第5話 優しいおじいちゃんと、魔女【前編】
『優しいおじいちゃんと、魔女(前編)』
その土地では、おおよそ300年前から伝わっている言い伝えがある。
亡き人を埋葬する時、ふらっと白い装束を着た少女が現れ、こう言うのだ。
『あ、あの···その死体、貸してくれませんか?』
そんなことを言うのは、魔女だけだ。
決して魔女に亡き人の身体を渡してはならない。
もし渡せば、亡骸であっても、愛しい人の身体がを奪われてしまうだろう。
―――その魔女の名前は、カレン・ブーバイアという。
◇ ◇ ◇
何故、カレン・ブーバイアは魔女になったのか。
その理由は―――300年前に、時は遡る。
「···ぇ?」
16歳のカレン・ブーバイアはぺたんと床に膝をつけ、”それ”を見上げた。
(···何でおじいちゃんが···天井からぶら下がっているの···?)
太い紐が祖父の首を締め付け、祖父の身体が天井からぶら下がっていた。
ああ、早くおろさなきゃいけない。脚立は納戸にあるから、それを取ってこないと。
「―――何だこれ!?おいおい、医者を···いや、もう無理か···!」
「とりあえず直ぐに下ろせ!どうして···カレンちゃんだって、今日成人式だろう···?」
カレンが住む村では、女子は16歳で成人を迎える。だから自分は成人式のため、膝上くらいの赤いドレスを着て、赤い花を髪につけていた。
『おじいちゃん、今日まで育ててくれてありがとう。両親を失った私は···おじいちゃんが育ててくれて、一緒にいてくれて、本当に良かったよ』
昨日夜、自分は祖父に感謝の言葉を述べた。
両親が盗賊に殺され、祖父が1人で自分を育ててくれた。かつて生前の母が、祖父は自分のことを娘のように溺愛していると言っていたが―――まさに、その通りだった。
祖父は、年が明ける度に自分に新しい服を新調してくれた。
―――年の暮れ、必ず祖父は断食していた。
『年が明けるとご馳走ばかり食べて、太るから』と言っていたが、決して裕福な家ではないため、節約して自分のドレスを用意していたのだろう。
祖父は、自分と喧嘩をすると、必ず次の日にご馳走を用意してくれた。
『おじいちゃんが悪かったよ』と、どんなに自分に非があっても、謝ってくれた。
自分のことを目に入れても痛くないほど、可愛がってくれた。
「···自殺ですね」
「―――嘘ですよっ!おじいちゃんが自殺なんかするはずないじゃないですかっ!!」
「カレンちゃん···」
村の医者が言ったが、カレンは噛みつくようにして怒鳴った。
しかし”部屋は荒らされておらず、自殺のために用意したと思われる踏み台”。
今日は1日家に、”誰も家に近寄る者はいなかった”と証言する村人達。
(絶対に違います···!何でおじいちゃんが自殺なんかするんです···!有り得ません···っ!)
カレンは、証明したかった。どうすれば、祖父は自殺ではないと証明できるのか?
考えた末に、カレンは考えた。
祖父の死が他殺であると証明し、そして殺した人物に復讐するためには―――人の人生では時間が足りないし、無理だ。
だから、森の魔女に弟子入りした。
魔女ならば、”魂を呼び戻すこと”が可能だからだ。
◇ ◇ ◇
「我、カレン・ブーバイアは、悪魔ププクスと契約を願う!悪魔ププクス、魔界より召還されよ―――我は···」
カレンは、師匠である森の魔女の特訓を受けた2年後、召還術を唱えていた。
魔女になるためには、悪魔と契約が必要だ。
魔法というのは人間ではないモンスターや神々が使う。
一方で、人間は―――魔術を行使するために、悪魔や妖精と契約しなければならない。
自分の場合、魂を呼び寄せるために、魔女になる必要があった。
祖父の魂を呼び寄せ、真実を知るために。
「···我の記憶を、悪魔ププクスに捧げる!魔女となった暁には、1000年の時を生きる。その代価として、1000年分の記憶を全て、悪魔に捧げる!···だから···我と契約せよ!」
悪魔と契約するために、人間はまず身体の一部を捧げなくてはならない。
師匠である森の魔女は魂を捧げたようだが、魔女となったら1000年の時を生きることになる。だったら、自分が捧げるのは記憶だ。
それだって、身体の一部だろう。
「はいはーい!かっわいいボクが召還されてあげようー!君がカレン?1000年分の記憶を差し出すって考えすっごいねー!」
カレンの目の前に、宙に浮いた黒いネコが現れた。ネコと表現するには、虹色の長い尾があり、言葉もしゃべるので、異質だ。
これが、魂を召還できるププクス。
―――2年の歴史を経て、やっと召還できた。
「あ···」
「え?何腰抜かしたの?ちょっと、エモいねー!ねぇ君は、ボクと契約して何を求めるの?」
「···た、魂を···おじい···祖父の魂を···蘇らせたいんです!おじいちゃんに···会いたい···っ」
「あー、魂系?ちょっちそれ難しいな~」
「え?」
「魂は呼び寄せられるよ?でも魂の状態で話はできないんだよー。魂を定着させるための器が必要なんだ。もしそのおじいちゃんが必要なら、”人間”の器が必要なんだー」
「···人間の···?」
悪魔と契約して魔女になれば、祖父を蘇らせ、誰が彼を殺害したかわかると思った。
しかし器が必要とは―――しかも、”人間”の。
(見つけなきゃ···)
悪魔と契約を交わしたから、魂を蘇らせることはできる。
でも、器を見つけるために、自分はどうしたら良いだろうか。
ププクスと契約してから、自分は誰かが亡くなる度に訊かなくてはならなくなった。
『あ、あの···その死体、貸してくれませんか?』
誰も、亡き人の死体を貸してはくれなかった。
◇ ◇ ◇
300年が、あっという間に経ってしまった。
カレンは魔女としての技術を磨きながらも、祖父の魂を呼び出すことができずにいた。
その間でカレンは、人間の美しさというものを、元・人間として眺めた。
亡き死体を貸してくれと頼んだ時、人々はカレンを邪険にした。
『貸すなんてできる訳ないでしょっ!?私の父親なのよ!?』
『どっか行ってよ!消えて!長年一緒にいた人を貸せだなんて、ありえない!』
―――カレンは、自分が発した言葉ながらも、当たり前だと痛感していた。
自分だって祖父の亡骸を『貸して』とお願いされたら、徹底的に抵抗する。
カレンは元・人間だからこそ、わかる。人というのは、亡き人に固執する。魂はなくても、その身体に愛しさを感じてしまうのだ。
―――それに、人間という身体は生き物だ。腐敗してしまうが故に、もし魂をよみがえらせても、その人体によってタイム・リミットがある。
(私は···おじいちゃんを蘇らせられないのでしょうか···)
とても辛い思いで、カレンは森の奥の家の中で溜息を吐いた。この300年間、何千回、溜息を吐いたことだろう。
器がなければ、祖父を蘇らせられない。戦争で放置された遺体を器にしようとも考えたが、カレンは流石にそんなことはできなかった。
年を取らなくなったカレンは、木の机に突っ伏して、また一度溜息を吐いた。
そんな時、家の扉静かに叩かれ、開かれた。
「―――こんにちは。あなたが、魔女さんですか?」
「···ぇ」
「私はリオと申します。少し、ビジネスのお話しをしたく、伺いました」
絶世の美少女と呼ぶべき美貌のリオが家を訪れ、自分の運命の歯車が歪に回り始めた。
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