故か寡黙な祖父は、ぺらぺらと喋るカレンの話を聞き、何度も涙していた。
(おじいちゃん···まだ蘇ったばかりですものね!だから···戸惑っているだけですよね···?)
機械人形と違い、カレンは飲んだ量だけ酒がまわり、腰掛ける祖父に膝枕をしてもらう。
「おじいちゃん!私、お父さんやお母さんも蘇らせようと思います!おじいちゃんと、お父さんとお母さんの4人で幸せになりましょうねぇ!」
「···」
(おじいちゃん···)
カレンは祖父の膝の上で眠りについた。
ーー何故、自分を抱きしめてくれないの?
ーー何故、自分の髪を撫でてくれないの?
疑問を胸に秘めつつ、眠りについた。
◆ ◆ ◆
(あれ···?)
翌朝カレンは、柔らかな布団の中で目を覚ました。むくりと起き上がり、周囲を見渡す。祖父の膝で眠っていたはずだが···。
「おじいちゃん···?」
祖父が自分をベッドに運んでくれたのだろうか。2階の寝室から、1階に降りた。
その時だった。
ある光景が、目に飛び込んできた。
「···え」
ーーーカレンは、静かにそれに歩み寄った。その光景の情報は、残酷にも鮮明に伝わってきた。
「おじい···ちゃん···?」
どうして、祖父の胸に包丁が突き刺さっている。
どうして、祖父は目を閉じ、動かない。
ーーー胸のコアを壊せば、機械人形は壊れてしまう。
「ど、どうして···?」
「おはよう、カレン」
「リ、リオさん···お、おじいちゃんが···っ!賊でも入って···!?」
「眠る必要のない私が証言しようか。賊は入っていない。この家には、私とカレン、そしておじい様だけだったよ」
ーーー床に倒れている祖父を前にして、リオがあまりにも冷静だった。ハッとして、カレンは恐怖の目で彼女を見た。
「まさか···リオさんが?」
「いや、あなたは私が機械人形なのを知ってるでしょ。私は、命を奪えないよ」
「じゃあ誰が···っ!」
「···良いよね、人間って。誰かを殺しても壊れないんだから」
え、とカレンは言葉を詰まらせる。
「おじい様を殺したのはあなただよ、カレン」
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